第七話 友
翌日、俺は朝からオルブライトンの冒険者ギルドへとやってきた。
相も変わらずギルドは賑わっている。
早朝ということもあり、ボードに貼られた依頼票を真剣な顔で吟味している者、いまから仲間と一緒に仕事へ出かける者、朝っぱらからギルドに併設されている酒場で飲んだくれている者など様々だ。
なんでこんな早くから冒険者ギルドに来たかというと、ベアレン・ウルフの素材を売却するついでに、アーシュを襲った野盗たちの情報を得ようと考えたからだ。
冒険者ギルドは情報の売り買いもしている。
カネさえ払えば、目的に沿った有力な情報を得られることもあるのだ。
「野盗の情報があればいいんだけどな。すっげー気は退けるけど、受付で訊いてみる――」
「いよう! レオンの旦那じゃないか」
俺がギルドの受付嬢に声をかけようとしたタイミングで、突然後ろから肩を叩かれた。
ギルドに友だちなんかいない。
そもそも、いままでの人生で『友だち』がいたことがない。
じゃあ、いったい誰が?
そう思いながら振り返ると――
「え? あ……あんたは、」
そこには大柄な戦士が、ニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべて立っていた。
確かこいつは……
「オイオイオイ、ひでぇな旦那。この俺のことを忘れちまったのか? 『銀翼の翼』のリーダーをやってるドリンゴだよ。ドリンゴ・ウォーダー。こないだ一緒にオーガをぶっ殺したじゃないか」
ああ、そうだ。そういえばそんなヘンテコな名前だったな。
でもオーガをぶっ殺したのは俺だぞ。俺がひとりで倒したんだからな。
「俺に……何か用か?」
「おうともさ! 用が大アリだぜ! なあ旦那、この依頼を俺たちと一緒に受けてみないか? すげぇカネになりそうなんだぜ!」
ドリンゴが一枚の依頼票を取りだした。
そこには――
【緊急依頼】 野盗団の捕縛、もしくは討伐
・東街道に現れるようになった野盗団を討伐してほしい。
・報酬は金貨10枚。また、討伐(捕縛)に成功したあかつきには野盗団が保有している財貨も全て報酬として認める。
と書かれていた。
「どうだ? 凄くないか? 野盗共がため込んでるカネが全部俺たちのものに出来るんだぜ? こんな依頼受けなきゃバカだろ」
「…………」
「な、どうだ? 一緒に受けようぜ旦那! もちろん、報酬は俺たち銀翼の翼と山分けだ」
欲まみれの眼で俺を見つめてくるドリンゴは、興奮したように捲し立ててくる。
俺は首を横に振ると、コミュ障なりにがんばって強めに声を出した。
「い、いや。俺は一緒に行かない」
「…………はぁ?」
ウォーダーがぽかんとした顔をする。
俺の返答が心底意外だったって顔だ。
「オイオイオイ、ビビってんのか? 相手はたかが野盗だぜ? 大丈夫だって、俺たちがしっかり旦那をサポートしてやるからよ。そう心配しなさんな」
「ち、違う。ビビってるわけじゃ……ない」
「ビビってない? じゃあなんだってんだ?」
「その依頼……」
ウォーダーがひらひらしてる依頼書を指さし、続ける。
「俺は、お前たちと行かない」
「ッ!?」
ウォーダーが一瞬だけ真顔になる。
どーだ。ハッキリ言ってやったぜ。
「……じょ、冗談だよな?」
「冗談なんかじゃない。俺は……ほ、本気だ」
俺はアーシュに首飾りを取り戻すって約束をしたんだ。
その約束は、俺ひとりのものだ。他の誰かと一緒に行くつもりはなかった。
「……この俺が頭を下げて頼んでるんだぜ。それを断るのか?」
いつ頭を下げた。いつ。
「わ、悪いな」
「…………」
「…………」
しばし無言で見つめ合ったあと、ウォーダーは「ふぅ……」と嫌味ったらしく大きなため息をついた。
「そうかいそうかい。せっかく誘ってやったのに断るなんてよぉ。ハッ、いっつもおどおどしてるくせに、これまたずいぶんな態度じゃないか。えぇ?」
「…………」
「ほぅら、お得意のだんまりだ。こっちはまともに会話もできないアンタを同情して嫌々誘ってやってるってのによ、それを蹴るなんてなぁ……。はぁ、わかった。もういい。もういいわ」
ウォーダーが犬猫を追い払うようにしっしと手を振る。
え? こいつどうしてくれようか。
ここがケンカご法度なギルドじゃなかったら、割と強めに殴ってたかもしれない。
「ハッ、この腰抜けが。いいさ、俺たちだけで野盗どもをぶっ殺してやるからよ。アンタなんかいらねーや。もう二度と誘うもんかよ」
ドリンゴは吐き捨てるようにして言うと、荒々しい足音を立てながら酒場に行ってしまった。
酒場には銀翼の翼の仲間たちがいたらしく、話でも聞いたのか、俺を指さしながらゲラゲラと笑っている。
「……くそ」
俺は小さくぼやくと、気を取り直して受付(おばさんに代わってた)に野盗の情報を求めるのだった。
◇◆◇◆◇
俺はベアレン・ウルフの素材を買い取ってもらったあと、野党団の情報をお買い上げ。
「ぜんぜん大した情報じゃなかったな。規模も不明、拠点も不明。それなのに情報料は銀貨5枚。ボりすぎだろ……」
コミュ障すぎて受付のおばさんに嫌な顔されながらもなんとか得た情報によると、野盗団は20日ほど前からオルブライトン周辺に現れ、街道を通る者たちを見境なく襲っているそうだ。
交易で栄えるオルブライトンとしては、野盗の存在は死活問題。
断じて見過ごすことはできない。
そこで野盗の討伐に乗りだした領主さまは、騎士団に命じるのと並行して、街にある各冒険者ギルドに依頼を出したそうだ。
騎士団は冒険者なんかに負けてなるものかと奮起し、冒険者は冒険者で、騎士団が動くなら負けることはないだろうと勝ち馬に乗る。
オルブライトンの領主さまも、なかなかにしたたかじゃないですか。
そんな訳で、いま『野盗団の討伐依頼』はギルドじゃ一番人気の依頼となっているそうだ。
「拠点が不明なら自分で探すしかないか。とりあえず……一度出るか」
用を済ませた以上、ギルド留まる理由もなければ居場所もない。
酒場から聞こえてくる笑い声にもうんざりだ。
俺が踵を返して出口に向かおうとしたら、再び何者かに肩を叩かれた。
こんどはいったい誰だよ?
「レオン殿ではないか。奇遇だな」
「あんたは……門番の――」
俺の肩を叩いたのは、門番のフックスだった。
オルブライトン守備隊の鎧に身を包んだフックスは、冒険者ばかりのギルドでは少し浮いている。
まー、そんなこと言ったら俺なんか浮きっぱなしで存在感ないんですけどね。
「嬉しいな。私を憶えていてくれたか」
「な、なんでここに……?」
「乗合馬車を襲った野盗団の情報をギルドへ提供しに来てな。もちろん、貴殿の行いもギルドマスターに伝えておいたぞ」
「そ、そうか」
お勤めご苦労さんです。
「そのついでというわけではないが……レオン、貴殿に会えるんじゃないかとも期待していた。せっかくだ、少し飲まないか?」
フックスが親指を立て、酒場に向ける。
こ、これはアレだろうか?
あの伝説の『飲みに誘っている』というヤツだろうか?
「あ、あ、」
緊張からうまく言葉が出てこない。
こーゆーときってなんて言えばいいんだ?
「む? 用事でもあったか?」
「いや! ……いや、ない。大丈夫だ。の、ののの、飲もう……か?」
「それは良かった。昨日の詫びに奢らせてくれ」
フックスはそう言って笑うと、乱暴に俺の背を叩きながら酒場へと入っていった。
◇◆◇◆◇
酒場のカウンターに並んで座り、フックスがエールを2杯頼む。
さすが手慣れてるな。
はじめて酒場にきた俺とはエライ違いだ。
「さあレオン殿、再会に乾杯だ!」
「あ、か、かんぱぃ……」
木製のジョッキを打ち付け合い、エールを口に運ぶ。
……苦い。初めてエール飲んだけど、こんなに苦いの?
みんないっつも美味しそうに飲んでたから、もっと美味しいもんだと思ってた。
「む? レオン殿はエールが苦手だったか? ワインか火酒を頼み直そうか?」
「いや、だ、大丈夫……だ」
「そうか。遠慮などせず好きな酒を頼んでくれよ」
「あ、ああ。……悪いな」
フックスはすげー気遣いができる男だった。
乾杯から2、3会話をしただけで早くも俺がコミュ障だと気づいたのか、自分から話題を振っては「ああ」とか「うん」と相槌を打つだけで会話が成り立つような話をしてくれている。
しかも、その話題が面白いから困ったもんだ。
おかげでついつい苦いだけのエールが進んじゃったぜ。
「はーい! ホラホロ鳥の串焼きだヨー」
大皿に盛られた串焼き肉が、ドンと目の前のカウンターに置かれる。
運んできてくれたのは、前々から気になっていた猫人族の女給だ。
ギルドの酒場に来たのははじめてだから、女給との距離がこんなに近いのもはじめてだ。
緊張から手が震えるよね。
「おにーさんギルドによくいるのに、酒場に来るのははじめてだよネ?」
「え、お、俺?」
「うん。そう」
自分を指さす俺を見て、女給がニッコリ笑う。
コミュ障にとって、女性の笑顔ほど毒になるものはない。
なぜかというと、笑顔を向けられただけで「この子俺のこと好きなんじゃないか?」と勘違いしてしまうからだ。
まったく……。危うく恋に落ちるところだったぜ。
「あ、えと……」
「楽しんでってネ」
「あ……」
女給は笑顔を残し、他のテーブルへ行ってしまった。
それを見て、フックスがポツリ。
「レオン殿はああいう手合いが好みなのか?」
「…………」
「いや、すまん。つまらんことを訊いてしまった。さあ! 酒を飲もう! 今日は私の奢りだからな、好きなだけ飲んでくれ!」
なんかまたフックスに気を遣わせてしまった。
「野盗たちのせいでオルブライトンの物価が上がっているからな。直に戻るだろうとはいえ、これ以上酒の値段が高くなる前に楽しんでおこうじゃないか」
「……直に戻る、か」
「ああ、必ず戻る。ギルドへの依頼もそうだが、なによりオルブライトンが誇る紅龍騎士団が出ることになったからな」
「紅龍騎士団て、あの紅龍騎士団か……?」
「そうだ。剣姫アイナ様が率いる常勝不敗の紅龍騎士団が出撃なされる。野盗たちもこれまでだろう」
紅龍騎士団ってのは、『剣姫』と呼ばれている男勝りの娘が団長を務める騎士団のことだ。
俺も詳しくは知らないが、なんでも『剣姫』はオルブライトン領主の娘さんで、かなりの美人なんだとか。
「そ、そうか。まずいな……」
フックスの話が本当だとしたら、野盗団の壊滅は必至だろう。
こもままだとアーシュの首飾りを取り返す機会を失ってしまう。
「む? いったいなにが『まずい』のだ?」
「あ、それは、その……」
「……なにか事情があるようだな。よかったら話してみてくれ。私に出来ることがあれば協力しよう」
フックスが自分の胸を叩く。
その力強い眼差しを受け、俺は何度かつっかえつつも、アーシュのことをフックスに話した。
「そうか。あの少女の首飾りが……」
「た、高い物じゃな、ないらしいけどな。ど、どうしても……取り戻してやりたいんだ」
俺の言葉にフックスが何度も頷く。
「亡き両親との思い出の品なのだ。その気持ちはよくわかる。問題はどうやって首飾りを取り戻すかだが……ふむ。紅龍騎士団によって盗賊たちが討伐されたなら私が掛け合ってみよう。守備隊の長である私の話ならば、おそらく聞いてくれるはずだ。それに……少女には申し訳ないが、玩具の首飾りなのだろう? 事情を話せばきっと返してくれるだろうよ」
フックスはそう言うと俺を安心させるように笑いかけ、「心配するな」と言って話を締めた。
「レオン殿、そろそろ切り上げるか。太陽が真上にきてしまった」
「うげ、マジだ……」
いつの間にか昼になっていた。
俺は慌てて椅子から立ち上がる。
そこでフックスは、ふと思い出したかのようにこう言ってきた。
「ああ、そうだ。もしレオン殿が野盗たちと戦うつもりならば、紅龍騎士団の後をついていくといい。騎士団に加勢したとなれば、首飾りのひとつぐらい報酬として認めてくれるだろうからな」
フックスはオルブライトンの衛兵でありながら、騎士団に寄生しろと暗に言っているんだ。
もし誰かに聞かれていたら、自分の立場が悪くなるのにも関わらずに、だ。
俺はそのフックスの優しさが堪らなく嬉しかった。
「か、考えておくよ。……ありがと」
「なに、気にすることはない。貴殿と私は友なのだから」
どうしよう。「友」ですって。
まさか俺の人生で「お友だち」ができるなんて思ってもみなかったぜ。
「む? 私と友になるのは嫌だったか? それは申し訳――」
「ち、違う。そんなこと……ない。俺とあんたは……あー……と、ともだち? でいいのかな?」
「ああ、友人だ。これからもよろしく頼むぞ、私の友よ」
フックスはそう言うと、乱暴に俺の背を叩きながら豪快に笑うのだった。




