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第三話 予期せぬ誤解

 俺が拠点としている宿屋、『安らぎの守護者亭』は、部屋を借りているほとんどが冒険者。

 冒険者上がりの無愛想な親父さん(初老)が店主をやっている宿屋で、法を犯さず、そして騒ぎを起こさない限り大概のことに目をつむってくれるのが最大の『売り』といえるだろう。


 癖の強い奴や荒くれ者が多い冒険者たちからはとても重宝されている宿屋で、もちろん、コミュ障の俺もそんな中のひとりだったりする。

 無愛想故にほとんど会話することのない親父さんは、コミュ障な俺にとってこれ以上ない宿の店主だったからだ。


「アーシュ、ここは俺が拠点にしてる宿屋だ」


「……宿屋?」


 アーシュが目の前の『安らぎの守護者亭』を見上げ、小首を傾げた。

 冒険者ばかりの危険な香りがプンプンする宿屋にアーシュを連れてきたのには、ちゃーんと理由がある。


「そう、宿屋だ。せっかく美味いアップルパイを食べに行くんだ。身だしなみを整えてから行こうぜ」


 アーシュの服と体が、土や泥で汚れまくっていたからだ。

 さすがにこんな状態のアーシュを連れ歩くわけにはいかないし、オルブライトンで1番のアップルパイを出す店(かなーりお洒落な店だった……)に連れていくなんてもっての外だ。

 そこで俺は、アーシュを洗って小奇麗にしようと考えたのだった。


 宿に戻ってくる前に、古着屋でアーシュの服は買ってある。

 あとは体の汚れを落せば完璧だ。


「宿の親父さんに頼めばお湯を用意してくれるからな。その湯で体を洗ってから行くぞ」


「うん、わかった」


「よし、じゃー入るか」


 俺は『安らぎの守護者亭』の扉を開け、受付で今日も無愛想を振りまいている親父さんに話しかける。


「よ、よお親父さん、いきなりでなんだけど、お湯をもらえるか?」


「………………湯じゃと?」


「そ、そう! お湯!! ほら、帰ってきたばっかだからさ、その……体を洗おうと思って」


「…………桶一杯で銅貨が2枚じゃ」


「わかってるって」


「……それで、何杯必要なんじゃ?」


「そうだな……。いっそこの子の体を洗えるぐらいもらえるか?」


 俺はアーシュの頭にぽんと手を置いて、その存在を親父さんにアピールする。

 泥だらけのこの姿を見れば、親父さんもお湯がたっぷり必要なことを察してくれるだろう。


「…………子供じゃと?」


 親父さんがギロリと、睨みつけるようにしてアーシュを見る。

 よしよし、俺のアピールは大成功したみたいだな。


「そうだ、子どもだ。ほらっ、見てくれよ! まだこんなに小さいんだぜ。あ、なんならでっかい桶でお湯をくれよ。この子が入れちゃうぐらいでっかいので! うんうん、洗うならそっちのがいいよな。カネはあるから……って、お、親父さん? どど、どうかしたか? なんかいつもより怖い顔をしているような……」


 親父さんの視線が、アーシュから俺へとゆっくり移動してくる。

 なんていうか……視線で殺されるかと思った。

 まるで魔族でも見るかのような、蔑みと侮蔑と殺意がごちゃ混ぜになったような視線だった。


「…………」


「お、親父さん?」


「…………こんな幼子を……この外道め」


「え? 親父さんいまなんか言った?」


「…………湯は用意してやろう。その代わり明日ここを出ていってもらう。ワシの宿に貴様のような外道を泊める部屋はないからのう」


「…………いや、ちょ――」


「いいな?」


「…………はい」


「フンッ」


 親父さんは鼻を鳴らすと、お湯を用意するため奥へとひっこんでいってしまった。

 明日からどうしよう?

 急に俺の拠点(部屋)なくなっちゃった。


「…………」


「…………おじちゃん?」


「…………落ち込んでてもしゃーないか。部屋に行くぞ」


「うん」


 俺は気を取り直し、アーシュをの手を引いて階段をあがる。

 2階の角部屋が俺の借りている部屋だ。


「ここがおじちゃんのお部屋?」


「そうだ。まー……今日までだけどな」


「今日まで? おじちゃんおひっこしするの?」


「したくないんだけどねぇ」 


 荷物が少ないのがせめてもの救いだな。

 今日の夜にでも荷造りしますか。


「そもそも、なんで親父さんはあんなゴミでも見るような目で俺を――」


 とか考えていたら、ノックもなく扉が開かれ、お湯の入った桶を持った少年が入ってきた。


「レオンさん、お湯を持ってきたよ」


 水色の髪をした少年がぶっきらぼうに言う。

 この少年の名はウィルフレッドといって、『安らぎの守護者亭』で小間使いをやっている。


 コミュ障な俺にも気さくに話しかけてくれる貴重な存在で、俺も11歳の子供だからか、あまり緊張せずに話せる相手だったんだけど……今日はなんでか俺を睨み付けていた。

 それも、思いきり。


「お、おう。悪いなウィル」


「別にいいよ。これが仕事だから。それより……」


 小間使いの少年――ウィルがアーシュに顔を向ける。


「年端もいかない子供を買ってきたって本当だったんだね。おいら、レオンさんだけは他の冒険者とは違うって思ってたのに……見損なったよ」


「……は? はぁっ!? お、おお、俺が誰を買ったってぇっ?」


「その子だよ。どーせスラムで見つけてきたんだろ? あそこの連中は子供でも平気で体を売るって話だからな。それにしたって……いくならんでもこんな小さな子供まで……」


「ちょ、ちょ、ちょ、」


「なに? 別に弁解なんかしなくていいよ。宿屋で働いてんだ。おいらだって『大人の事情』とか、『カネの流れる先』ってやつを知ってるんだからさ」


 ウィルの言葉でやっと合点がいったぜ。

 親父さんもウィルも、俺がアーシュを『買った』と思っていたわけか。


 そりゃ侮蔑の目で見らるってもんだよね。

 勘違いもここまでくると、さすがに笑えない。


「ごかっ――誤解だ! 俺は……」


 ただ残念なことに、ウィルの誤解を解こうにもまるで言葉が出てこない。

 お魚さんのように口をパクパクさせるだけ。


「お前、レオンさんにいくらで買われたんだ?」


「ん? 『かわれた』って……なに?」


「惚けんなよ。このおっさんからカネもらってんだろ?」


 どうしよう。

 ウィルに『このおっさん』って言われちゃった。いつもは『レオンさん』て親しみを込めて呼んでくれるのに。

 ちょっと心へのダメージがすごいです。


「親はどうしたんだ? ああ、わかったぞ。親に売られたクチか。それで何も知らずにここに――」 


「アーシュのおとさんとおかさんね…………死んじゃったの」


「連れてこられた…………へ? し、死んだ……?」


 ウィルが息を飲むのがわかった。

 アーシュはこくんと頷き、続ける。


「うん。アーシュのおとさんとおかさんね……悪いひとたちにおそわれて死んじゃったの。アーシュも死にそうだったんだけどね、アーシュはおじちゃんに助けてもらったの」


「…………」


 黙り込んだウィルは困ったような表情を浮かべ、助けを求めるように俺を見あげた。


「……乗ってた馬車が野盗に襲われたんだ。生きてたのは……アーシュだけだった」


「そんな……そ、それじゃレオンさんはこの子を助けただけだったんですねっ?」


「あ、あたり前だろっ! 俺が女を買うもんかっ」


 やっとこのクソ坊主もわかってくれたか。

 おっさんてば、11歳のガキ相手にあやうくガチ目の鉄拳ゲンコツを振りおろしちゃうところだったぜ。


「ごめんなさいっ! おいらレオンさんのこと誤解してました!! いっつもボソボソ喋っててよく聞き取れないし、それに目を合わせて話してくれないじゃないですか? だからずっと怪しい人だって警戒してたんです。けど……けどっ、レオンさんは立派な冒険者だったんですねっ!」


 あれ? なんか好き勝手言われてない?

 まー、いまはキラッキラした目で見てくれてるみたいだから許してあげるけどさ。


「おれ店主にも話してきます! 追い出すのはやめてくださいって! レオンさんは立派な冒険者ですって!!」


「あ……お、おい! お湯のカネを――」


「湯のカネは俺が出しときます! 疑ってしまったお詫びなんで気にしないでください!」


 ウィルはそう言い残すと、部屋からとび出して行ってしまった。

 残された俺とアーシュは、


「…………」


「…………」


「まー、なんだ? 取りあえず体を洗うか」


「うん」


 湯気を立てているお湯が冷めないうちに、体を洗うことにした。


「ほれアーシュ、こっちに来い。洗ってやるから」


「うん」


 とととと、とアーシュが近づき、服を脱ぎはじめる。


「熱かったり冷たかったら言えよ」


「うん」


「そんじゃ洗うぞー」


「うん」


 俺はお湯に綺麗な布を泳がせてから取り出し、適度に絞ってアーシュの体を拭いていく。


「よいしょっと、どーだ? 痛くないか?」


「痛くないよ」


「そっか、なら次は右脚を洗うぞ」


「うん」


「…………な、なんで笑ってるんだよ?」


「……んとね、なんかね、」


「おう」


「おじちゃんがね、なんかおとさんみたいだなーって思ったの」


「……………」


「……? おじちゃん?」


「な、なんでもねーよ。ほれ、バンザイしろバンザイ。横っ腹洗うから」


「はーい」


 いつもは沈黙しかないこの部屋に、


「こら、お湯をとばすな!」


 今日だけは楽しそうな水音と、


「へへへ……」


 時折り漏れ出る笑い声が響いていた。

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