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第二話 孤児アーシュ

 俺が拠点にしている城塞都市オルブライトンは、交易で栄えた街だ。

 四方に伸びる街道には絶えず行商隊が行き来していて、それを狙う野盗はもちろん、稀に凶悪なモンスターなんかも現れる。


 その中で最も警戒すべきモンスターは何か? と問われれば、冒険者は誰もが口を揃えてこう答えるだろう。


 ――暗黒巨狼ベファレン・ウルフ。


 数年に一度しか現れないこの災害級モンスターの体は馬車よりも大きく、走る速度は馬をも凌ぐ。

 戦闘能力だけなら、レッサー(下位)ドラゴンにも匹敵するだろう。

 それこそ半日前に俺が倒したオーガの上位種なんかとは、比べ物にならないほど強いモンスターだ。


「ふう……」


 さて、そんなベファレン・ウルフですが、


「ったく、急に襲いかかってくるなよな」


 俺の剣により喉を斬り裂かれ、その巨体を地に横たえていた。

 冒険者になる前、コミュ障なくせして傭兵なんかやっていたもんだから、ぼっちでも生き残れるように強くならざるを得なかったのだ。


「まあ、コイツの素材を持ち帰ってギルドに売れば、しばらくは遊んで暮らせるからよしとしますか」


 ごめんなさい。子ども(女の子)が見てるからって強がっちゃいました。

 ホントは遊んでくれる知り合いなんてひとりもいませんし、遊べるだけのコミュ力もありません。


「あー……。こ、こっち来ていいぞ」


 俺はベファレン・ウルフの素材を剥げるだけ剥ぎ、木陰に隠れていた女の子を手招きして呼び寄せる。


 ととととと。

 ぎゅ。


 女の子は俺の腰に手を回し、隠れるようにしてご臨終なさったダークウルフを覗き見る。


「…………」


「だ、大丈夫だよ。もう倒したから怖がらなくていい」


「……やっつけたの?」


「あ、ああ」


「……おじさん、すごいね」


「おじさんはよしてくれ。俺はまだ32歳だ」


 そんな俺なりのおじさんジョーク(渾身)は、


「……おじちゃん、すごいね」


 あっさりと流されてしまった。

 この子の基準で『さん』と『ちゃん』にどのような違いがあるのか、いつか機会があったら訊いてみたいと思う。

 とりあえず、


「ま、まあな」


 俺は照れ隠しに頬をかく。


「コイツの素材を売ったらカネがはいる。そ、そしたらよ……まぁ、なんだ? 街で美味いもんでも食べさせてやんよ」


「…………ごはん?」


「そ、そーだ。ご飯だ」


「…………うん」


「街に着くまでになに食べたいか考えててくれ」


「……うん」


「じゃ、行くぞ」


「うん」


 俺は女の子の手を引き、オルブライトン目指して歩きだす。

 このペースなら昼前には着けそうだ。

 今日の昼飯は、この子を元気づけるためにも豪華なものを食べよう、俺はそう心に決めた。


 そう決めたはずだったのに――



 ◇◆◇◆◇



「やれやれ、なんでこんなことになっちまったんだか……」


 俺は呟き、地下深くに造られた一室でひとり自嘲気味に笑う。

 事の起こりは、ほんの数刻前のことだ。


 俺は街道途中で助けた女の子の手を引き、そのまま拠点にしている城塞都市オルブライトンへと戻ってきた。

 オルブライトンに到着し、まずは街道で乗合馬車が襲われたことを街の衛兵に伝えねば、と使命感に燃えていた俺の肩をイカツイ門番が叩く。


『おいお前、』


『……え?』


『その少女はなんだ? いったいどこから連れてきた?』


『いや、その……』


『ちょっと詰め所で話を聞かせてもらおうか。来いっ!』


 女の子はあちこち泥で汚れ、しかも血が染みついた服を着ている。

 両親を亡くしたショックで顔の表情は乏しく、おまけにダンディとはいえ怪しげなおっさん(俺)が手を引いている状況だ。

 そりゃお話のひとつやふたつ、聞きたくなっちゃうよね。


『あの少女とはどんな関係か聞かせてもらえるか?』


『あ、えと、それは……』


『あの少女の名は?』


『…………な、名前?』


『あの少女の名はなんというかと質問しているんだ。答えろっ!』


『し、しりません……』


『知らないだと? いま知らないと言ったのかっ!? お前は――貴様は名も知らぬ少女を連れ歩いていたんだなっ?』


『…………そ、そうなるのか……な?』


 のっけから犯罪者扱いしてくる門番と、ダンディとはいえコミュ障なおっさん。

 当然会話が成り立つはずもなく……


「へへ……太陽の眩しさが恋しいぜ」


 俺はいま、地下牢に収監されていた。


「……あの子は大丈夫かな? オルブライトンには孤児院もあるから、なんとかなるとは思うけど……心配だ」


 しょせんは冤罪。

 罪を犯したわけじゃないから、そのうち地下牢ここを出られるはずだ。


 ……………………。


 …………はずだよね?


 一抹の不安を覚えはじめたときだった。


「レオン・アヒレスト、出ろ」


 看守であるひげ面の男に連れられ、俺は地上への帰還を果たす。

 地下牢の出口では、俺のことを頭から犯罪者扱いしてきた門番が待っていた。


 まさかもう処罰が決まっちゃったとか?

 俺ってば処されちゃう?


 もしそうなった場合、上位魔神ハイデーモン相手に素手で殴り勝った俺の拳を以てして、物理的に無罪を勝ち取ってやるからな。

 そう決意した俺は、気づかれないようにそっと拳を握る。

 そして身構えていると、突然門番が頭を下げてきた。


「疑って申し訳なかった!」


 門番が謝罪してきた。

 どうやら誤解は解けたようだ。

 でも……なぜ?


「あの少女が全てを話してくれた」


 門番が視線で指し示す先には、女の子がちょこんとイスに座っていた。

 そして俺に気づくと――


 ととととと。

 ぎゅっ。


 小走りで近寄り、抱き着いてきた。

 俺は慣れない手つきで頭を撫でる。


「野盗に襲われ、死の淵にいたこの少女を貴殿が救ったと聞いた。なかなかできることではない。この街を守護する者のひとりとして礼を言わせてくれ。ありがとう」


「あ、いや……」


「安心してくれ、貴殿の正しき行いは上の者を通して冒険者ギルドに報告しておく。報奨金は難しいだろうが……ギルドでの評価は上がるはずだ」


「……わかった」


「私の名はフックスだ。オルブライトンで守備隊の長を務めている。なにか困ったことがあったらこの私を頼ってくれ。貴殿を疑った詫びというわけではないが、できる限り協力はするつもりだ。では時間を取らせてすまなかったな。また会おう、高潔なる冒険者レオンよ」


 フックスはそう言うと、この場から去っていった。

 たぶん仕事に戻るんだろう。


 俺を疑い、一時的とはいえ地下牢に放り込んだフックスには、相手が魔神王デーモンロードであろうとも素手でぼてくりまわす自信がある俺の拳をお見舞いしたいところではあるけれど、真摯に謝罪をしてきたから許してやることにした。

 俺ってば優しいな。


「しっかし……『なにか困ったことがあったらこの私を頼ってくれ』、か」


 俺は小さく呟く。


 ――ねぇフックス、この女の子の身の振り方どうしよう?


 なんてことをコミュ障な俺が初対面の相手に相談できるはずもなく、小さくなっていくフックスの後姿を見送ることしかできないのだった。


「…………」


 フックスを見送った(一方的に)あと、女の子がじーっと俺を見あげてくる。


「……えっと、あ、ありがとな」

 

「……?」


「お前のおかげで牢屋からでれた」


「…………シュ」


「ん? いまなんて言った?」


「……『お前』じゃなくて、アーシュ」


「……そっか。ああ、うん。そうだよな。わかった」


 俺は頷き、アーシュの頭を撫でる。

 この『アーシュ』という名は、両親からもらった大切な名なんだろう。


「ありがとな、アーシュ。そんじゃ、約束通りご飯を食べにいこうか?」


「…………いいの?」


「いいに決まってるだろ。約束してたし。そんで、食べたいもの決まったか?」


「……アーシュね、リンゴのパイが食べてみたい」


「パイ? リンゴパイか? え、そ、そんなのでいいのか?」


「…………ダメ?」


「いやっ、ぜんぜん、ぜんぜんいいよ!」


 オルブライトンじゃ、パイなんてそこらの屋台でいくらでも売っている。

 せっかくなんでも好きなもの食べれるチャンスなのに、わざわざ選んでまで食べるような物じゃ――


「……おとさんがね、いってたの」


「ん?」


「おるぶらいとんのリンゴパイはとってもおいしいだぞ、って」


「…………」


「アーシュね、おかさんと楽しみにしてたの。……だからアーシュ、リンゴパイを食べてみたいの」


「……そうか。……わかった。いこうアーシュ。とびっきりのリンゴパイを食べさせてやるよ!」


「……ホント?」


 アーシュが小首を傾げて訊いてくる。

 俺は大きく頷いて胸を叩いた。


「おう!」


「……おじちゃん、」


「ん? どうした? やっぱ別のにするか?」


「……ありがと」


「お、おう」


 アーシュは、はじめて笑ってくれた。

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