最終話 物語のはじまり
「………………また、やっちまった」
俺はポツリと呟く。
周囲には、野盗だったヤツらの死体がいくつも転がっている。
すべて、俺が殺したヤツらだ。
傭兵時代に何度も見た光景。
俺はこの景色が嫌で、殺意に身を任せる自分がもっと嫌で、命を奪うことに罪悪感を感じない自分がどうしようもなく怖くて……それで――それで傭兵を辞めたっていうのに……。
けっきょく、俺はあのときから一歩も進んじゃいなかったんだな。
「…………」
剣を振り血糊を払い、鞘に収める。
アーシュの首飾りは取り戻した。
剣姫さまを助け出すって騎士との約束も果たした。
ここにいる理由は、もうどこにもなかった。
「……帰るか」
そして歩き出そうとして――
「ま、待ってくれ!」
剣姫が俺を呼び止めた。
「……わたしは紅竜騎士団団長のアイナ・ザッハワース。助けてくれたこと深く感謝する。貴公のおかげでわたしも団の者も命を救われた。是非貴公の名を聞かせてはくれないか?」
「……俺の名?」
「そうだ。貴公ほどの剣士は見たことがない。是非名を――」
「さっきそこの――」
俺は首を無くした野盗たちの頭目をあごでしゃくる。
「男が言っていただろう。俺は死神だ。ただの人殺しだよ。じゃあな」
「待ってくれ! まだ貴公に聞きたいことがっ」
去って行く俺に向かって剣姫が声を張り上げる。
しかし、俺は足を止めなかった。
◇◆◇◆◇
戦場で死神と呼ばれていた俺は、殺し合いの螺旋から降りた。
そして、戦場では『死神』の名だけが残った。
戦場にもう俺はいなくて、冒険者としての俺なんか誰も知らない。
「俺は……どこにもいやしないのか」
オルブライトンへ向かう足取りは重い。
それでも戻らなくては。
帰らなくては。
アーシュが待っているから……。
月が隠れた暗い夜道をひとり進む。
やがて、オルブライトンの方角から騎士の一団が見えた。
完全装備の騎士団は、全力で馬を走らせている。
俺は道を開けるため、街道の端に寄った。
騎士団は俺の横を通り過ぎようとして――先頭の騎士が馬を止めた。
「貴殿は……あのときの」
俺が助けた騎士だった。
これから援軍を持って剣姫を救いに行くところだったのか。
「ああ、あんたか」
「貴殿はなぜここに? 野盗共は――」
「片付いたよ」
「どうなった――え? 片付いたって……」
騎士が驚いた顔をする。
「あんたらの姫さんは無事だ。でも消耗が激しい。はやく助けにいってやんな」
「わ、わかった。貴殿に感謝を! 皆、行くぞ!!」
「「「応っ!」」」
騎士団が走り去っていく。
あんだけ人数がいれば野盗共に痛めつけられていた連中も街まで運んでもらえるだろう。
俺は再び歩き出した。
一刻ほどして、オルブライトンが見えてきた。
そして――門にはランタンを持ったアーシュが立っていた。
その隣にはフックスもいる。
「アーシュ……」
「おじちゃん! おじちゃーーーん!!」
まだかなりの距離があるのに、アーシュがこっち向かって駆けだした。
俺もアーシュの下に走ろうとして――その足が止まる。
――死神である俺がアーシュに触れていいのか?
「っ……」
――数え切れないほど多くの血で汚れたこの腕でアーシュを抱くのか?
心の奥底にいる死神が囁く。
「……うるせぇ」
――死神なんか誰もしらない。誰も知りたいとすら思わない。『お前』ずっと独りだ。いままでも、そしてこれからも。
「うるせぇ……うるせぇ」
アーシュが駆けてくる。
――誰もお前を見つけやしない。死神のお前は、独りで昏い道を歩き続けるんだ。ずっと。ずっと。
「っ……」
アーシュが駆けてくる。
もう、俺の足は踏み出そうとしなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……おじちゃん」
アーシュが俺の前に立った。
泣きそうな顔で俺を見上げる。
「おじちゃん……?」
「あ、アーシュ……」
澄んだ瞳だった。
すっごく綺麗で、どこまでも澄んだ瞳だった。
どっかの死神の澱んだ目とは大違いだった。
「おじちゃん……どうして元気ないの? どっかケガしたの?」
「い、いや。だいじょ……ぶだ」
アーシュは優しい娘だ。
優しくも強い両親に育てられ、こんな俺みたいな人間をも頼ってくれる。
このままでいいのだろうか?
俺みたいな人殺しが、アーシュを育てていいのだろうか。
野盗共との戦いで、俺は自分がどんな人間だったか再確認してしまった。
なんてことはない。所詮はただの人殺しでしかなかったんだ。
だから――もう終わりにしよう。
アーシュは俺じゃない。血に汚れた俺なんかとは全然違う。
俺は俺で、アーシュはアーシュなんだ。
首飾りを返したら……それで終わりにしよう。
アーシュを孤児院に届け、それで…………それでおしまいだ。
「あ、アーシュ」
「ん?」
「ほら……首飾りだ」
俺は野盗から取り返した首飾りを、アーシュに渡す。
アーシュはぼうっとした顔で、その首飾りを受け取った。
「これ……おとさんとおかさんが買ってくれたくびかざり……」
「そうだ。取り返してきたよ。これで……俺の役目はおしまいだ。アーシュ、げん――」
――元気でな。
そう言おうとしたのに、
そう言って別れようとしたのに、
「おじちゃん! 見て! おとさんとおかさんが帰ってきたよっ」
アーシュは嬉しそうに、本当に嬉しそうに首飾りを見せてきた。
「ほらっ、ほらっ! くびかざり! アーシュのくびかざり!! 見て! おとさんとおかさんだよ! 帰ってきたのっ。 アーシュの――アーシュのとこに帰ってきたの!!」
「……アーシュ」
「おとさんとおかさんね、ここにいるの。このくびかざりにおとさんとおかさんがいるの! だから――だから――」
アーシュは瞳に涙を浮かべ、くしゃくしゃになった顔で、
「おじちゃん、おとさんを見つけてくれてありがとう」
「っ……」
「おかさんを見つけてくれてありがとう」
「……」
「くびかざりを見つけてくれてありがとう」
「……」
「アーシュを見つけてくれて……ありがとう」
アーシュが俺の手をぎゅっと握る。
血に汚れた俺の手を、ぎゅっと握ったのだ。
瞬間、俺の心の内にある闇が一気に払われていった。
「アーシュね、まっくらななかひとりでいたの。血がどんどん出てね、死んじゃうと思ったの。……でもね、おじちゃんがアーシュを見つけてくれたの。アーシュね、おじちゃんにあえてよかった」
――見つけてくれてありがとう。
――逢えてよかった。
アーシュは何度もそう言ってきた。
俺は首を横に振る。
「違う……俺を見つけてくれたのは……アーシュの方だ」
「おじちゃん?」
アーシュの優しく抱きしめる。
小さな温もりが凍った俺の心を溶かしていく。
死神だった俺を、アーシュが人間に戻してくれたんだ。
「アーシュが……俺を見つけてくれたんだよ」
「アーシュがおじちゃんを見つけたの?」
涙でくしゃくしゃになったアーシュは、もっとくしゃくしゃにして笑う。
だから俺もくしゃくしゃになった顔で答える。
「……そうだ」
「うへへ……。変なの」
「ああ、変だな。本当に変だ」
俺とアーシュは抱きしめ合い、一緒に涙を流した。
「ふむ、雨が降ってきたな。レオン殿、よかったら詰め所で雨宿りをするといい」
夜空を見上げたフックスが言う。
雨なんかまったく降る気配がなかったけど、そんなフックスの気遣いがすげー嬉しかった。
俺とアーシュの物語はまだはじまったばかりで、これからもたくさん紡いでいくんだろう。
――――家族として。
これで完結になります。
3万文字ぐらいの短編のつもりだったんですが、少しだけ膨らんでしまいました。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。