第11話 赤い石の首飾り
剣姫と頭目の一騎打ちがはじまった。
野盗たちは酒を片手に大盛り上がり。
自分たちのボスが負けるなんて、これっぽっちも思っていないようだ。
俺は気配を殺したまま周辺を探る。
こうして俺が周辺を探れるのも、
「オラオラ! 遠慮しねぇでかかってこい!」
「くっ……いまその口を利けなくさせてやる! やぁぁっ!」
剣姫と頭目が一騎打ちしているからだ。
野盗たちは一騎打ちに意識が釘付けとなっていて、誰も周囲を警戒しちゃいない。
俺は野盗たちが飲んでいる酒樽(あちこちに無造作に置かれている)に近づき、自分で調合した『痺れ薬』を溶かしこむ。
この痺れ薬はほぼ無味無臭だから、酒に混ぜてしまえば気づかれることはないだろう。
「これでよし。他に酒樽は……あそことあそこか。念のため水瓶にも入れておくかな」
俺は背負い袋から痺れ薬を取り出し、次々とアジト中にある酒樽や水瓶に入れていく。
この痺れ薬は遅効性で酔いつぶれたように見えるため気づかれにくく、朝が来る頃には全員痺れて動けなくなってるって寸法だ。
血を流すことなく野盗団を捕縛するなんて……フッ、さすが俺だぜ。
大宴会で大盛り上がりしているから、酒樽が空になるペースは早い。
俺が痺れ薬を混ぜ込んだ酒樽も、すぐに飲み干されることだろう。
「よっし。あとは朝まで隠れてればいいか。動けなくなった野盗たちを尻目に、堂々とアーシュの首飾りを探すとしますか」
そう呟いてこの場から離れようとした時だった。
ひと際大きな歓声があがった。決着が着いたんだろう。
チラリと視線を移す。
勝ったのは――
「ぎゃっはっはっは! 剣姫と呼ばれてるからどれほどのものかと思えば……ふぅ、拍子抜けだなぁ」
野盗の頭目だった。
剣姫はあちこちに傷を負い、地面に片膝をついて体を支えるのがやっとって感じだ。
「所詮はお奇麗な戦い方しかできねぇ騎士様ってわけか。俺ら傭兵の敵じゃなかったなぁオイ?」
「へっへっへ。頭、あっしらはいま『野盗』ですぜ」
「おっと、そうだったな。傭兵じゃなくて野盗だ、野盗」
俺の読み通り、やっぱり傭兵崩れだったか。
大方、西の国でやってた戦争がケリついたから、仕事がなくなって傭兵から野盗に転職したってとこだろう。
まったくもってくだらない連中だぜ。
少しは傭兵から冒険者になった俺を見習えってんだ。
「くっ……」
剣姫は苦悶の表情で立ち上がろうとするも、足に深い傷を負っているのか、立ち上がることができないでいる。
「へっへっへ、頭ぁ……いつこの生意気な女をヤっちまうんですかい? あっしはもう……へへ、辛抱ならんですよぉ」
「まあ待て。誰かこの剣姫様を治療してやんな。犯そうにも傷の痛みでおっ死んじまっても困るからなぁ。犯すのは傷が塞がってからだ」
「……殺せ」
「だ~か~らぁ、殺さねぇって言ったろ? その傷が塞がったらたっぷりと可愛がってやるから股洗って待っとけや。ぎゃっはっは!」
耳障りな嘲笑が響く。
まあ、事態はあんまりよろしくないけど、ひとまずは剣姫の身の安全(?)は確保されたと考えていいか。
道中で助けた騎士との約束も果たせそうでほっとしたぜ。
痺れ薬が利いたら助けてやるからなー、とか思っていたときのことだった。
「はぁ~……。やっと俺様の怒りも納まってきたぜ。……ったくよぉ、クソガキが後生大事に持ってた首飾りがただのゴミだって知らされたときは、心優しい俺様も久しぶりにキレちまったからなぁ」
「へっへっへ、あの乗合馬車に乗ってたガキのことですね?」
「ああ。あんなちっこいガキが剣を突きつけられても渡さねぇからよ、さぞ価値ある首飾りかと思ったんだが……クソッ。とんでもねぇガラクタを掴まされちまったぜ。こんなことなら首飾りじゃなくあのガキを攫って売っちまえばよかった」
「あのガキの両親は傑作でしたね! 『娘だけはたすけてください~』とか泣きながら叫んでて。へへ、最期なんかふたりしてガキに覆いかぶさって守ろうとしてたんすよ?」
「ぎゃっはっは! そうだったな。俺様も鬼じゃないからな。そんなガキが大事なら一緒に逝かせてやろうと思ってよぉ、3人まとめて串刺しにしてやったぜ。ぎゃっはっは! 最高だったなあんときは!」
「まったくです!」
「あー、クソ! この首飾りがガラクタだって知ってたら、もっと時間をかけて可愛がってやったのに……もったいねぇことしたなぁ」
「頭、次ですよ、次。また馬車を襲って愉しめばいいんすよ」
「そうだな。こんなガラクタごときでいちいち腹立てることもねぇか」
頭目はそう言うと、懐から出した首飾りを無造作に放り投げる。
首飾りは俺の近くに落ちた。
赤い石の首飾りだった。
俺の頭のなかで、『ぶちん』と何かが切れる音がした。