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第10話 囚われの剣姫

 野盗団を探しはじめた俺は、フックスが貸してくれた馬に乗って街道を走っていた。


「馬に乗るのは傭兵時代以来だな……」


 まだ冒険者になる前、ぼっちでも金を稼げる傭兵だったときのことを思い出しつつ、街道をひた走る。

 野党団の隠れ家はわからないけど、紅竜騎士団が通った足跡を辿ればいずれ追いつくだろう。

 そう思っていたんだけど……。


「……マジかよ」


 街道から外れた森近くの平野。

 そこに、鎧をつけた騎士が何人も――何十人も倒れているじゃありませんか。


「野党団との戦闘したのか。それにしても……」


 倒れている野盗の数は多い。

 しかし、騎士の数も同じぐらい多い。

 ただでさえ夕日で紅く染まった平野が、騎士たちの血でより紅くなっている。 


「まさか……紅竜騎士団が負けたっていうのか」


 これ、ぶっちゃけ全滅してない?

 騎士の数を数えた俺はそう思う。


 ここいらで最強と名高い紅竜騎士団が敗れるとはね……。

 俺は野盗団への警戒度を3段階ばかり引き上げる。


 烏合の衆であることが多い野盗団は、仲間と連携して戦うのが苦手なことが多い。

 しかし、完全武装した騎士団を打ち負かすとなると話は変わってくる。


 可能性として高いのは野盗を装った他国の騎士団か、もしくは――


「このやり口、傭兵の奴らかもな……」


 仕事(戦争)を無くした傭兵団が、野党や盗賊に身を落とすことはよくある話だ。

 戦場となった地形や痕跡から俺はそう推測する。

 おそらくだが、奇襲を受けたのだろう。


「まいったね……。どうすっか。一度知らせに戻ったほうがいいか?」


 そう悩む俺の視界に、もぞもぞと動く影が映った。


「っ!? 生存者か?」


 走って近づくと、同い年ぐらいの騎士が這いつくばったままうめき声をあげていた。

 俺はすぐにヒールをかけ、助け起こす。


「あの……そのっ、えとっ、あああ、あーっと……だ、大丈夫?」


 コミュ障故に、安否確認に時間がかかるのはご愛敬。


「う……き、君は?」


「ぼぼぼ、冒険者……です」


「冒険者か。……ん? 私の傷を癒やしてくれたのか?」


「お、おう」


「……感謝する。迷惑ついでにひとつ頼まれてはくれないだろうか?」


「な、なにを?」


「いますぐオルブライトンに戻り救援を呼んできて欲しい」


「……救援?」


 俺が聞き返すと、騎士は悔しさに歪む顔で頷く。


「アイナ様が野盗共に攫われてしまったのだ」


 アイナって確か紅竜騎士団の団長だったよな?

 領主のひとり娘とかいう。


「や、野盗は……どこに?」


「あっちだ。あの方角に走り去っていった。我々の馬に乗ってな……」


 騎士が森を指さす。

 全滅した上、騎乗してた馬まで奪われたってわけか。

 完全敗北じゃないの。


「私は……これからアイナ様を助けに後を追う。君は城に行き救援を――」


「だ、ダメだ」


「……?」


「きゅ、救援を呼ぶのは……あ、あんたの仕事だ」


「なぜだ? 時は一刻を争うのだぞ!」


 騎士が強めの口調で言う。

 それだけ緊急事態ってことだ。

 だからこそ、俺は自分を奮い立たせて一息に言ってやった。


「だ、だからだよ! 冒険者の俺が助けを求めても誰も信じちゃくれないだろっ? でも――でも騎士のあんたなら違う。騎士のあんたが救援を要請すれば、き、きっと部隊を派遣してくれるはずだ。違うかっ?」


「……確かにその通りだ」


「だ、だろ? ほら、俺が乗ってきた馬を貸してやる。これに乗って城に戻ってくれ」


「しかし君は?」


 男が俺を見つめてくる。

 人と目を合わせることが苦手な俺は、さっと顔を逸らして華麗にスルー。

 さもそれが当然だとばかりに、野党共が去って行った方角に視線を投げ、


「俺は……最初から野盗共に用があるんでね」


 と言った。


「……そうか。もしアイナ様を発見したら、無理を承知で救出を頼みたい。救出が不可能なら野盗共の隠れ家を見つけてくれるだけでもいい。報酬は働きに報いると約束する!」


「ぜ、善処するよ」


 俺の言葉に騎士は「すまない」と言って頭を下げる。


「命を救ってもらい感謝する。この礼をするまで死んでくれるなよ」


「あ、ああ。アンタもな」


「それでは失礼する!」


 こうして、騎士は俺の乗ってきたきた馬に乗りオルブライトンへと戻っていった。

 平野に刻まれた馬の足跡を視線で追うと、向こうに見える森の中へと続いている。


「隠れ家は森の中か……。身を隠せるのは助かるな」


 俺はそう呟き、野党団を追って森へと入っていくのだった。



 ◇◆◇◆◇



 俺は森の中を足早に進んでいた。

 すでに日は落ち、月明かりさえ届かない森の中。


 夜目が利く俺じゃなかったら、足元すら見えないだろう。

 時折しゃがみ込み、馬や野盗団たぶんの足跡を確認。


「このまままっすぐってとこかな」


 立ち上がり、獣道を行き追跡する。

 そして一刻ばかり経ったころ、遠くから人の叫び声と剣が打ち合わされる音が聞こえてきた。


 この先で誰かが戦っているみたいだ。

 ひょっとしたら、騎士団の生き残りが団長さまを救出するために戦っているのか?


 俺は気配を殺し、音のする方へ近づく。

 徐々に音と叫び声が大きくなっていく。


 俺は身を屈めながら慎重に進んだ。

 その途中、剣戟の音が止み、


「た、助けてくれ! 命だけは……命だけは――ぎゃぁぁぁぁっ!」


 という断末魔が響き渡った。

 数秒の後、蔑むような笑い声が一斉に上がる。


「けっ、冒険者つっても大したことねえなぁ。オラッ、次だ。次のヤツかかってこい。俺様に勝てたら生かして帰してやるぞ」


「い、いやだ! アンタとは戦いたくない!」


「ぁん? おめぇら俺らの首を取りに来たんだろ? ほれ、頭目の首はここだぞ。さっさと剣を抜きな」


「アンタたちに剣を向けたことは謝る! カネが必要なら絶対に……絶対に用意するから、命だけ――」


 そこで慈悲を請う言葉は止まった。

 どさり、と何かが倒れる音が聞こえ、


「ケッ、タマなし野郎が」


 再び笑い声が上がった。

 近くまで接近した俺は、木陰から声がする方をのぞき込む。


 森の中でぽっかりと開けた場所。

 そこに声の主であろう大男を中心に、200人ほどの武装した男たちが騒ぎ立てていた。

 奥には洞窟も見えるから、この場所が野盗たちのアジトで間違いなさそうだ。


「めっちゃ規模がデカイ野盗団だな。雰囲気からして傭兵崩れ……いや、『元』傭兵ってとこか」


 気づかれないよう辺りを見回す。

 野盗たちはあちこちに起こした焚き火を囲んでは酒を飲み、宴会の真っ最中。

 騎士団を返り討ちにした祝勝会でもしているんだろう。


 ついでに余興として、捕虜にした騎士や冒険者をいたぶって酒の肴にしているようだ。

 いま殺された男も、そんな哀れな冒険者のひとりだったみたいだな。


「えーっと、噂の騎士団長さんはっと……あれか?」


 後ろ手で縛られた捕虜に交じって、べっぴんさんな女騎士がひとり。

 装備のグレードからして、彼女がアイナ騎士団長で間違いないだろう。


 燃えるような紅い髪をした、美しいひとだった。

 万が一にも二人きりになってしまったら、緊張しすぎて喋れないどころか窒息するかもしれない。それほどの美人だ。


「ん~……こっそり助け出すとか無理だな」


 なんせ野盗たちは女騎士が珍しいのか、下卑た視線と卑猥な言葉を送り続けている。つまりは注目の的ってわけだ。

 そんななか、彼女だけを気づかれずに助け出すなんて不可能に近い。

 しかも……


「どいつもこいつもタマなしのヘタレ野郎ばっかで白けるぜ。しょうがねぇ……本命の騎士団長様にお相手願おうかねぇ」


 血に濡れた剣を握る頭目らしき男がそう言うと、野盗たちからいままで以上の歓声が上がった。


「くっ……殺せ」


 頭目の前に蹴り出されたアイナ騎士団長が悔しそうに言う。

 しかし、全身から血の臭いを漂わせている頭目は首を横に振る。


「ばぁ~か。お前みたいな上玉を殺すわきゃねぇだろ? 動けねぇように両手両足をへし折ってよ、頭がバカになるまで犯し尽くしてやるよ。ぎゃっはっは!」


「……」


「俺たち全員を相手にして頭がイカレちまったお前をよ、奴隷商に売っぱらうか、それとも身代金と交換するかは……まぁ、お前の股しだいかぁ? 愛しの家族のところへ帰りたかったらよぉ、股ぐらをしっかり締めて俺たちを愉しませるこったな」


 下卑た笑い声があちこちから上がった。

 頭目は片手をあげ、手下の声を静める。


「だが、俺は優しい男だ。そんなお前に一回だけチャンスをやろう」


「チャンスだと?」


「ああ、噂に名高い剣姫様と一度お手合わせしたくてなぁ。ああ、お相手つってもコッチじゃねぇぞ? 剣の方だ。そんで、もしお前が俺様に勝てたら解放してやろうじゃねぇか。そこにいるタマなし野郎共も一緒にな」


 頭目が顎をしゃくって他の捕虜を指す。

 あれ? なんかいま気づいたけど、騎士の他に『銀翼の翼』の連中も捕まってるんですけど。


「……本当か? 本当にわたしが勝てば部下と冒険者たちも解放してくれるのか?」


「本当だとも。俺様は冗談は言うがウソは言ったことがないのが自慢でねぇ。……で、どうする? もちろん、俺とお前の一対一の勝負だぜ」


 アイナ騎士団が「いいだろう」と頷く。


「へっ、そうこなきゃな。おい、こいつの武器を返してやんな」


「へい!」


 いかにも下っ端です感じの男が、ほのかな輝きを放つ剣を騎士団長さんに投げ渡す。


「ほう。魔法剣か? いいモンもってるじゃねぇか」


「ああ。我がサファリスク家に伝わる宝剣だ。そして――」


 騎士団長さんが切っ先を頭目に向ける。


「これから貴様を斬り伏せる正義の刃だ!」


 野盗たちから歓声が上がり、頭目と騎士団長さんを中心に人垣ができはじめた。

 これから一対一の戦いがはじまる。

 俺はそれをよそに、こっそりとアーシュの首飾りを探す準備をはじめるのだった。

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