REMEMBERーWorld Afterwords Memorialー
ー宝石の森は…相変わらず綺麗な宝石が実っててさ…
ふとそんな言葉が聞こえてくる。宝石の森の、奥の、奥の、そのまた奥。動物たちが駆け巡る豊かな森が底にあった。春。花々が咲き誇り、熟した宝石が足元に落ちて日を浴びて輝いている。
しかし、賑やかな周りと違って…視界の開けた場所にぽつんと、墓標があって…その真正面にワインを持った白衣の男性が居る。袖は腕を通してないようで、だらんと原っぱまで降りている。
「ー…ハッピー・バースデイ。皆に乾杯。」
青黒い髪と黒い見覚えのあるヘッドホンと黒い宝石の首飾りを首から下げて、ワインの栓を取った。そっとその墓標にかけて、一緒に持ってきていたであろうワイングラスで自分も飲んだ。飲む前に宝石のように輝く水をそのまま混ぜ込んだようだが。
「もうあれから結構経っちゃってさ、でも前みたいに誰かが訪ねてくるっていうのも無いんだよ…」
寂しそうに肩を落として、その白衣のモノは墓標に話しかけている。そこにはそのモノ以外誰も居ないだろう。居たとしても、自由に駆け回り続ける動物たちだけである。
「あのね、あのね…何言おうとしたんだっけ、あはは…。」
一生懸命笑おうとする。だけれども。一人じゃ笑おうにも、疑問を投げても、それを返してくれる空気はあるはずがなかった。
「…もうあれから兄貴も帰ってこなくて…今日は2人の誕生日なのにね、生きてるのかもわからないのに。」
そう言いながらぎゅっと強く、自分の胸にある黒い宝石を握りしめた。研究者の苦労しているのであろう、少しゴツくなった手はまだ幼くて懐かしい。
「俺ね、もう身体的に20歳超えたんだ。凄いだろぉ!もうぅ…体も子供じゃねえんだぁ…。」
陽気にずっと語っている、まるでそこに誰か居るように、親しい誰かに自慢するように。拳を横一文字にブンッと振って、ヘヘっと笑ってみせた。無理矢理に…その笑顔はすぐなくなってしまう。
「最近Qの声も聞こえなくてさぁ、もう本当に誰もいない。…他の国も滅亡しちゃったのかな、何も連絡が無いんだよ。」
「本当に何もなくなっちゃった…言ってた覚悟ってこういうことだったの?全てを失う覚悟で戦えっていう教えは…こういうことだったの…?」
段々と声に元気が無くなって、風が撫でて揺らす髪が段々と降りていく。
…そこにはあんなに幼く可愛らしかったAnswerの大人になった姿で、涙をこらえる悲しげな表情があった。
「ねぇ、姉さん…。」
影を落とした草原に狐の嫁入りの雨が小さく降った。ポロポロと潤った眼が影を見つめている。
「姉さんも兄貴も…皆何処に居るの…?」
「俺寂しいよ…!いつまで此処で待って居ればいいっ、いつまでこう生きていればいいっ…!!」
小雨はやがて大雨になって、Aの茶色い長ズボンの裾を濡らした。溢れんばかりの宝石の輝きを放つ涙が、頬を伝ってこぼれ落ちていく。
「月華姉さんも…姉御も…!ディフにぃもパウにぃもフィヨにぃも…!皆…。」
ガッと墓標を持って下を向いて泣いた。声変わりして少し低くなった、かすれた静かな泣き叫んだ声が少しこだまして…。
「わかってる…皆元の世界に帰ったんだよね、姉さんはそれを望んでいたし、俺もそうだと分かってた…でも…。」
「でも…姉さん達まで居なくなる事無いじゃないか…!」
紅いワインは血のようで、相当昔の物だった。半分はなくなっていたが、その後Aは一切飲みやしなかった。他に飲もうと手をのばす者も居ない。
「もう死んじゃっているのかな、兄貴は龍の血の方が多いから…寿命なんてあってもわからないし…。」
「もう…待つの諦めたほうがいいのかな…」
掴んでいた手をそっと話して、包むように寄りかかった。まだ眼は淡く潤んでぼやけている。
「研究もさ…色々進んだんだ…でも役立てる人も場所も無いのに…どこまでやればいいの…?」
ほろっとまた宝石の粒が流れた。
「俺のこの力も…もういらないのに…此奴だけ未だ残ってる…。」
「俺はこの力を欲したわけじゃないの…生まれつき付いてきちゃったんだ、神人と龍人の血が混ざった代償にさ」
「最近わかったんだ、同じ比率で混ぜれば。本当に同じ正確な比率で混ざってしまったら、俺みたいな不死身が生まれる。」
ふと手を見ながらそう語りだした。傷だらけの手は、治療の跡もない。
「最初はその意味を知った時は驚いたけど…凄く嬉しかった。だって皆と一緒に居られて、ついていって危ない場所で戦っても、俺は死なないんだもん。」
「だから医学を一生懸命父さんから習って、自分で研究して…皆を助けられるようにって。」
「それももう意味が無くなっちゃったんだね。」
はっきりとした声でそう言った。体制を戻して、また座った。墓標にまだ乾ききっていなかったワインのシミが血の様に白衣に染みた。
「死ねれば…死ねれば楽になれそうなのに。」
そう言って、白衣の内ポケットから、中身が入った栓付きの試験管を数本取り出した。4本あるそのうちの3本は水滴が付いているが、空だ。
「ほら見てよ…さっきワインに混ぜて一緒に飲んだんだ、『宝石の泉の原水』。」
宝石の様な輝きを持ったその水はまさしくこの森の何処かにある泉の水だった。
「これを飲んだものは例外なく、皆死んじゃうんだよね。」
空の3本をしまって、残りの1本を開けて満タンに入っていた原水を全てぐいっと飲み干した。
「普通だったら…飲んだ瞬間に体内で宝石の生成が始まって、最悪数秒で言葉が話せなくなって動けなくなって死んじゃう…のに」
飲み干した試験管を握りしめて、ヒビが入る。手が少し震えている。
「ねぇ…どうしてまだこんなにしっかり話せているの…?さっきも今も飲んだのに、手が震えるだけで、死ねやしないんだ…!」
試験管がキラキラとバラバラと落ちていった。手からは血が先程の原水の様に宝石の輝きを放って滴っていった。右手が震えて、左手で抑えても抑えきれない。
「1時間以内にこの量を飲んだら既に致死量は超えてるはずなんだよ…!これ以上は不味いからもう飲みたくねえ…右手がいつも使えなくなるだけで、この力は負けやしない…。」
震える右手をおろして、また口を開いた。
「いくら切り裂いても、いくら飛び降りても…逆に身体は成長してく…。」
「もう姉さんたちの歳も超えてさ…正直、兄貴の身長には届かなかったけどね、昔は追い越してやるってずっと言ってたなぁ…。」
そっとそのまま草原の上に寝っ転がった。ふわっと風が包むように流れていった。
そう静かに目を瞑って寝ていると、カサカサと草原をかき分ける音が後ろから聞こえてきた。
「…誰ぇ?」
軽くなった身体を起こして、振り返ると。草原からカサッと、白い毛並みに顔面に紅い模様を刻んだ狐の顔が覗き込んだ。
「此処に近づくだなんてぇ…不思議な狐だねぇ。」
そのまま草むらから出てきた。グアッと草むらから9本の大きな尻尾が現れて、羽衣と一緒に揺れている。
「九尾ぃ…!?どうしてぇ…ああぁ、そうかぁ、この先にある泉でまた死ぬ人が居るぅ…のかいぃ?」
そうAは言おうとしたが、九尾はそのままAの目の前で立ち止まった。じっと斜め下からAの大きな目を見つめている。
「俺ぇ?此処でずっと誰かさんを待ってるのさぁ…俺は不死身だから死なないよぉ?死んだ人の魂を連れて行くんだろうお前はぁ。」
そう言っても九尾はその場から動こうとしない。そして九尾は草原に丈があっていないからこそ大きく広がる白衣の紅い染みを噛んで引っ張った。まるで「来て」と言いたいかのように。
「えぇ…俺を何処かに連れていきたいのぉ?」
九尾は頷くように、縦に顔を振って、まだ引っ張り続ける。Aが短パンを履いた膝を立てて、立ち上がろうとすると、九尾も離した。
「暇つぶしに何処かに連れて行ってくれるのかなぁ…?」
そう首をかしげていると、九尾は少し離れた場所でまた止まって、此方を向いて待っていているようだった。
「そうかぁ…じゃあねぇ、姉さんん、兄貴ぃ。俺行かなくちゃぁ、行けないみたいぃ。」
振り返らずそう言って、九尾が入っていった草むらの奥に、その幼い姿のAが走っていた。サイズの合わないメスが大量に入った白衣と、先程より輝きを放つ黒い宝石が揺れてキラキラと消えていった。
【残ったのは墓標と…笑顔で眠りに付いた幸せそうな白衣の男の亡骸だった】
ー彼はきっとまた兄弟に再会して幸せな時間を過ごしているのだろう。何処に連れて行かれてしまったのかはあの九尾のみぞ知る。




