史上最大の問題児
その日、模手高校の一年生以外の人間の顔は優れていなかった。
生徒同士や教師同士で様々な相談が行われ、中には世界の終わりを迎えた時のような顔をしている生徒も居る。
唯一事情を知らない一年生ですら学校内の暗い雰囲気に何かを察したのか、それぞれで話し合いを始めている。
「理由は分からんが、今日は学校全体が暗い雰囲気に包まれているな……誰か理由を知ってるか?」
「知らないよぉ?いつものように学校来たらこんな感じだったしさぁ」
「……わ……な…い」
「私も知らない、だってさ……俺も知らねーけど」
「……すぅ…… すぅ……」
中でも一部の生徒は強く危機感を感じ、友人に質問をしていた。
その筆頭が笹沢立花という男子生徒だ。
「誰も知らないか…行事の予定は聞いていないのだが…」
立花は困った様子で両腕を組む。
真面目な性格故に自分が知らない何かが起こっている事が気になるのだろう。
「まぁまぁー?そのうち理由も分かるよぉ、いちいち気にしなくてもさぁ?」
そう言って姉小路りりは立花を落ち着けようとする。
愛くるしい容姿と人懐っこい性格で多くのファンから「猫りり」の愛称で呼ばれている彼女は気だるそうに机に顔をつけた。
「……で……あ……し…」
「でも不安だし、だってさー……でも分からねぇもんは分からねぇっての」
他人が聞き取れない口調で話す少女、津野風波の言葉を双子の弟である津野波風が翻訳する。
容姿は似てても性格は正反対の二人は少なからず危機感を持っていたが、具体的な解決策は考えていなかった。
「……すぅ……すぅ……」
そんな四人を無視して白尾日瑠音は幸せそうに眠る。
何かを食べている夢を見ているのか日瑠音の口は小さく動き続け、見たものを和ませていた。
「間に合ったぁぁぁ!……よな!?」
その時、校舎に響く大きな声と共に一人の少年が教室に入ってくる。
彼の名前を知るクラスメイトは居なく、その存在を友達と認識しているのは立花ぐらいだった。
「セーフだな、今日は遅刻しなかったのか?」
「あぁ…今日はあれだ、朝早くから道路で待機しててよ……通りかかった他の生徒の後ろを歩いて来たんだ」
汗をかきながら少年は立花に説明をする。
だが鈍感な少年は周りの人間の暗い雰囲気に気が付かず、立花と会話を続けた。
「はぁ……お前気が付かねぇのか?この空気によぉ」
そんな少年を見かねた波風が声を出す。
きょとんとした顔の少年は周りを見渡し、自分以外の人間が少なからず不安げな顔をしている事にやっと気がついた。
「……?なんだ、みんな死んだ魚みたいな目をして考えてるけど……」
少年がそこまで声を発した瞬間、校舎内にチャイムが鳴り響いた。
それと同時に担任の木宮景が教室に入ってくる。
「「……………」」
生徒達は絶句した。
入学してから数日しか経っていないが、常にハイテンションだった担任の教師は見る影も無いほどに疲れた顔をしていたからだ。
「……景ちゃん?大丈夫なのぉ…?」
流石にその異様な光景にりりも不安げに声を出す。
いつもなら女性相手なら張り切って話す景は乾いた笑いと共に声を発した。
「あぁ……今日、とある生徒が学校に来るんだよ…」
「……そ…だ、け?」
「それだけ?って言ってんぜ」
景の言葉を聞いた全員が意味が分からないといった表情を浮かべる。
だが目の前に立つ担任の表情を見るとそれが異常事態であると生徒達は察した、ただ一人の生徒を除いて。
「ふーん……女子ならいいんだけど」
ボソりと少年は呟く。
景はそんな少年を死んだ魚のような目で見つめると重く呟いた。
「……お前がこの前、紅羽ちゃんから聞いたヤツだよ」
「………………」
景と比べると少し劣るが、それでもいつもは充分ハイテンションな少年から笑顔と言葉が消える。
担任の男がどの人間の話をしているか察し、少年はバッグを持って立ち上がった。
「……ごめん、俺今日デートだったから帰るわ」
「お前がデート組めるわけないだろ……帰さねぇぞ、お前も苦しめ」
逃げようとする少年を担任とは思えない言葉で景が止める。
そんなやりとりが後三回続いた時、不意に校舎の一階部分から明るい声が響いた。
「あっはっはー!!おっはよーございまっすぅ〜〜!!」
次の瞬間、景はドアに向かって全力で走り出した。
その腕を少年が全力で掴む。
「離せ!俺ちゃんは今からデートなんだよ!帰る!」
「アンタがデート組める……よな!アンタは毎日デートだよな!でも帰さねぇから、アンタも苦しもう!」
顔を真っ青にした景と少年は互いの服を掴み合う。
だがそんなやりとりをしている間に明るい声が徐々に近づいてくる。
「……ねぇ、よく分かんないけどさぁ?今聞こえた声の子ってそんなに危険なのぉ?」
普段より少し焦っている様子のりりが口を開く。
景はその声を聞くと早口に説明をしだした。
「あぁ危険だ、分かりやすく言うと常識を知らねぇクソガキちゃんが爆弾抱えて走り回ってるようなもんだ!」
景がそう答えた瞬間、大きな音と共に教室のドアが勢いよく開かれた。
ゆっくりと生徒達の視線がドアを開けた人物に向けられていく。
「あっはっはー!!景ちゃんセンセー久しぶりでございまっすぅ〜!!」
「お、おう……おはよ、芽茶……」
景は普段では考えられないような冷や汗をかきつつ相手に返答をする。
芽茶と呼ばれた人間は景と話し終えると、教卓に飛び乗って生徒達の方を向いた。
「あっはっはー!!今年の一年生ちゃんはカワイイでございまっすぅ!一人?二人?三人飛ばして四人くらいお持ち帰りしたいでござるねー!」
生徒達は何も言葉を発することが出来ない。
目の前の異様な人間に気圧され、ただ見つめるしか出来ない。
芽茶は上半身は白を基調とした派手な私服、下半身は女子の制服であるスカートと男子の制服である長ズボンを併用している。
その容姿は現実離れした美しさを放ち、肌は雪のように透き通っていた。
「んっんー?誰も返答しないなんて寂しいなぁーっ?」
教室内に芽茶の声が響く。
だがその声に返答するものは居なく、芽茶は不満そうに声を発する。
「せーっかく久しぶりに学校来たのになぁー?ま、いいや!氷歌ちゃんや音木涙ちゃんのところ行こーっと!!」
そう言うと芽茶は教卓から伸びおり、教室から出ていった。
芽茶の声が聞こえなくなってから景が盛大にため息をつく。
「はぁー……!疲れたー…」
「……な…あ……は……」
「なんなんですかあの人は、だってよ……マジでなんだあれ、台風の擬人化かよ……」
他の生徒もため息をつき、各々が話し出した。
波風が翻訳した風波の言葉に答えるべく景は口を開く。
「三年の来栖芽茶……見ての通りの問題児だ」
「…凄い人でしたね」
立花が呆然とした様子で呟いた。
生徒達は声には出さないがその言葉に強く頷く。
「……すぅ……すぅ……」
だがしかし日瑠音はずっと眠っていた。
少なからず芽茶をうるさいと思ったのか、被っている布団を強く耳に押し当てているような体勢で眠っていた。
「まぁ…あれだ、明日から芽茶が登校するとしても名実が居るから……」
「……名実って女の子っすか?」
「いや……普通の男。この学校で芽茶を止めることが出来る貴重な一人だ」
少年の質問に景は答える。
それに更に疑問を感じた少年は恐る恐る質問を続けた。
「……もしかしてこの学校で芽茶先輩を止める事が出来る人間ってほとんど居ないんじゃ……」
「……正解。アイツ止めれるのは名実か紅羽ちゃんぐらいだわ」
景の返答に少年は身震いをした。
意に介さず人に毒を盛ったり刃物を振りかざす紅羽と台風のような芽茶が遭遇すればどうなるかなど簡単に想像出来たからだ。
「……あの二人が遭遇したら学校崩壊しそう…」
景は何も言わなかった。
少年の言葉を否定出来なかったために黙り続けた。
そして、少年の発した言葉は現実となった。
「紅羽ちゃーん!!遊びに来たよーー!」
「そうか、君に自殺願望があるとは知らなかった」
元気に保健室のドアを開ける芽茶、そしてそれを嫌そうに追い出そうとする紅羽がそこには居た。
「えー?死にたくないってぇー!芽茶は永遠に不滅でっすぅー!」
「そうかいそうかい、なら原子も残さず灰になってくれないか」
「相変わらずカワイイのに言ってることが難しいでっすぅー!とりあえずオヤツ欲しいっす!腹減ったっすぅー!」
「分かった、ならそこにあるパンを食べるといい。ほら、そこにある綺麗な紫色の毒が入っていないようなパンだ」
紅羽は常人なら泣いて逃げ出す程の威圧感を出しているが芽茶には全く効果が無かった。
二人の会話はその後も続き、我慢の限界に達した紅羽が危険な薬品を持ち出し、それから逃げるために芽茶が校舎内を暴れ回ったのは別の話である。