え、俺(主人公)の名前みんな知らねぇの?
現在時刻は五時二十分、生徒達の大半が帰宅した時間。
教室内で呑気に熟睡している二人の人間がそこには居た。
「……すぅ……すぅ……」
「……あ…お姉さん…………行か……ないで…」
一人は可愛らしい寝息と共に幸せそうに寝ており、もう一人は汚い欲望に塗れた寝言と共に寝ている。
そんな二人を四人の人間が囲んでいた。
「ねぇねぇ?センセーがこの二人追い出して教室閉めといて〜って言ってたけど、これどうやって起こすのぉ?」
「ふむ……声をかけても起きる気配はない、何か衝撃を与えれば……」
「あー……衝撃だぁ?んじゃあ殴って起こすか?」
「あ……や……く…」
物騒な会話が繰り広げられているとは露知らず、布団を被った女子生徒、白尾日瑠音は幸せそうに眠る。
一方まだ名前を名乗れてない少年の顔は寝ているにも関わらず険しくなっていた。
「……お姉さん……おちゃ…………いかないで……」
「……コイツは起こさなくても良くねぇ?」
口調が荒い小柄の少年、津野波風が小さく呟く。
それを批判する声が聞こえないことから、恐らく残りの三人も同じ考えなのだろう。
「でもでもぉ、日瑠音ちゃんは起こさないといけないよねぇ?」
「……あ……だ……と……」
愛くるしい少女の姉小路りりの発言に反応したのは、体全体が大きめの少女の津野風波だった。
風波の聞き取れない小さな声を波風が通訳する。
「駄菓子の匂いで起きるんじゃないか?ってさ」
「駄菓子?……あぁ、白尾は自己紹介の時に駄菓子が好きと言っていたな」
翻訳した波風の言葉に納得したのは笹沢立花だ。
日瑠音は確かに自己紹介で駄菓子が好きだと言っており、彼女を起こすには有効な手段かもしれないと四人は考える。
「……で?誰が駄菓子持ってんだ?俺ぁ持ってねーぞ」
波風の発言に答える者は居ない。
誰も駄菓子を持っていないことに気がついた四人は互いに顔を見合わせた。
「んー……これさぁ、起こす方法ないんじゃないかなぁ」
りりの発言はあまりに事実だった。
どれだけ声をかけても起きず、有効だと思った手段は肝心の駄菓子が無いので実行出来ない。
四人が困り果てたその時、教室内に着信音が響いた。
「……誰だ?」
「えー?私じゃないけどぉ」
「俺でもねぇな、風波のとも違う」
互いの言葉を聞き、四人は自然と睡眠中の二人に目を向ける。
よく見ると日瑠音のポケットが小さく振動していた。
四人は日瑠音にかかってきた電話に出る必要は無く、自然と音が鳴り止むのを待っていた。
すると数秒後、着信音が止まり留守番メッセージの録音状態に入った。
「こら日瑠音!いつまで外にいる気!?早く帰って来なさい!」
教室内に日瑠音のケータイに保存された留守番メッセージの音声が響く。
その時、風波が聞き取れない声で呟いた。
「……こ……け……ば…………」
「今電話かけたこの人にかけ直せば迎えに来てくれるかも……ってさ」
当たり前のように波風が翻訳し、立花は感心したように腕を組む。
「ふむ……なるほど、こうなったらそれしか方法は無いだろうし……かけてみようか」
立花はそう言うと日瑠音のポケットに手を伸ばすが、そこで動きを止めた。
「えぇー?どうしたのぉ?立花くんー?」
「……寝ている女子生徒に無断で触るなど……。すまない、姉小路か津野の姉が白尾のケータイを取ってくれないか」
「……お前紳士っつーか……馬鹿みたいに真面目だな」
立花の頼みを聞いた波風は小さく笑った。
そして風波が申し訳なさそうに日瑠音のケータイを取り、立花に手渡した。
「あ、てかさー?パスワードあるんじゃないの?」
「……ふむ……困ったな」
立花はそう言いながら遠慮がちにケータイの電源を入れる。
意外なことに日瑠音のケータイにはパスワードは設定されてなく、立花はあまり慣れていないといった様子でケータイを耳に当てた。
日瑠音が音量を大きく設定していたのだろう、コール音が教室に響き渡る。
教室内が静かな事も手伝い、その音は非常に大きく聞こえた。
「あ、日瑠音!?何してんの、まさかまた迷子!?」
「……すみません、現在日瑠音さんのケータイを借りて電話させていただいてます。そちらは日瑠音さんの保護者の方でいらっしゃいますか?」
教室内に電波越しの女性の声が響き渡る。
声の質からして姉だろうと立花は予想し、丁寧な言葉で質問をする。
「あ……はい、白尾日瑠音の保護者です。……もしかして何か事故ですか?」
「いえ……その、私は日瑠音さんのクラスメイトなんですが……日瑠音さんがずっと教室で寝てて、何をしても起きないので困ってまして……」
安心したような、そして呆れたような溜息が電波を通じて聞こえてくる。
「……分かりました、場所はどこですか?」
立花は相手に場所は教室だと伝え電話を切り、少し疲れた様子で三人の方に振り向いた。
「……すぐにこちらに来るそうだ」
「そりゃ良かった、お疲れさん」
そうして四人は日瑠音の保護者を待った。
肝心の日瑠音は幸せそうに寝ており、少年は今も欲望に塗れた寝言と共に寝ている。
「てかさ〜?えっと……日瑠音ちゃんじゃない方の子どうするのー?起こす方法ないけどー」
「つーかコイツの名前聞いてねぇ気がすっけど、自己紹介してたか?」
「……ち……き…く………」
「あぁ、こいつが自己紹介してる時に鳴ったチャイムで聞こえなかったのな」
「全く……クラスメイトの名は覚える必要があると思うぞ?………あ、そういえば俺も名を聞いていない」
四人は寝ている少年の顔を見る。
優れているとは到底言えない顔つき、あまりにセンスのないシャツ、これに至った過程を問いたくなる髪型。
少年は世間一般的な例えでいうとブサイクだった。
「はぁ…はぁ…えっと、お待たせ!」
数十分後、制服にエプロンといった服装の女子生徒が教室に入ってきた。
「あはは……ごめんねー?うちの妹が……」
彼女は苦笑いを浮かべつつ慣れた様子で日瑠音を担ぐ。
そのままドアまで歩き、思い出したように振り返った。
「そうだ、今度こういう事があった時に呼んで欲しいし、自己紹介しておくね」
彼女は小さく咳払いをし、軽く胸を張って口を開いた。
「私の名前は白尾音木涙、三年生で弓道部の部長だよ。ついでに言うと弓道部は戦力少ないし、部活決めかねてるのなら入って欲しいな」
「えー?戦力って言ってもぉ、私弓道苦手なんですよねー」
音木涙と名乗った女子生徒の発言にりりが反応する。
しかし音木涙は意に介さないといった様子で答えた。
「大丈夫だよ、弓道部に入ってくれるだけで嬉しいから。今年こそ一位狙いたいしね」
「……話の筋が少し読めないのですが」
音木涙の発言の意味が分からないといった様子で立花が質問する。
すると音木涙は笑いながら答えた。
「あはは、まぁすぐに分かるって!…じゃあ私は帰るね、もう一人の妹もお腹空かせてるし」
そう言うと音木涙は教室を後にした。
「部活……なんか色々あるみたいだったな」
「は……で……わ……」
「そうだな、入ってくれるだけでいいってのは分からねぇよな」
波風と風波は二人で色々考えているようだった。
しかしそれをりりの声が中断させる。
「ねぇ帰ろうよぉ、お腹空いたんだよ〜」
「……まだコイツが残っている」
立花はチラリと少年を見る。
しかし波風は面倒くさそうに口を開いた。
「コイツ起こす手段は全く分からねぇし……別に男だから夜中やばい事にもならねぇだろ?……帰ろうぜ」
風波、りり、立花は口を開かない。
ただチラチラと少年の方を見ながらバックを取ってドアに向かって歩く。
「ごっめんねー?名前知らない人ー」
「わりぃな、名前分かんねーヤツ」
「す……せ……ん」
「すまん……高校生活初の友」
四人はそう言うと教室を出た。
一応扉は閉めたが当然鍵はかけていない、後は見回りの先生が何とかするだろうと話して四人はそれぞれ帰路についた。
それから約五時間が経過した。
既に学校に人の気配はなく、本来であれば人は居ないはずだ。
ただ一人、クラスメイトに置き去りにされた少年を除いては。
「……どこだ……ここ」
少年は寝ぼけた頭で状況を理解しようとする。
「……監禁…?……いや、これ普通に学校か……?」
そこまで言うと少年は思い出した。
自分が睡眠不足のために夕方に少し仮眠を取っていたのを。
「………………」
少年は真実を理解する。
その上で大きく息を吸い込み、叫んだ。
「……誰か起こせよぉぉぉぉぉぉ!!」
学校という建物は人が居なければ異様に静かだ。
少年の声は廊下に響き渡る。
「ふざっけんなよ……入学式に遅刻するわ学校に置いてけぼりにされるわ…………夢でずっとデート拒否されるわ……」
少年はボソボソと呟きながら教室を後にする。
そのままゆっくり階段を下りて玄関に向かった。
「まぁ校門閉まってるだろうが壁登れば何とかなるか……」
少年はそう言いつつ曲がり角を曲がる。
すると近くの部屋の明かりがついていることに気がついた。
「なんだあれ……電気の消し忘れか?金がもったいねぇだろ……」
少年はため息を吐くとその部屋に向かって歩き出す。
そしてドアの前に立ち、ドアノブに手を伸ばした。
しかし少年がドアノブに触れるより先にドアが開かれ、中から人が現れた。
「私の部屋に何か用かね、少年」
「えっ……?子供?」
少年はドアの向こうから人が現れたことに驚いたが、それよりも相手の容姿に驚いた。
140cm程の身長、可愛らしい童顔。
少し大きめの白衣を制服に変えれば小学生でも余裕で通用するだろうと少年は考える。
だからこそ、相手の口から発せられた言葉に衝撃を受けた。
「人を子供扱いするか、バラすぞ?少年」