まずは友達が欲しい
入学式が終了して数十分後、少年はまだ名前を知らないクラスメイト達と共に教室で待機していた。
結論から言うと少年は入学式にはギリギリ間に合い、整列中のクラスメイトに紛れて無事に登校を完了させていた。
「はぁ…………」
しかし少年の気分は良くはなかった。
彼は教室内を軽く見渡し、既に何人もが会話を始めていることを再認識する。
「……このままじゃ友達出来ねぇよな……」
少年は小さく呟く。
昔から人見知りの部分が強かった彼は、今日も初対面の人間とすぐに会話をする事が出来ずにいた。
このままではモテるどころか友達すら出来ないと考えた彼は大きなため息をつく。
「……今からでも一人で居る奴に話しかけてくるべきか…でも緊張するんだよなぁ…」
そう呟くと少年は教室内を軽く見渡し、一人で居る生徒を確認する。
「うーん……誰に話しかけるか……」
少年はそう呟きながら一人で居る生徒を観察していく。
その時彼は、自分のすぐ後ろの席の生徒が布団を被っているのを見つけた。
「……なんで布団なんかがあるんだ?」
教室で寝る生徒は珍しくないが、わざわざ教室に布団を持って来る生徒など居ないに等しいだろう。
興味がわいた少年は布団に手を伸ばすが、それに気がついたのか布団をかぶっていた生徒はゆっくりと顔を上げた。
「………………」
「…………お、おはよう…でいいのか?」
布団を被っていた生徒は眠そうな目のまま無言で少年を見つめる。
その視線に耐えかねた少年は挨拶をするが、相手からの返事はない。
「………………」
「………もしかして俺の独り言がうるさかった、とか?」
返答が帰ってこない相手に少年は質問を投げかけるが、またしても返答は帰ってこない。
「………………」
「……え、えーっと……」
少年はどうしていいか分からず、黙って相手の返答を待っていた。
そして数秒後、相手はようやく口を開いた。
「…………おはよう」
「!……お、おはよう」
相手がやっと返答したことに少年は安堵する。
しかし少年が口を開く前に、相手が先に口を開いた。
「…………うるさく、ない……」
「……え?」
相手の言葉の意味が分からず、少年は少し考え込んだ。
だが先程自分が『俺の独り言がうるさかったのか』という質問を相手に投げかけた事を思い出す。
どうやら相手の会話のテンポがとても遅いのだという事を理解した少年は相手の次の行動を待った。
「………………おやすみなさい」
しかし相手は少年にそう告げると机に突っ伏して寝てしまった。
少年は数秒固まった後、相手に返答する。
「…………お、おう……おやすみ」
布団をかぶった不思議な生徒と話してから数分後、少年はトイレに居た。
手洗い場の鏡の前でため息をついた少年はポケットからハンカチを取り出す。
「このハンカチの持ち主の着替えシーンを見る予定が……中学の時みたいに友達作りには失敗しそうだし、他に知り合いも居ないし……あーもう最悪じゃねぇかチクショウ!!」
周りに誰も居ない事を確認していた少年は大声を上げる。
「はぁ……チクショウ、友達いっぱい作ってみたかったっての……」
少年はボソボソと呟く。
だがその時少年はトイレの奥から誰かの視線を感じた。
「………………」
「………………」
恐る恐る視線の方向を見ると、そこには綺麗な容姿の男子生徒が立っていた。
狭いトイレ内での少年の先ほどの発言は間違いなく相手に聞かれていただろう。少年はそれを認識して固まってしまう。
「……友達をいっぱい作ってみたかったと言っていたが」
「…………おう」
唐突に相手が自分の言葉を反復し、少年の顔は羞恥に染まる。
だがそんな少年に構わず相手は更に発言を続けた。
「俺でよければ友達になれるが」
「…………え?マジか?」
てっきり自分を馬鹿にして来るのだと思っていた少年が驚いた反応を見せる。
しかし相手は少年が驚いていることに驚いているようだった。
「……要らぬ気遣いだったか?ならば謝罪を……」
「要らなくねぇよ!是非友達になってくれ!」
自分から友達になると申しでた相手を少年が断る理由はない。
相手が何故自分と友達になると言ったか分からないが少年にとって高校生になって初めての友達が出来た瞬間だった。
「ふむ、了承してもらえて良かった」
「あぁ!こちらこそありがとな!……あ、まずは自己紹介しないか?」
普段ならなかなか言い出せない提案を少年は持ちかける。
相手は当たり前のように了承し、自らの名前を名乗った。
「自己紹介は大切だな。……俺は立花だ」
「立花ってカッコイイ苗字だな……下の名前は?」
相手の苗字を羨ましく思いつつ少年は相手の下の名前を聞く。
その時、相手は少しだけ嫌そうな顔をした。
「立花が下の名前だ。……俺の本名は笹沢立花だ」
「あっ悪い……どちらにしろカッコイイ名前だよなー」
立花と名乗った相手の言葉に若干の怒気が含まれていたが、鈍感な少年は気が付かなかった。
「……名を聞いただけで苗字と判断するなど…37点の知能レベルだな」
「……ん?なんか言ったか?」
立花の呟きは少年の耳には届かなかった。
小さくため息をついた立花は少年に質問をした。
「まぁいい……それで?君の名前は?」
「ん?あぁ、俺の名前は湖……」
立花の質問に応じるべく、少年は自らの名前を口にしようとする。
しかし校内にチャイムが鳴り響き、少年の声はその音にかき消される。
「……今のチャイムは……」
「…………多分、最初のHRの始まりを伝えるチャイムじゃね?」
少年の心の中に大きな焦りが生まれる。
それは立花も同じらしく、2人は引きつった笑みを浮かべる。
「……つまり、今の状況を簡潔にいえば」
「…………遅刻確定だっ!」
入学式当日のHRに遅刻した二人は全速力で教室に向かった。
まだ担任の教師が教室に入っていない事を祈って。
「入学式早々遅刻たぁ……いい度胸だ、俺ちゃん感動して泣けそうだぜ」
しかし二人の切なる願いも虚しく、担任の教師はなんと教卓に座り足を組み、更に雑誌を読みながら二人を待ち構えていた。
「……すみません」
「……すんません」
現在二人はクラスメイトの前で担任の教師からお説教を受けていた。
しかし三分程でそのお説教は終了し、担任の教師は雑誌から目を離し少年と立花を見た。
「まぁ留年しない程度にしとけよ?……あん?あー、お前朝に会ったやつか!」
「……え?……あー!送ってくれた優しい先生!」
担任の教師の言葉を聞き、少年は相手の顔を見る。
明るめの茶髪に派手な指輪とネックレス、間違いなく今朝に少年を学校まで送った男性だった。
「今朝も遅刻しそうになって今も遅刻か、しっかりしねぇと評価落とすぞー?」
教師が言うと冗談に聞こえない冗談を聞きつつ、少年は教師と少し話してから席に座った。
「さーてと、まぁ多分全員揃ったな?色々話さなきゃならねぇけど、まずは俺ちゃんの自己紹介からだな」
そういうと担任の教師はネクタイを締め直し、自信満々に声を張って自らの名前を口にする。
「俺ちゃんの名前は木宮景だ!好きな食べ物は納豆に餃子、そして好きな人はこの学校の保険室の先生!……ま、友達みたいなノリでよろしく頼むな?」
教室内が静まり返った。
担任が今のような自己紹介をすれば当然だろうが、本人は気がついていない。
「なんだなんだー?こんなイケメンの俺ちゃんの自己紹介で言葉もないか、そうかそうか!」
しかし生徒達にとっては新鮮に映ったのだろう、こんな教師は前例が無いからだ。
すると少しずつ拍手が生まれ、木宮は両手を腰に当てて満足そうにしている。
そのまま生徒達の自己紹介に移行し、少年は主に女子生徒の自己紹介を重点的に聞いた。
「……俺の名前は笹沢立花だ、好きな物は和を主体としたもの、嫌いなものは洋を主体としたものだ」
数分後、立花が自己紹介をすると女子生徒が興味ありげといった様子で立花を見ていた。
その事に若干腹を立てた少年は、その後ろに座る女子生徒の自己紹介に注目した。
「えっとー?私は姉小路りりって言うんだよ〜?中学の時はぁ、苗字を短くして猫りりって呼ばれてたよ〜!好きな食べ物はリンゴでぇ……」
少年はりりと名乗った女子生徒に見つめる。
女性らしい豊満な体と可憐な容姿、独特の喋り方だがそれを完全に使いこなしている。
少年が求めていた女子生徒の一人に当てはまる生徒だった。
そのまま自己紹介は進んでいき、次は小柄な男子生徒の順番になった。
「えーっと……津野波風だ、好きなモンは魚、適当によろしくな」
少年は基本的に男に興味を持たない。
あくびをしながら波風の自己紹介を聞き、その後に座っている女子生徒に注目した。
「えっと……の……な……です……」
しかしその女子生徒は異常と呼べる程に声が小さかった。
彼女に注目していた少年が聞き漏らすほどに。
その時、波風が仕方ないと言った様子で口を開いた。
「あー……コイツは津野風波、俺の双子の姉貴だ。見ての通り声が小さい臆病者だから気が短いヤツは話しかけない方がいいぞ」
波風が言った風波の自己紹介を聞き、少年は彼女を再び見つめる。
女性にしては少しばかり大きな体 肩幅に、先程のりりに勝るほどの自己主張が激しい胸部。
彼女も少年が求めていた女子生徒の一人に当てはまる生徒だった。
そのまま自己紹介は進み、残りは少年と布団で寝ている生徒だけになった。
木宮が五分間声をかけ続けるとようやく起きたその生徒は眠そうに声を出す。
「…………白尾日瑠音…………好きなの……駄菓子…………」
少年は日瑠音と名乗った生徒の顔を見る。
先程はよく見えなかったが非常に童顔の女子生徒で、妹タイプの女子生徒だった。
彼女もまた、少年が求めていた女子生徒の一人に当てはまる生徒だった。
「さて……最後は俺だな」
少年はゆっくりと立ち上がる。
出来る限り女子生徒の注目を集めるため、先程の木宮と同じようにネクタイを締め直す。
そうしてゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐く。
気を落ち着かせた少年は口を開いた。
「俺の名前は湖内……」
それは悲劇と呼ぶに相応しいだろう。
少年が苗字を名乗った瞬間、教室内にチャイムが鳴り響いた。
その結果、少年の自己紹介は前半の一部しか聞かれることは無かった。