可愛い女の子に会いたい
「チッ……クショォォ!寝坊したぁぁ!!」
まだ人が少ない道路を一人の少年が全力疾走する。
大声を上げながら走る少年は周囲の人間の目を集めていたが、本人に気にする余裕などない。
「クソッ!もう入学式に遅刻してもいい!せめて…せめてパンを食べながら走る美少女にぶつかりたい!」
走りながら自らの願望を大声で叫ぶ少年が周囲の人間の目を集めないわけがないが、本人に気にする余裕などない。
「まさかマジで寝坊フラグ回収することになるとは……!」
走りながら独り言を言う少年は周囲の人間から奇異の目で見られているが、本人に気にする余裕などない。
「あっ……ヤベェ、ちょっと待てよ」
だが少年は不意に立ち止まる、焦るあまりに目的地の場所に向かう道が分からなくなってしまったからだ。
「マジか……詰んだな」
道が分からないなら携帯を使って調べればいい話だが、焦っている少年は冷静な判断が出来ない。
だがその時、学生服を着た小さめの少女が少年の後ろから通り過ぎた。
「あ、あの!ちょっと道を聞きたいんですけど…」
「………………」
少年の声に少女は立ち止まったが、こちらに振り向こうとしない。
少年はもう一度声をかけた。
「あのー…道を聞きたいんすけど……」
「……………………」
しかし少女は答えない。
焦る少年はもう一度声をかけようとしたが、よく見ると少女の口が小さく動いていることに気がついた。
「えーっと……」
「はい」
少年がもう一度声を出した瞬間、少女は振り向いた。
よく見ると少女の手にはサランラップが握られており、口には小さな米が一粒ついていた。
「……もしかして、おにぎり食べてました?」
「食べてました、なのに貴方が話しかけるから急いで飲み込もうとしてました」
どうやら少女は少年を無視していたわけではなかったらしい、少年は安心してもう一度質問をする。
「あの、模手高校は……」
「次の角を左、その次の角を右に進んでから直進すれば模手高校です」
少年が言い終わる前に少女は答える。
だが言い終わると少女は背を向けて歩き出した。
「あ、あの!もし模手高校の人なら一緒に……」
「模手高校の人ですけど、一年生は早く行かないと入学式に間に合わないですよ」
少年は少女の言葉を聞いて青ざめる、悠長に話していたが時間が無いことを思い出したからだ。
「教えてくれてありがとうございましたぁ!」
少年は少女を追い抜いて大急ぎで走り、目の前の角を左に曲がる。
それを見た少女は新しいおにぎりを取り出しながら呟いた。
「ま、全部嘘ですけど」
少女はおにぎりを食べながら目の前の角を右に曲がる、するとそこには不可解な事に泥だらけの制服を着た少女が立っていた。
「杠、今日は何回転んだの?」
「え、えーっと…五回…かな……」
朝から既に五回も転んだという少女は恥ずかしげに笑うが、思い出したように話を変えた。
「そ、そうだ紀笑ちゃん!今、学校と反対方向に走って行った子が居たんだけど……一年生かな?」
「さぁ?誰かに嘘の道案内をされた一年生じゃないかな」
紀笑と呼ばれた少女の脳裏についさっき話した男子生徒の顔が思い浮かぶが、全く気にする様子もなく答えた。
「き、紀笑ちゃん…また嘘をついたの?」
「知らない、まぁ気にしない気にしない」
紀笑と呼ばれた少女は新しいおにぎりを取り出すと、自身が杠と呼んだ少女に手渡す。
そうして心配そうな杠と満足そうにおにぎりを食べる紀笑は少年と反対方向に進み学校に向かった。
一方、少年はというと……
「チッ……クショォォ!!騙された!絶対あのおにぎりに騙された!学校無いじゃんかよ!!」
言われた通りに進むが学校が見えないことに気がつき、一人で悲痛な大声を上げていた。
「クソッ…道が分からないってのは厄介だよなぁ……俺の入学式ハーレム計画が…」
少年は下を向いてブツブツと呟く。
しかしその時、一台の車が少年の後ろから迫ってきた。
車のドライバーは少年に気がつきクラクションを鳴らすが、少年は気が付かない。
「んぁ?…………うおぉぉ!?」
だが少年はギリギリのところで車に気が付き脇道に飛び退く。
急停車した車のドライバーが大急ぎで少年に近づいてきた。
「おいこら!怪我ないか!生きてんよな!?」
「痛てて……だ、大丈夫です、避けた時に地面で打っただけなんで」
少年はドライバーに答える。
そのドライバーは長身の美形の男性で、少年はどこかで見た覚えがあるような気がした。
「んだよ男かよ……まぁ無事なら良かったわ、死にたくないなら道路でボーッとすんなよ?」
「……は、はい、すみません…」
少年はドライバーに答えながらゆっくりと起き上がる。
その時、少年の制服を見たドライバーがあることに気がついた。
「あん?んだよ模手高の生徒か、急がねーと遅刻するぞ?」
「ええっと……それは分かってるんすけど道が…」
急げと言われても少年は道が分からない。
下を向きながら少年がそう答えると、ドライバーはニコッと笑った。
「ほー…なら俺ちゃんの車で学校に送ってやろうか」
「……え?マジですか!?」
ドライバーの思わぬ提案に少年は目を輝かせる、ドライバーは大きく頷いた。
「つーか俺ちゃん模手高の教師だから目的地同じだしな」
「……教師ぃ!?」
自分が教師と言うドライバーに少年は驚きを隠せなかった。
スーツこそ着ているが、明るめの茶髪に派手な指輪にネックレス、どう見ても教師には見えなかったからだ。
それから数分後、少年はドライバーの車に乗り模手高校に向かった。
少年は話題作りのために道中で自分が騙されたことを話した。
「あー……そりゃ二年の佐島紀笑だな、嘘つくのが生き甲斐みたいな女子だぜ、可愛いから許すけど」
「佐島…佐島先輩か……平然と嘘をつくなんて怖いっすね、可愛いから許すけど」
そのまま話を続けること五分、少年を乗せた車は模手高校に到着した。
まだ入学式は始まっていなかったが、既に多くの生徒が集まっていた。
「よーし到着ぅ、俺ちゃんのナイスな運転技術だな、うん」
「あはは…ありがとうございました、マジで助かりました」
少年はドライバーに深く頭を下げると校舎に向かって歩き出す。
予定が大きく狂ったが、これから始まる学園生活を前に少年の胸は期待でいっぱいだった。
「さて……まずは」
少年は地面を見渡し、何かが落ちていないか探し出す。
「学園系のラノベでは主人公がヒロインのハンカチとかを拾って、それを送り届ける時にヒロインの着替えを見てしまうことが多い……」
少年はボソボソと呟くと、必死に辺りを見渡した。
「どこだ……ハンカチ……!」
血走った目で周囲の地面を見渡す少年は当然のごとく周囲の目を集めたが、本人に気にする余裕などない。
「……ねぇ」
少年はハンカチ探しに夢中になっていた。
だから後ろから話しかけてきた女子生徒の存在に気が付かず、ハンカチを探し続ける。
「……ねぇってば」
少年は無言でハンカチを探し続け、女子生徒に全く気がついていない。
女子生徒はさらに声をかける。
「……そこの……えっと、凄く細い人」
凄く細い人というのは当然、少年を呼ぼうとしたが名前が分からないために使った呼び名だろう。
だが少年は気が付かない、そして少年は先程より多くの視線を集めていた。
「………聴覚機能が麻痺してるの?」
少年が周囲の目を集めた理由は二つあった。
一つは血走った目で辺りを見渡していたこと、もう一つは背後から少年に話しかけている女子生徒の容姿がとても優れていたことだ。
「……ハンカチ、落としてるんだけど」
女子生徒は再び声をかけるが、やはり少年は気が付かない。
諦めた女子生徒は少年の頭の上に拾ったハンカチを乗せると、何事も無かったように歩き出した。
「ハンカチ、ハンカチ……ん?なんだコレ」
女子生徒が過ぎ去った後、少年は自分の頭頂部に違和感を感じた。
手を伸ばしてみると自分の頭にハンカチが乗っており、少年は状況を理解しようとする。
「……そうか、これはきっと校内から飛んできたハンカチだ!つまりこれを持ち主に届ければ…持ち主の着替えシーンを拝める、ありがとう神様!」
少年は世間一般的な例えでいうとバカだった。
興奮した眼差しの先にあるハンカチが自分のものだということや、周囲の人間が変質者を見る目で自分を見ていることに気がついていなかった。
「だったら話は早い……!早く着替えシーンを見に行かねば!」
少年は急いで靴箱に走り、一刻も早く校舎内からハンカチの持ち主を探そうとした。
そのハンカチが自分のものであると知らずに。
「ええっと……俺の靴箱は…」
少年は焦る気持ちを抑えて靴箱を探す。
しかし正面を向いて歩かなかったため、近くにあった黒い巨大な何かにぶつかった。
「痛っ……なんだ?」
少年は体に走った軽い痛みに驚きつつ、自らがぶつかったであろう物体に目を向ける。
「……これ……人形?」
180cm程の高さがあり、黒い布を被せられた人型の何かがそこにあった。
しかし布から出てる手を見て、少年は人形にぶつかったのだと判断する。
「なんだ人形か…それにしてもよく出来ているな」
人形の手は異常な程に白かったが、妙に本物の腕と思わせる現実味があった。
興味を持った少年は人形の腕を掴んで布をまくり、その腕を観察してみた。
「マジで本物みたいだ……すげぇな」
少年は人形の腕を観察し終わると布を元に戻した。
それから人形の顔を見ようと思い、少年は人形の頭にかかっている布に手を伸ばした。
その直後、少年は戦慄した。
人形の頭にかかっている布に伸ばした自分の手が、先程観察した人形の腕に掴まれたからだ。
「は…?……は?」
人形が動いて自分の腕を掴んだ。
この事実を少年は受け止めれず、文字通り呆然とする。
「……黒装束は……取らないで…下さい……」
「……で…出たああああ!!!」
地獄の底から響いたような暗い声が人形の口と思われる部分から漏れ出す。
少年は恐怖で発狂しながら人形の元から走り去った。
「…………行って……しまった」
残された人形はボソリと呟く。
その時、人形の背後から体格のいい男子生徒が現れた。
「よう蛇助、何してんだ?」
「……どうやら……人形に…間違われたらしい…」
蛇助と呼ばれた人形ーーもとい男子生徒はゆっくりと答える。
それを聞いた体格のいい男子生徒は笑いながら答えた。
「気にすんなって、それより早く教室行こうぜ!今日から三年……学校のトップだ!」
「……気にする……そして…学校のトップは…校長だぞ………冴月」
冴月と呼ばれた男子生徒と蛇助は和やかに歩き出す。
しかし恐怖で発狂した少年は和やかとは程遠い状況だった。
「やべぇよアレ人形じゃなくて死神だよ……モテ期来るまで死にたくねぇよ……」
少年はトイレの個室で膝を抱えて震えていた。
その表情は数分前と比べると別人と見間違える程に恐怖に染まっていた。
しかし数分後、震える少年の耳にチャイムの音が聞こえてくる。
少年は慌ててトイレから飛び出すと、念入りに手を洗って教室に向かって走った。
「はぁ…はぁ……初日から遅刻かよ…」
更に数分後、少年は教室の前に到着した。
ここに来るまでに他学年の教室と自分の教室を間違え続けた少年は、疲れきった様子で教室の扉に手をかける。
「い……色々あったが……」
少年は一度発言を区切り、扉にかけた手に力を入れる。
「今日から……俺の華々しいモテまくりの高校生活が始まるぜ!」
そういって意気揚々と教室の扉を開ける。
「…………なんで?」
しかし教室に人は居なく、その代わりに黒板に大きな文字でこう書かれていた。
『遅刻した生徒へ
体育館で入学式をしています、登校しだい体育館に集まってください』