俺が本気で文化祭の劇の脚本を書いたら
俺は大きく茹った頭でペンを動かしながら、今すぐにでも、ぶっ倒れそうになっていた。そして、俺の中の一部が、元の姿から豹変して原形を留めずに、大きく膨れ上がっていた。
自室に篭って、長い事、脚本を書き続けていた。次々とシーンが脳裏に閃きながら、俺はそれを勢い良く文字に起こしていくのだった。まさにそれは開けた場所に書道紙を広げ、大きな文字を描いていく、途方もない爽快感があった。
もうすぐ作品が、完成するのだ。俺の思い描いていた物語がここに完結する……そう思うと、どうしても作業に熱中してしまうのを抑えられなかった。
そうして心が次第にその作業に傾いていき、時間の感覚がなくなった時、ふと背後の方で部屋のドアが開く音がした。俺は少し肩を跳ねてペンを止めながら、そっと振り返った。
そこに立っていたのは、俺の双子の妹――、佐奈だった。彼女はゆっくりと近づいてくると、どこか期待の眼差しで俺の手元を見つめて「脚本は書けた?」と一言、つぶやいた。俺は自信たっぷりにうなずき、その言葉を零した。
「もう少しで、傑作が完成するぞ。……佐奈」
「すごい自信ね。ところで、私にぴったりの役、あるかな?」
彼女は俺の書いた原稿を覗き込もうとするが、俺は慌ててそれを腕で隠しながら、裏返しにした。彼女は少し頬を膨らませていたが、すぐに「どんなシーンが私に向いているのかな?」と聞いてきたのだ。
「そうだな。ヒロインが街角で酔っ払いに絡まれるシーンがあるんだが、お前にぴったりかもしれないな」
「確かにね。私、かなり小柄で細身だし、ひ弱なイメージが合っているかもしれないね」
「違う、違う……よく人に絡んでうるさいところ、佐奈にぴったりじゃんか。酔っ払い役なんて、すごく適してると思うよ」
そう言った瞬間に、思いっきり頭をぶん殴られて、火花が散った。
「……痛ってえ。……さっさと、どこかに行けよ! 俺は今、やっと筆が乗ってきたところなんだ」
「いいから早く、読ませてよ。……どんな感じなの、一体?」
「見てからの、お楽しみだ。一つだけ言っておくが、この作品は世紀の傑作となるだろう。……絶対に」
不敵に笑ってそう言うと、彼女はふっと穏やかな笑みを向けてきたのだ。
「今年こそは文化祭、成功させようね!」
「ああ、当たり前だ。思いっきり派手な演出で、成功させよう!」
俺はそう叫び、大きな鼻息を吐く。それを見た彼女が、ふと目を丸くした。
「……すごい。いつもエロいことばっかり考えてる幹也が、やる気になってる……」
「俺はいつもやる気だぞ!」
そう言い切ると、俺はすぐにまた、脚本に取り掛かった。彼女は大きく一つうなずくと、歩き出して、言った。
「確かに幹也は救いようのない助平だけど、文才だけはあるし、脚本は本当にすごいからなあ」
彼女はそうつぶやくと、ドアノブに手を掛けて、最後にこちらに振り返って言った。
「じゃあ、私部屋に戻るね。……頑張ってね」
「おう、とにかく頑張るよ。脚本の執筆だけに今日は本気で精を出すからさ」
俺はそう言ってペンを走らせたが、彼女はしばらくそこに佇んでいたようだった。何をしているんだろう、と思って俺はペンを止めかけたが――。
「隙ありっ!」
「あっ!」
いつの間にか接近していた佐奈が、俺の脚本を取り上げて、それを読み始めていた。
「返せよ、佐奈!」
「どれどれ……『私は今、あなたにすべてを見せようと思います』」
彼女はうなずきながら、よく通る声で読み上げ始めた。俺は額に手を当てて、肩を落とす。
「『ああ、それを待っていたんだ』『私の全てを……この想いを、受け止めて下さい』『シエラ……』『クリス!』」
そうして彼女はその部分に行き当たり、ふと体の動きを止めた。
「そして、二人は衣服を脱ぎ捨て……赤子のままの姿で接近し、淫らに絡み合い……」
彼女のこめかみがぴくぴくと動いて、ゆっくりとこちらへと振り向いた。彼女の背中に赤い炎がゆっくりと立ち上り、その熱さが俺の肌を少しだけ焦がし始めた。
「ナニ……コレ? 成功させようなんて嘘でしょ、コレ! 何、書いてるのよ!」
「……なんでだよ。俺、さっき言っただろ。……今年の文化祭は、思いっきり『性交』させようって」
彼女はゆっくりと拳を持ち上げて、それを微かに震わせると、俺へと言った。
「馬鹿野郎! クソ変態ッ!」
ボコッと何かが砕ける音がして、俺は意識を失った。最後に、「書き直しだ!」と佐奈が叫び、俺はああ、と心中で悲嘆の言葉をつぶやいた。
俺が本気で文化祭の脚本を書いたら……こういうことになるのだった。
了