でもやっぱり……
私は大いに驚いていた。
何故かって? それは……。
私の靴箱に手紙が入っていたのだ!
靴箱に手紙ってよくドラマとかで見るけど本当に存在したんだな。たまたま早起きして学校に来といて良かった。いつもの時間に来ていたら友達に見つかって大騒ぎになるところだった。
というか、これラブレターだよね?
こんな青春的ラブコメイベントに出会ったのなんて高校生二年目にして初めてだ。いや、人生でだった。
急いで手紙を手提げに放り込み場所を移動する。早く確認したいところだけど、教室だと後から来た人にバレる可能性がある。その場合、手紙が回し読みされるという小学生のようなことが起こる……かも? そんなことは私の性格上許せない。
お断りするとはいえ、最低限の礼儀は守らないと。
私はこの時間帯なら誰も来ないであろう屋上に通じる階段で開封することにした。
私は柄にもなく少しドキドキしながら手紙を開封して目を通す。
『九重 雅様
私が今回貴方に手紙を出したのは貴方に決闘を申し込むためです。
今日の放課後四時に橋の下まで来てください』
ぐしゃりと私の手の中で手紙が嫌な音をたてた。
時は流れてだいぶ賑やかになった教室。
「おはようみやびぃ……って今日は随分とご機嫌ナナメじゃんどうしたの?」
「あ、本当だ。どうしたの、みやびぃ」
「うるさい! みやびぃって呼ぶなあっち行け」
「うわーみやびぃ怖っ!」
「触らぬみやびぃに祟りなし。かいさん!」
私の話など馬の耳に念仏状態の友達はニヤニヤしながら散っていった。
そう、私は一目で分かるくらい不機嫌になっている。
まあ、あんな手紙をもらって不機嫌になるなというのが無理な話だ。もしかしてラブレターかも、とドキドキしてたら果たし状ってどういうことよ。
そのせいで、私の乙女心はズタボロの中古品状態だ。これは明らかに器物損壊という犯罪だ。誰だか知らないが、差出人を探しだして酷い目にあわせないと気がすまない。
そこで私はこの計画の参謀(無許可)の到着を待っている。
「おはよぉ、みやび」
そうやって私を呼ぶ彼女が参謀にして私の小学校からの友達、真鍋環だ。彼女の少し天然気味な挙動は私の心を癒してくれる。
今日も頭のアホ毛が眩しい。
「おはよう。早速なんだけど昼休みに話聞いてくれる?」
「へ、へぇ何の相談かな? や、役にたてるか心配だなー」
何か様子がおかしいが、それどころではないのでスルー。
授業開始の鐘がなったが今日は集中出来そうにない。
この溢れる怒りでなっ!
案の定、集中出来なかった。
それどころか、いつもはやり過ぎと言われるくらい気張っているクラス委員の仕事も今日はあまりしていない。
一時限目の盛大な遅刻者も
二時限目に消しゴムを投げつけてきたやつも
三時限目に紙屑投げつけてきたやつも
四時限目に私の椅子を外に出したやつも
今日はスルーした。
いつもなら私の常備しているピコピコハンマーで殴っているが今日はその気にならない。
……明日殴り飛ばしてやる。
やっと来た昼休み。私の異様な雰囲気に普段話す友達も都合よく今日はやってこない。
私は環を連れて屋上に向かった。
屋上は都合よく誰もいない。私は適当な所に座り弁当を開いた。環も隣に座るが落ち着かない様子で私に話しかけてきた。
「きょっ今日はどうしたの? 何かおっ驚くようなことでもあったの?」
「まあね。これ見て。朝私の下駄箱に入ってた手紙」
握力で歪んでしまった手紙を渡す。
「ええっ!よ、読んでいいの?」
「読まないと話が進まないから早く読んで」
環は唾を飲み込み手紙を読み始める。
すると、環の手がわなわなと震え始めた。
「な、なにこれ! まるで果たし状じゃない! 私が指示……じゃなくて思ってたのと違う!」
友達である私に決闘を申し込む不届きものに環は怒ってくれているようだ。私はいい友達を持ったなぁ、うんうん。
「私はこれを送ってきた人間に報復したいの。だから協力して」
「そ、それはちょっと待って!」
いつも私に快く知恵を貸してくれるから今回もすぐに協力してくれると思ったのに何故か渋る環。
さっきまで怒ってたのに今は目に見えて焦っている。一体どうしたというのだろう。
「どうして協力してくれないの?」
「あ、いやそれはー……あっ、すぐに手を出すのは良くないからだよ! みやびいつも殴ったりしようとするでしょ? あれは良くないよ!」
「手は出してない。ピコピコハンマーだけだよ」
「それだって私が小学校の時に注意したからでしょ? これからは平和、ピースの時代だよ!」
うーん。でもなぁ私の乙女心がズタボロにされて黙っているわけには……。
「それにどうせ霧……じゃなくて差出人の人と会わないといけないんだから話し合いで解決しようよ、ね!」
まあ、確かに。決闘を申し込まれているんだからわざわざ別のところで喧嘩する必要もないか。
「うん。とりあえず会ってから考えるよ」
場合によっては決闘の後に報復させてもらお。
休み時間終了間際に帰ると飲みかけのいちご牛乳が私の机の上に不法投棄されていた。私を困らせようと置いてある様だけど特に困ることでもない。有り難く飲んだ後、犯人の頭を景気付けにピコピコハンマーで殴っておいた。
そして放課後。
私は決闘に備え、トイレで装備を整えていた。
「みやび何してるの?」
「防御力を上げるために雑誌を腹に巻いてるところ」
字の感じから見て手紙を送ってきたのは男。もし殴られたら大変だ。
どれだけ効果があるか分からないがないよりはマシ。
「いや、それ絶対必要ないから置いていこうよ!」
「説得出来なかった時のためだって!」
だが結局、雑誌を奪い取られてしまった。全くいつもなら止めないのに私の友達はいつからそんな風になってしまったんだ。
仕方ないから後で予備の雑誌を巻いておこう。
私は環と別れ、決闘の場所へ向かった。
背負ったリュックには環に取られそうになったのを死守したピコピコハンマーが入っている。残念なのは予備の雑誌まで環に没収されたことだ。
橋付近は結構草が伸びていて結構来るのが大変だった。この分も殴ろ。
橋の下の様子を窺う。
そしてそこには橋の柱に寄りかかって座っている男の姿がある。この辺りに人は来ないし着ているあの服は紛れもないウチの高校の制服。間違いないあの男が私を呼び出したのだ。
私は深呼吸をしてゆっくりと近づく。
男も足音に気づいて顔を上げた。そしてその顔には異常なまでに見覚えがあった。だって、その顔は……。
「霧谷だったのか……」
霧谷浩。
本人は地毛だと言い張る色素の薄い茶髪につり目。おまけにシルバーアクセサリーをじゃらじゃらさせているのは、私が毎日のように殴っている我がクラスの問題児だ。
彼とは一年の時から同じクラスで、入学式の日に花瓶を割って逃走しようとしているのを殴り飛ばして以来、目をつけられたのかずっと私の周りで迷惑行為をする困ったやつだ。
ちなみに今日一時限目から嫌がらせ行為をしてきたのもこいつだし、いちご牛乳を放置したのもこいつ。
まあ、確かにあれだけ殴り飛ばしてるんだから決闘を申し込まれてもおかしくない。むしろすごく納得できた。
霧谷は立ち上がり私を睨み付けて話し始める。
「俺はお前に話があるんだ」
「うん。拳で語り合おうじゃないか」
私は初めからそのつもりで来ている。
さあ、何処からでもかかってくるがいい!
「いや、あれは嘘だ」
「え? 何、うそ?」
うそってあの、人を騙すためにつく嘘のこと?
つまり私を騙したということか。
「じ、実はお前に話したいことがあっただけで……」
「私を騙すとはいい度胸じゃないか。霧谷の分際でそんなことするなんて……殴ってやる」
私を騙してこんなところに呼び出した罪は重い。
それと私は乙女心をズタズタのボロボロにされたことも忘れていないぞ霧谷。その分も殴ってやる。
私はピコピコハンマーをリュックから取りだし霧谷ににじり寄る。
「お、おい話を聞けって!」
ただならぬ殺気を感じたのか霧谷が後退りし始めた。
「言い訳は殴ってから聞いてやるから大人しく殴られろ」
私の怒りを思いしってから言い訳という名の土下座謝罪タイムをくれてやろう。
「誰が大人しく殴られるか! バーカ!」
「あっ待て!」
霧谷は全力でダッシュ。私も逃がすもんかと全力ダッシュだ。
「わっ!」
「ちょっ――」
だが伸びていた草に足をとられて霧谷が急停止。私はもちろん止まることが出来ずに霧谷にタックルをかまし、そのまま霧谷を下敷きにして倒れこんだ。
「ちょっと急に止まるなよもぅ……」
「うっせ。お前が殴ろうとしなきゃこんなことになってねぇんだよ」
誰のせいでこんなところにいると思ってるんだ。私は怒りを込めて下にある背中に拳を叩きこんだ。
「いったっ! お前何すんだよ!」
私の方を振り返った霧谷と目があった。かなり近い位置で。まぁ、怒りでちょっと忘れてたけどまだ倒れこんだままの状態だから当たり前だ。
お互いあまりの近さにしばらく見つめあったまま無言が続いた。そして思い出す結構な密着度。
何だか恥ずかしくなり二人同時に目を反らした。
私は無言で立ち上がり服に着いた草を払う。霧谷は地面に座り直しうつむいたまま動かない。
何で霧谷相手にこんな気まずい雰囲気にならないといけないんだ……。霧谷相手に少し速くなった鼓動が恨めしい。
「あのさ九重。騙したのは謝るから俺の話きいてくんね?」
うつむいたまま話す霧谷に、私と密着したことがそんなに嫌かと、少しイラっとした。がそれと同時に何だか少し申し訳ない気持ちになった。
話ぐらい聞いてやるか。
「……何よ」
「……あのさ俺……ずっと」
いつもうるさいくらい悪態を吐く霧谷の口は、その先の言葉を言おうとしない。
訪れる静寂。聞こえるのは流れる川と風の音だけ。
そして、鈍い私でも霧谷の言いたいことに気づいてしまった。
何だ、そういうことか。
私はすこぶる短気だ。だから何を言おうとしてるのか分かった今、私は霧谷が自分で話し始めるのを待ってはいられない。
霧谷に歩みよってかがみこむ。私の気配に気づきゆっくりと霧谷は顔を上げる。霧谷の目を見て私は優しく笑いかけ、言葉を紡いだ。
「で、次は何しでかしたの?」
「…………は?」
アホ面しているところを見ると私の考えは当たっていたようで、霧谷は何かバレたら不味いことをしたらしい。
「今、言ったら許してあげ――」
「違う! 何もしてねぇって」
急に大声を出す霧谷に私もつい大声になる。
「じゃあ一体何? さっさと言え!」
「そっそれは……ああもういい!」
そう言うとサッと立ち上がり早足に帰ろうとする。
「ちょっと!」
まだ何も聞いてないのに帰られてはたまらない。私は走って霧谷の前に回り込んで制止した。
「あんた他人のこと呼び出しといて……あれ、霧谷ほっぺたから血が出てる……」
右の頬からうっすら血が出ている。さっき転んだ時に切れてしまったようだ。私はブレザーのポケットから取り出した絆創膏を少し背伸びをして傷口にペタッと貼り付けた。
「ほっぺたから血を流して歩いてたら、いかにも不良だからね霧谷は。家に帰るまで貼っときなよ」
霧谷は先程と同じ不機嫌そうな顔のまま、ぼそぼそとお礼を言った。
絆創膏を貼ってあげてもお礼を言うどころか罵倒された昔のことを考えると大きな進歩だ。霧谷も一年の間にだいぶいいやつになったと再確認した。私には相変わらず……というか前にも増して嫌がらせをしてくる霧谷。
そういえば『霧谷が私のこと嫌いでも私は嫌いにならない』って昔勢いで言ったことがあったなぁ。今思い出すと、どこかのアイドルを彷彿とさせる言葉だけど、その時の私は必死だった。霧谷は私の事……嫌い、だよね。何かすると小姑の様に付きまとうやつの事を好きになるはずがない。
悲しいがそれが事実だ。
学校の先生とかこういう気持ちなのかな、嫌われてもいいから相手を導いてあげようっていう気持ち。
私には到底抱くことの出来ない気持ちだろうなぁ。
霧谷の顔を見ながらぼんやりそう思う。
あれ、どうしてそう思うんだろうな。よく分からない。どうしてそれが『嫌だ』って思うんだろう。
私がこれまたぼんやり考えていると、霧谷は唐突に顔をこちらに向けて尋ねた。
「お前さ、怪我してるやついたら誰にでもそうすんの?」
私はこんがらがった気持ちを隠すように、いつも通りの調子で言葉を返した。
「ん? ああ、絆創膏のことね。そりゃ怪我してる人がいたらあげるでしょうよ」
「そう、か」
何でそんな当たり前の事を聞くんだろう。どうしてそんな悲しそうな顔をするんだろう。怪我をしてる人がいたら絆創膏くらいあげるのが普通だと思う。
あれ、でも今のところ私は霧谷以外の人に絆創膏をあげた記憶がない。
そして理由は。
「霧谷が怪我してばっかりだから」
気づいたら口から言葉が出ていた。霧谷のいつもと違う雰囲気といつもは考えない事を考えたせいで、調子が狂った。
いきなりこんなこと言うとか完璧にヤバいやつだ。案の定、霧谷から突っ込みが入る。
「何だよ急に」
「そのさ、霧谷に聞かれて絆創膏あげるって言ったけど、実際にはあげたことないなって。それで思い出してみたらさ、霧谷と会う前は絆創膏を持っとく癖なんかなかったんだよね」
「…………」
目を見開いた霧谷の顔が見えるが言葉は止まらない。
「霧谷が怪我してばっかりだから、心配だから、絆創膏を持っとく癖がついた。だからさ、これは霧谷の為の絆創膏」
一気に思った事を口に出した。いつもなら言わないことも口走った。どうしてだらけの今日の中でも一番のどうしてだ。
顔が妙に熱くなる。
霧谷は私を見つめたまま固まり、急に体を反転させうずくまった。
「もう俺、バカだからさ何て言ったらいいのか分かんねぇよ。考えといたのは全然上手くいかねぇのにこんなこと言われてさ」
なにやら霧谷はぶつぶつと呟いている。
「えーと、霧谷? どうしたのお腹でも痛い?」
ちょっと心配になり声をかけて様子を見てみる。呟く声は聞こえなくなった。
すると今度はいきなり立ち上がり振り向かずに言った。
「お前、俺がお前のこと嫌いでも俺のことを嫌いにならないって言ったよな」
「うん言った」
私がさっき思い出したことを霧谷が尋ねてきたことを心のなかで少し笑ってから答えた。
私の答えを聞いた霧谷は更に尋ねる。
「じゃあさ、俺が……お前のこと好きだったらどうなの?」
「…………え?」
「だから、俺がお前を好きだったら、お前も俺を好きになってくれるか?」
突然の予想だにしない質問に思考が止まった。
だって、嫌われてると思ってた。果たし状を送ってきてもおかしいと思わないぐらいに。
だから考えたこともなかった。わたしが霧谷を好きになる。
霧谷は不良だし嫌がらせもすごいされたしされてるし、罵倒もされた。ぶっちゃけ嫌いになる要素しかない。
だけどいつからだろう。他の人より霧谷がかっこ良く見えるようになった。嫌がらせをされる度にする霧谷とのやり取りが楽しくなった。さっきみたいに霧谷がお礼を言ったりすると、優しく温かい気持ちになれた。
私の中で一つの答えを見つけた。そして私に背を向けたままの霧谷に、ちょっとした意地悪な心が生まれた。
「もしかして霧谷は私のこと好きなの?」
ビクッと震える霧谷の背中。
長い長い沈黙の後、こくりと頷いた。
「そうなんだ。でもごめん。 私、霧谷のこと好きになれない」
またしても霧谷の背中はビクッと震え、拳を今まで以上に握り締めた。
何だか可哀想になった私は予定より早く、続きの言葉を告げた。
「だってもう私、霧谷のこと好きだから」
霧谷の動きが全て止まった。息はちゃんとしてるんだろうか。
熱くなった顔を冷ましながら霧谷の行動を見守る。
またしても長い沈黙が私と霧谷の間にやってくる。
そして霧谷は唐突に振り返った。あまりに唐突で今度は私がビクッと震えた。
霧谷は勢いのまま私との距離を詰めた。
私は気づいたら霧谷に抱きしめられていた。
「ちょ、ちょっと霧谷?」
慌てて霧谷のことをバシバシと叩くが、拘束が緩むどころか強くなるだけだった。
私は諦めて霧谷の背に手を回してポンポンとあやすように背を叩いた。
「みやび……ありがとう。大好き」
「はいはい、私も大好きだよー」
最初、ラブレターだと思った。けどそれは果たし状で、でもやっぱりラブレターだった。
私の人生初めての素敵な思い出の日。
このあと、霧谷の手が不穏な動きをして私が思わずグーパンを決めてしまったのはなかったことにしたい思い出である。
クラスの人々は生暖かい目で二人を見ていました。
あと、参謀(環)は敵(霧谷)と内通していました。
知らないのは本人達だけ、というのを表現したかった。
もっと人物紹介をしたかったがこれが限界。