ギャルとオタクが吊り橋効果でウェディング
誰かが寝ている私を起こそうと身体を揺らしている。それにしたがってゆっくりと目を開けた。
……私は寝起きが良い方だと思ってるけど、今回だけはまだ寝ぼけていて欲しいと思う。
目を開けるとそこには鬼がいた。人間が恐ろしい形相をしているなどといった比喩などでは断じてないの。もう一度言うけど、赤い鬼がいた。
私は自らの恐怖に逆らうことはせずに悲鳴を上げ――
「きゃむうううううううううう」
――ようとしたが、鬼の手によって遮られた。
なに、なに、なんなの? もうホント訳が分からない。
それから数十秒か数分ぐらい暴れていたけど、やっぱり人間の力では抗いようはなく、抵抗は無意味だと言わんばかりにびくともしなかった。
すると、驚くことに鬼が言葉を発する。
『し、静かに、冷静になってほしい』
それは無理な相談だ。目の前に化物の類がいて、冷静になれる人なんている訳がない。平気だよと名乗りでた勇者は、今すぐに私と代わって貰うからそのつもりでいてね。あ、少し漏れたかもしれない。
まだ冷静になんてなれていないけど、体力的にも限界なので、大人しくなるのを皮切りに鬼が塞いでいた手を離し、私に質問した。
『ねえ、君はここがどこか分かる?』
そう問われた私は周囲を見渡した。ここがどこか? まぁ、森よね。
……? 森? なんで? いや、眠る前って私何をしてた? いや、そもそも――って私裸じゃない!
急いで上半身を起こすと手足を駆使して丸々ように肢体を隠した。すると、さらっとした金色の髪が腕にかかる。私は元々金髪に染めていたが、ここまで美しい金色ではなかった。まるで本場の外国人みたいだ。
まぁ、いい。それよりここはどこか、だ。
「えーと、分かりません」
思わず敬語になる私。
だって、ねえ? こんな怖い鬼相手の会話なんて自然とそうなっちゃうわよ、ぷふ。
『僕も、そうなんだよ』
「そ、そうなんですか」
『うん』
もーどうしろって言うのよ。まぁ、この鬼が今すぐ取って食おうと襲ってこないのは幸いと言っていいのよね。
とりあえず私は会話をする上で重要な名前を聞いてみる事にした。
「鬼さん、鬼さん。貴方の名前はなんて言うんですか?」
『坂下って言うけど』
「なんていうか、凄く和名なんですね」
鬼が和名を名乗るのに凄い違和感が半端ない。あれ? でも日本昔ばなしとかでも鬼はいるし普通なのかも。
『それより、なんで僕が鬼なの?』
「え、どう見ても人じゃないっていうか、どこからどう見ても鬼っていうか」
『……ああ、僕はオーガなのか。ゴブリンじゃないとは思ってたから、オークあたりかと思ってたよ。せめてドワーフが良かったな……』
聞いたこともない名詞がつらつらと出てくる。独り言のようなのでスルーしておこ。
「私の名前は羽田美香って言います。ミカでいいですよ」
『……羽田さん?』
「はい」
『僕だよ。同じクラスの坂下だよ』
そう言われた私は、そう言えばそんな奴いたなと思い出した。
よく知らないけど、オタクと言う人種らしい。友達はよく陰口を言っていたが、私は特に嫌いって訳でもなかった。ああ、太っているのはさすがに許容できなかったけど。
同じクラスだったとしても住む世界が違うって事なのかもしれない。何かの係を一緒にやることさえなかったので、接点は皆無で完全無欠に無関係で無関心だった。
それでも知り合いにカテゴリーされる人間だと知って少しほっとする。自然と敬語も取れていった。
「ああ、それ着ぐるみとか特殊メイクとかそう言うの? ぷふ、うけるわー」
『そうだったら良かったんだけどね……。そう言えば、羽田さんはエルフになってるんだね』
「エルフ?」
『それそれ、耳尖ってるでしょ。エルフの特徴だよ』
耳にそっと手を這わすと本当に尖っていた。
……まぁ、いい。そんな事は正直今はどうでもいいの。
「ねえ、ここはどこなの?」
『さっき僕が質問したんだけどね……。だから僕にも分からないんだ』
ああ、そんな事言ってたっけ。頭からすっぽ抜けてた。
「じゃあ、早くここからでよ」
私は朝起きたらまずはシャワーを浴びるのが日課なのに、起きたら森とか信じられない。森にだって簡易シャワーくらい設置しなさいよ。
『まぁ、まずは行動しないと始まらないよね。素人に森を抜けられるのか分からないけど、救助なんかくる訳ないだろうし、歩こうか』
そう言って鬼のような大きな体躯で歩き出そうとした。え、ふざけてるの?
「ちょっと待ってよ。靴もないんだから歩けるわけないじゃない」
『……僕も裸足なんだけど』
「はあ? 貴方男でしょ? 背負いなさいよ」
全くこれだから童貞は……。え? 私? 初心に見える? やめてよ照れちゃう。
背負う形になれば当然私の身体はかなり密着することになる。でも、多少の羞恥心はあるけどそこまで過剰反応するほどでもない。
『オーガは力あるだろうし、いいけど……でも体格差的にきつくない?』
……確かに。かなり辛い体勢になりそう。じゃあ肩車って首太すぎ! え、私のスペースはどこ?
あ、あそこならいけそう。
「じゃあ肩に乗るわ」
『……ま、まぁ別にいいけど』
「ぷふ、役得だねー」
『な、なにがかな?』
「べっつにー?」
そんなこんなでギャルとオタク? エルフとオーガ?
なんて呼んだらいいのか分からないけど、奇妙なペアによる旅だか冒険だかが不本意にも始まってしまった。
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「ねえ、オタ」
『なにさ』
「飽きた」
『……』
オタの肩に乗って森を突き進む中、私はかなり退屈だった。
最初こそ人に肩車される程度では比較にならない高さでテンションが上がっていた物の、十数分もすれば代わり映えしない景色に辟易してくる。
「何か話してよ」
『え? 僕にそんなトーク力を求められても……』
そう言いつつ、しぶしぶと話し始めた。
『今のこの状況って創作物では珍しくないんだよ。オーガにエルフとくれば確実に異世界転生だしね。で、これから元の世界に帰る方法を探すとなるとたぶん無理だと思う。帰れるのは何か役割を与えられて召喚されるパターンだからね。寝る以前の記憶が曖昧だけど、たぶん死んじゃってるんじゃないかあ。接点がなさそうな僕達が一緒って事は高校の行事か何かだろうね。なんだろう……修学旅行とかでバス事故かな? それにしては他の人がいないのが気になるけど、まぁ記憶がないと正確なところは分からないし考えるだけ無駄だよね』
「……え? なんて?」
脳に記憶される事なく右から左に綺麗素通りしていく言葉たち。もう何を言ってるのかさっぱり分からない。
なるほど、これがオタクと言う生き物なのか。私とは住む世界が違う。
『あーと、どうすれば分かりやすいかな……。つまり、二人で暮らしていく事になるね』
「へぇ~そうなの~」
私はとりあえずにこりと笑っておく。
なんなのコイツやばい。
以前、変質者に付き纏われた時以上の恐怖が私を支配する。
「ん? あれ人じゃない?」
『え? どこ?』
「あそこ」
かなり遠いが、大雑把に方向を指し示す。
『……どれ?』
「アンタ目悪いの? ま、いいわ。近づけば分かるでしょ」
少しだけ方角を変えてオタに歩かせる。
距離が近くなっていくとより鮮明に確認できた。人が木にもたれかかって座っている。
あれ、でもこれ……。
『死んでるね、この人』
「うげ」
このままではそう遠くない未来にこうなってしまうのだろうか。
嫌だなー。
「ってアンタ何やってんの!?」
『え? 死体あさり』
「やめてよ気持ち悪い!」
『こういうのだと基本だよ。ゲームでもよくあるじゃん』
「いや知らないし」
私は手で顔を覆って視界を遮断する。
オタと行動を共にする事に激しい後悔が渦巻く。でも一人だと寂しいし何かあったら怖いしどうしようもない。
『はい、これ』
「なに」
『靴』
「はあ!?」
何をトチ狂ったのか死体が履いていた靴を差し出してきた。
え? マジで意味が分からない。
こやつは死体が履いていた靴を履けとおっしゃっているの? 馬鹿なの?
「……で、それが?」
『靴ないって言ってたでしょ? 僕だとどう考えても足が入らないし、羽田さんならブカブカだったとしても履けると思うよ』
「履けるわけないでしょ!」
『なんでさ』
「なんでってそりゃ……」
履ける人には死体着用済みの靴、一名様にプレゼント!
『今は死ぬか生きるかのサバイバル中なんだし、嫌でも履いた方が良いって』
「絶対に嫌よ」
『じゃあ服だけでも』
「もっと嫌よ!」
死体のぬくもりを含んだ服を着るのを想像すると眩暈がしてくる。
『話変わるけど、この死体さ』
「なによ」
『他殺だよ、これ。野生の動物かもしれないし、ゴブリンやオークかもしれない』
「早く森からでるわよ」
死体なんか相手にしている暇なんてない。
今は一刻も早くシャワーを浴びなかればならないのだから。
さ、歩きなさいと言おうとしたら、ひゅんと言う風切り音と共に何がが飛んできた。
それはオタの巨躯に突き刺さり、自らが矢であることを示した。
「な、なに、これ」
『あ、ぐ、は』
「ねえ、オタ――」
『ひぃいい!』
オタは私がバランスを崩して地に落ちるのもお構いなしに、森の奥に姿を消した。
え?
「えええええええええええ!?」
ちょっと、え? は? なんで?
私は一人森の中に残され、呆然とする他ない。
「待ちなさいよこらあああああああ!」
叫んでみる物の効果は期待できそうにない。あれ、ホントどうしよう。
泣きたい。
というか既に涙が零れている。
どうしようどうしようどうしよう。
まさか一人で森を彷徨う事になろうとは想定外にもほどがある。
そんな絶望の最中、一人の青年に声を掛けられた。
「大丈夫でしたか?」
「へ?」
彼は金髪の青年で、類を見ないほどのイケメンだった。
比較的温かい気温だからか、素肌の見える面積が多い服を着ていて、逞しい身体付きをしているのが分かる。
彼に見惚れていたら再度声を掛けられた。
「あの? 大丈夫ですか?」
「はい! めっちゃ怖かったです!」
「そうですよね。でももう平気ですから。それにしても、こんな所にオーガがいるなんて……村長に報告しないとな」
そう言った彼を観察すると弓を持っていた。
……。
「アンタか!」
「げふ」
イケメンの首に手刀をかますと一目散に逃げ出した。
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私は森の中を必死に走っていた。
オタの後をつけるのは難しくなかった。地面に自己主張の激しい足跡が点々と続いているから。
でも距離が問題だった。走っても走ってもまだ足跡は続いている。体格差も違うし、きっと体力も違う。
そんな彼に追いつく事はできるのか?
ああもう! あんのバカ! ちっとは私の事を考えなさいよ!
足が痛い。見てないけど絶対血でてる。もう最悪。
どうしてだろう、それでも私は立ち止まらない。必死に走った。
どれほど走ったか覚えてはいない。
そもそも私にそれほど体力はない。実際の走った距離は大した事ないと思うけど、私は既に息も絶え絶えな状態だった。
――やっと見つけた。
「私を、一人に、しないでよ」
そう言って縮こまっている大きな赤い鬼に話しかけた。
『無理だよ、怖いんだ』
「なにがよ。さっきまで、あれだけ威勢、良かったじゃない」
『命を狙われたら、そりゃ怖いよ。僕はただのオタクで、オーガに転生したって弱い所は弱いまま。転生なんか端から望んじゃいないんだ』
……めんどくさ。
だらだらと励まして上げれば立ち直ると思うけど、そんなことを私がしてやる義理はない。
ふぅ……。呼吸を整えてから告げる。
「どうでもいいわ、そんな事。それよりも下を向いてないで前を見なさい」
『僕に構わなくていいよ。羽田さんは強い人だから一人でも大丈夫だよ』
「ああもう! いいからとにかく前を見なさい!」
がしっと大きな顔を両手で掴んで意地でも前を向かせた。
やっぱり手っ取り早いのはショック療法よね。
その大きな唇に私の唇をくっつけた。
体格差から人同士のキスのようには上手くいきはしない。それでも出来る限り唇を合わせ、キスをした。
短いキスが終わると目を合わせる。
「弱いとか強いとか関係ない。貴方が、私を、守るの。分かった?」
『へ?』
「考えなくてもいいわ。とにかく立って。私を乗せて歩くの。分かった?」
『あ、うん』
「はい、返事をしたなら即行動!」
私はオタの肩に乗って森の脱出へと歩み出す。私は歩いてないけどね。
……でも――
「ねえ、オタ」
『なにさ』
「……初めてをあげたんだから、約束は守りなさいよ」
『……え?』
「な、なにその顔! 経験豊富そうな顔してキスすら初めてでしたって悪い!?」
『いや、そんな事言ってないよ! むしろ……』
「なにそのにやけた顔、キモ」
――ぷふ、コイツちょろいわ。