セカンドナイト・いつ飲むの~?今でしょー!
『ぴんぽんぱんぽーん!じゃじゃじゃーん!現在、11時11分11秒!イレブンナイツのお時間です!』
『お相手は、私イレブンナイツの広報担当、ミツミが担当していきます!』
『夜の部は、ああこれは面白そうなお便りです!』
『サボる上司の仕事が全部まわってきて仕事が追い付かないです。助けてください』
『あー!私知ってるよこれ!デスマーチってやつだ!え!当たらずとも遠からずで違う?そっか!』
『いやー、許せないよね!そういう奴に限って世渡り上手なんだよねー!』
『憎まれっ子、世にはばかるってやつだろ!どうだ!これなら正しいだろ!ほれみろ!どやぁ!』
『ではでは、リクエストにこたえて今日も行きましょう!イレェェェェブゥウウン…ナァァァァアアアイツ!!!』
今日も、残業だ。省エネだか何だか知らんが、薄暗い場所で画面を見続けていると、目がおかしくなる。
今日は何時間寝られるだろう。ここんとこ、三時間も寝てればいいほうな気がする。
「よーし、今日はみんなで飲み会に行こうか!女の子はおごるぞぉー!」
終業時間とともに上がる、上司の一声。女の子たちはキャーキャーいって禿おやじの機嫌を取る。
ふざけやがって。報告書は全部丸投げしてくるくせに、自分の時間はきっちり大切にするやつだ。
「あー、頑張って明日までには仕上げてよ。そうすれば、今度はおごってあげるからさ」
嘘つけ。どうせその日も仕事をよこして飲み会に誘わないんだろう。知ってるさ。いつものやり口だ。
あぁ、このままじゃマジで死んでしまう。どんなにチビビタを飲んでも効果がないくらい、気力が出ない。
頑張れ俺、もう少し頑張ってあいつより上の立場になれば、あいつの首を落とせるぞ…
「努力すれば報われると思ってるんだな。発想が社畜だねぇ。さすがは日本人だ。ガハハ」
隣にいつの間にか、中世騎士の兜をかぶったサラリーマンがいた。変態か、残業続きでお互いに頭がおかしくなったのか。驚きよりも、謎の親近感を覚えた。
「努力しなきゃ、あいつと同じ土俵に立てないからな。少なくともコネも金もない俺には、それしかないんだ」
「なるほどなるほど…でもこのままじゃ、お前さん死んじゃうよ」
「わかってるよ。死ぬのが先か出世するのが先か。ある意味賭けだよ」
その変態は、ふーむと腕組みをして考え込んだ。
「お前さんがやってることは賢いとは思わんがね、その真っ直ぐさは評価するよ。少なくとも、目先の金に釣られた今日の飲み会のメンバーよりは、はるかに“イイ奴だ”」
「どうも。イイ奴だから金が入るってことじゃなきゃあ、何にもならないよ」
「ふむ。君は地位が欲しいのか金が欲しいのか。どっちが欲しい?」
どうでもいい質問だと思って、冗談交じりに返してやった。
「どっちも欲しいにきまってるだろ。出世したら、どっちも手に入る」
変態男はオフィスに響き渡るほど高らかに笑った。
「ガハハハハ!そうだな、その通りだ!それでいい、人は欲深くなきゃあいけない。欲望を満たすために人類は進歩するんだからなぁ!よしよし、だったらこのスエヒロ様がちょっとだけ背中を押してやろうじゃないか!」
そういうと、彼は暗闇の中に消えていった。
「ったく、何だったんだ…」
仕事に戻ろうとPCの画面を見て驚いた。
ない。仕事が残っていない。全て完璧に仕上げられている。
机の上を見たらどうだろう。完成されてホチキス止めまでされた報告書の束が積みあがっている。
「あ、あいつって神様か何かだったのか…?」
「わたしがぜんぶしあげてあげたのに、なんかスエヒロがあがめられてますー。」
「ガハハハ!気にするなよトオミ!お前とあいつを引き合わせたのは俺のおかげだろう?だったら、あいつに幸運をもたらす仕事を立派にやり遂げたじゃあないか!やっぱり俺は神様だよ神様!」
「いみがわからないし…なっとく、できないし」
「まぁまぁ不貞腐れるなよ。俺たちの仕事はこれからが本番だろう?派手に暴れて発散しようぜぇ?ギッヒヒヒ!」
「まぁ、たのしみだよ」
「いやー、今日もあいつはしっかり働いてて偉いよなぁ!あいつの上司やってると、俺まで偉くなった気分だな!アハハハハ!さぁ飲め飲め、あいつの分まで飲んでやらないとあいつが浮かばれないだろ?アハハハハ!」
陽気に笑う男の横には、ぴったりと女性がくっついて酌をしている。机にはたくさんの女性と男性がつき、飲めや喰えやの大騒ぎだった。
「さぁ、おちょこを出して…」
女性のすらっとした手に握られた徳利が伸びてきた。いい気分になっているはげちゃびんは、べろんべろんになりながらもお猪口を差し出した。とくとくとく…熱燗が注がれてゆく。
「楽しいでしょうねぇ、美味しいでしょうねぇ。他人の犠牲の上に立って飲むお酒は」
ふと変なことを言われてむっとした彼は、そそがれていた酒をその女に吹っかけた。そして、気が付いた。
「…な、何だお前は…」
すっかり酔いが回ったためか、中世騎士の兜に、すらっとしたスーツをきた変な奴しか見えない。
ふと周りを見渡すと、さっきまで大騒ぎだった酒の席にいたはずの部下たちが居らず、その代わりに正座した騎士面の男女が8人きっちりと座っていた。まるで、葬式のように静かである。
「お、おい・・・何だこれは、ついに俺は酔い過ぎて狂ったか」
男は思わずその手のお猪口を落とした。そこにこぼれた酒を、隣にいた女性が静かにふき取る。
「そーそーう。そーそーう。」
少女の声がどこからともなく聞こえた。ひときわ小さな騎士面が、袖の余った手でぱーんぱーんと音頭をとっている。
『そーそーう。そーそーう。そーそーう。』
やがて大合唱が始まった。粗相、粗相。飲み会の決まり文句である。それが意味するのは、死。
正座していた騎士面達が一斉に立ち上がった。その手には徳利が握られている。
「あそーれ。いっき、いっき、いっき、いっき」
少女の間の抜けたイッキコールが入る。男は何故か抵抗できずに、お猪口に注がれたマズい日本酒を飲み干した。間髪入れずに、次が注がれる。
「でれでれでってでーんでーんでーんでーん。このーきなんのき」『イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!』
多彩なイッキコールが続く。少女の声がどうしても間抜けなため、お経のように聞こえる。
「くそじょうしのー。ちょっといいとこみてみたいー。」
「も、もう十分だ、帰ろう…帰らせてくれ…」
「いーたいことがあったらー」『飲んでかーら言え!飲んでかーら言え!…』
気がついたら、男はゴミ捨て場で寝ていた。
「ほら、こんなところで寝てちゃだめだろう。飲みすぎは良くないぞー?」
警官に起こされた。が、立てない。警官二人に肩を担がれて、パトカーまで連れていかれた。
ふと、その警官の横顔を見た。…騎士面が見えた。
「う、うわああああ!もう勘弁してくれえええ!この通り、この通りだあああ!!!」
警官たちは困り果ててしまった。一人の警官が介抱をするふりをして、男の耳元で囁いた。
「おかえりー。おかえりー。おかえりー。おかえりー。」
イッキコールが頭から離れなくなった男は、ほどなく会社を辞めていった。
ある日の居酒屋。
「それじゃあ!思いっきり飲みましょぅぅぅうウィィイエエエエエエエエエエイイイイ!!!!」
飲めや喰えやの大騒ぎ。その中心には、謎の業績アップを続ける、苦労人の男がいた。
それを横目で見る、カップルらしき男女。焼き鳥をほおばっている。
「これってさぁ、アリとキリギリスってやつなんじゃないのぉ?」
「バカぁ言え。こんな汚ねぇ童話があってたまるかよ。…なぁ」
「ん?」
「…楽しくなかったかアレ」
「…思った思った。すっごく楽しかった」
「だよなぁ。もうトオミの声が最高でさぁ。皆の大合唱も楽しかったし、コールってのはなかなかいいもんだなぁ」
「滅多なこと言うもんじゃないよ。あんなの繰り返してたら地獄に落ちちまう」
「そうだそうだ。また、ああいう系の"お仕事"が入ってくれたら最高なんだけどねぇ」
都会の眠らない夜が、更けてゆく。