第4話 メディカル・マニピュレーター
病院内を捜査したいという矢内原の申し出に事務局長は目を白黒させた。
「ん、な、なんと……今更なぜですか?」
そういって太った事務局長は応接室のソファから尻を浮かせかけた。
矢内原は丁寧な口調で答える。
「新たな事実が判明したのです。その結果、この病院を再度調べる必要が出たのです」
事務局長はしきりに手で汗を拭うが応接室が暑いわけではない。
「そんな……困ります。当方と致しましては誠心誠意、警察のご要望には応じて参りました。ご依頼通りに未だ屋上庭園は閉鎖しておりますし、事件のことは噂にならぬよう院内に箝口令をしいております」
事務局長の言い分を聞いて矢内原は大きく頷く。
「ええ。ご協力は感謝していますよ」
「わたくし共は一切、隠し事はしておりません。それに被害者は当方とは無関係だったと判明したのではありませんか?」
事務局長の指摘する通り、この病院の屋上で殺害された須田啓介は身元判明までに二週間を要したが通院歴を含めこの病院とは何の関係もなかった。
矢内原が尻の位置を直しながら事務局長に向き直る。
「確かに被害者はこの病院の患者ではありませんでした。では、逆になぜここに居たのか? それが不可解でした」
「そ、それはどういう意味で?」
「それは後でお話しします。その前にこの病院には幾つ手術室がありますか?」
矢内原が急に話を変えたので事務局長は戸惑いを隠せない。
「は、はぁ? そ、それでしたら……8つ、ですね」
「この規模の病院でそれは多いですね。入院患者数は?」
「最大で240、平均的には220前後ですかね」
「手術室の稼働状況はみせて貰えますか?」
「はぁ……それでしたらスケジュール表がございます」
事務局長は応接テーブルの隅に設置されている端末に触れてテーブルの中央に画像を表示した。商談や応対をする際にテーブルをモニターのように使用するのはよくあることだ。
矢内原は画面が見易いように出されたお茶を端に寄せた。
「ありがとうございます。拝見します」
表示されたスケジュール表は、縦軸が手術室の番号、横軸が時間軸となっていて白を背景にして青、赤、黄、緑の順に塗り分けられた棒グラフが表の七割ほどを埋めている。事務局長によると青は「準備」、赤は「オペ」、黄色は「予備」、緑が「洗浄殺菌」を表しておりそれらがワンセットになっているという。
「我々は普段これ一本で管理しております」
矢内原が指先で眼鏡の位置を直しながら唸る。
「思ったより稼働率が高いですね……」
事務局長は褒められたと勘違いしたのか急に明るい表情になる。
「うちはよその病院からも手術を受け入れていますからね。評判が良いんです! それに最新鋭のメディカル・マニピュレーターを使っているので、難しい手術でもワンオペで行うことが可能なんですよ!」
「メディカル・マニピュレーター?」
「ああ、ご存じない?」
「いえ、聞いたことはあります。最近のものは自動的に簡単な手術ができるとか……」
「簡単な手術どころではありません。本当はもっと進化していて高度な手術を行うことができます。下手な医者では太刀打ちできませんよ。そもそもメディカル・マニピュレーターは……」
そこから事務局長の独演会が始まった。彼は、まるで実演販売の商売人のように滔々とその性能について語った。事務局長の解説によると、アクティブMRIと医療用AIを組み合わせたマニピュレーターは大抵の手術を全自動で行うことができるという。ここでいう『アクティブMRI』は、通常のMRIが体内にある水素原子核が磁気に共鳴して発する微弱電波を静止画像化するのに対して、技術を大幅に向上させた結果、リアルタイムで体内組織を映し出すことができるようになったものだ。これに画像解析と膨大な事例とを検索・照合して超高速で演算処理するAI(人工知能)を連携させることで、経験豊富な医師以上の手術を行えるというのだ。
事務局長は自分のことのように胸を張る。
「その気になればどんなに高度な手術でも全自動で成功させることが可能なんです! ですが、残念ながら法律上は医療行為の補助でしか使えません。医師の立ち合いが必要です。実に勿体ない話です。世界を変えられる可能性があるというのに!」
彼は心底メディカル・マニピュレーターにほれ込んでいるらしい。
矢内原が感心したように微笑む。
「なるほどそれは凄い。そこまで進化しているんですね」
「そうですとも! 例えば名医と呼ばれる先生の手術を記録しておいてマニピュレーターで再現するなんてことも可能なんです。理論的には」
「それだと将来的に医者が要らなくなるのでは?」
「ああ、素人の方はそういう風に考える人が多いんですよね。でも実際にはそんなことは有り得ない。SFじゃないんだから」
「それはなぜですか?」
「モデルになる医者がいなければならんでしょう。それに、まあね。医者の仕事が無くなってしまうのも、ねえ」
そういって事務局長は意味深な笑みを浮かべた。
確かに、もしもメディカル・マニピュレーターが爆発的に普及して単独で医療行為ができるようになれば劇的なコスト削減が可能になるだろう。しかし、それはそれで困る人たちが出てくるのも事実だ。誤診や手術の失敗があった場合の法的責任の問題もある。積極的な法改正が成されないにはそれなりに理由があるのだ。
矢内原が指を組みながら尋ねる。
「先ほどのお話ではモデルとなる医師の手術を記録できるとのことでしたが、その記録は共有されるものなんでしょうか?」
「いやあ、それはどうですかね。普通はスタンドアローンで記録します。SDカードでも16TBもあれば十分保存できますから。まあ、『秘伝』とでもいいますか。せっかく身につけた技術とか、試行錯誤の末に発見した方法とか、好んで公開する先生は少ないと思いますがねえ」
「例えば、どこかで記録された術式のデータを別なところに持って行って、他のマニピュレーターにインプットすることは可能ですか?」
矢内原の質問に対して事務局長は怪訝な顔をした。彼はお茶を啜り、目を閉じて何度か首を捻った。そして苦虫をかみつぶしたような表情で口を開いた。
「ひょっとして……うちの病院でそれが行われたと? そういう意味ですかな?」
「いえ。そういうわけではありません。一般論です」
「ううむ。何だか腑に落ちませんが……正直にお答えすると、それは可能でしょうな」
「なるほど。ということは、例えば、術式の記録を同じ系列の病院だけで共有することが出来るということは、仲間内で技術を独占することにもなりますね」
「そうです。そうです。それが肝心なのです」
研究の成果を身内だけで独占することが良いことなのかは疑問だが、それが絶対悪だとも言い切れない。矢内原とてそのあたりは理解している。事務局長はこの話題になった途端に饒舌になった。彼が気分よく話をしているうちに矢内原はさらに質問を続ける。
「この病院には何台のマニピュレーターがあるのですか?」
「5台です。うち2台は記録もできるタイプです」
「他の3台は再生専用ということですか?」
「そういうことです。先ほども申し上げましたが、わたくし共の病院では近隣は勿論、遠方の大学病院からも手術患者が送られてきます。実はここだけの話、補助だけでは宝の持ち腐れなんですよ。ですから積極的にこれを活用しているんです」
「それはつまり建前として医者は立ち会わせているものの、実際はマニピュレーターに手術を任せていると?」
「それは想像にお任せします」
そういって事務局長はにんまりと笑った。
その時、矢内原と別行動をしていた井深が息を切らせて応接室に駆け込んできた。
彼は開口一番、「先輩! 出たッス!」と、大きな声で報告する。
それを聞いて矢内原は「そうか」と、小さく頷く。
井深は矢内原の隣にどっかと座って胸を張る。
「血液反応出たッス! 被害者とのDNAも一致したッス」
「ご苦労。予想が当たったようだな」
そう言いながら矢内原が手元端末を開いて捜査ファイルで井深の報告内容を確認する。
二人の様子を不安げに見守っていた事務局長が恐る恐る尋ねる。
「な、何が……出たのでしょうか?」
それに対して矢内原が軽く答える。
「車椅子ですよ」
「車椅子……ですか?」と、事務局長は意外そうな顔をする。
「はい。外来用の車椅子です。それが事件当日に一晩行方不明になっていて、いつの間にか元の場所に戻っていたという証言があったんです」
「は、はあ。ですが、あれは誰でも自由に使えるものでして……」
「我々が調べたところによると、車椅子が持ち出されたのは9月16日の夕方から午後9時までの間のようです。数が足りないことに看護士が気付いたのが午後9時すぎだったそうですから」
矢内原の言葉に事務局長はびくびくしている。先ほどの饒舌で自信たっぷりの態度とは正反対だ。貧乏ゆすりが激しく、そのうち足元のテーブルに振動が伝染してしまうのではないかと思われた。
別に非難されたわけでもないのに事務局長は前もって頭を下げる。
「も、申し訳ありません。以後、そのようなことが無いよう、車椅子の管理体制を抜本的に見直しますので……」
矢内原がそれを遮って話を続けようとする。
「それはいいんです。管理体制を問題にするつもりはありません。問題は被害者もしくは犯人がその車椅子をなぜ使ったかということなんです。そしてここからが肝心なのですが、被害者の須田さんは車椅子を必要としていなかった。彼が最後に目撃されたのは職場を出た9月16日の午後8時すぎです。勿論、この時は普通に歩いていたそうです。だとすると、持ち出された車椅子は何のために使われたのでしょう?」
矢内原の質問に事務局長の緊張はピークに達した。
「ひゃ、そんな! わかりまひぇん!」
プレッシャーをかけるつもりはないのだろうが矢内原の冷静な口調は彼を追い詰めてしまったようだ。
「我々は今回の新事実が判明するまでそれを見落としていました。実は3時間前になってそのことに気付いて、車椅子6台を全部調べさせて貰うことにしたのです」
今になってなぜ『車椅子』がクローズアップされたのか? はじめそれは殺人事件との関係性は薄いとカテゴライズされた証言のひとつにすぎなかった。例えば、AさんとBさんが口論していた、Cさんの端末を誰かが間違えて持って行った、トイレの洗面所が水浸しになっていた等の証言が捜査員の聞き込みによって集められたが、それらはある意味、殺人事件の捜査にとってはどうでも良いような日常的なトラブルに過ぎなかった。その為「足りなかった車椅子がいつの間にか戻されていた」という証言も捜査ファイル上はそれらと同列に扱われていたのだ。しかし、新事実をもとに導き出された矢内原の仮説を前提とすると、車椅子に関する情報は重要な意味を持ってくる。すなわち、『被害者は病院内で脳の手術を受けた』という仮説が成り立つ場合、『犯人はどのような方法で被害者を屋上に運んだのか?』という疑問が生じるのだ。通常なら術後の患者はストレッチャー(キャスター付きベッド)で慎重に運ばれる。だが、はじめから殺すつもりの相手を運ぶなら車椅子で十分という考え方もできる。この考えに至った時点で矢内原は井深に命じて外来用の車椅子すべてをスキャンさせておいたのだ。その結果、幸いにも事件から一か月近くが経過してしまっていたが血液反応が検出できたのだ。
そんなプロセスがあったことを知らない事務局長としては車椅子の話は唐突なものに思えたに違いない。そのせいで彼の貧乏ゆすりは、より一層激しくなってしまった。
事務局長は身体を揺すりながら疑問を口にする。
「わ、分かりませんな。車椅子に被害者の血液? それに何の問題が?」
彼の反応を見ながら矢内原はズバリ核心を突く。
「被害者はこの病院で脳の外科手術を施されたんですよ」
「ひえっ、ま、まさか!」
矢内原の言葉があまりに衝撃的だったのか事務局長は大きく仰け反った。
「犯人は術後の被害者を車椅子で屋上に運び、そこで射殺した。私はそう考えています」
「バカな! そんなバカなこと……何の為に?」
「そこまでは分かりません。ですが、被害者の頭蓋骨を復元した結果、側頭部に真新しい穴があることが分かったんです。つまり、被害者は頭に穴ができたままの状態であったと推定されます」
矢内原の推理に事務局長は沈黙した。思考停止気味でぐったりする事務局長に向かって矢内原が続ける。
「そう考えると辻褄が合うんですよ。なぜ、犯人はわざわざこの病院を選んだのか? なぜ頭を二度撃ったのか? その答えはカモフラージュの為、です。犯人は被害者と縁のないこの病院を選んで手術を受けさせて、その痕跡を消すために頭を撃った。そういう風に考えられませんかね?」
事務局長は「いやいやいや」と首を振ると今度は懇願するような目で矢内原に訴える。
「ねえ、刑事さん。まさかうちの医師が犯人だなんて言わんでしょうな?」
「現時点では分りません」
「この病院で手術をしたんでしょう? 真っ先に疑われてしまうじゃありませんか!」
「……医師とは限りませんよ。だからマニピュレーターのことを聞いたんです」
その一言は事務局長に希望の光を与えたようだ。彼は目を輝かせて明らかにほっとしたように大きく息をついた。実に分かり易い男だ。
そこで矢内原が隣で待機する井深に尋ねる。
「ところで小池はどうした? 連れて来いと言ったはずだが」
それに対して井深はバツが悪そうに答える。
「寝てるッス」
「……またか」
そういって矢内原は呆れて首を振る。
「仕方がない。あいつが起きたらこれを調べさせておいてくれ」
矢内原は自らの端末に手を乗せて捜査ファイルの要検証事項に幾つかの項目を入力した。その様子を横で見ていた井深が驚く。彼は目に入れた端末でその内容を読んで顔をしかめた。
「こんなのいっぺんに調べさせるんスか? 小池さんひとりで?」
矢内原の指示は単純だがどれも労力を要するものだった。
①輸血、投薬、検査の全記録と消費量の照合。
②手術スケジュールと消費電力の照合。
③メディカル・マニピュレーターの使用履歴。
④病院関係者の勤務状況と担当する患者の紐付け。
「小池さん、死んじゃいますよ?」と、井深が呆れたように矢内原の顔を見る。
「大丈夫だ。その為に今寝ているんだろう」
「でもマジでヤバくないッスか? 膨大な情報量ッスよ!」
「大したことはない。対象は事件発生前の一週間分だけだ」
「いや、でも、気が遠くなる作業ッスね」
「なに、サルベージは奴の本職だ。うまいことやるだろう」
「……鬼ッスね」
そんな二人のやり取りを見て事務局長が不安そうに尋ねる。
「あのう、それは……これから本格的な捜査が入るということでしょうか?」
「ええ。そのつもりです。先ほどの仮説を立証する必要がありますからね」
「いや、しかし、その、捜査令状が無いのに当方としては協力できかねると申しますか、私の独断でお受けすることは出来かねると申しますか……」
歯切れの悪い事務局長を尻目に矢内原は端末を眺めながら答える。
「ああ。令状なら間もなく届くと思いますよ」
「へ? は? それはどういう」
その時、動揺する事務局長の胸ポケットが鳴った。警告音に似た聞き慣れないお知らせ音に事務局長が飛び上がる。
矢内原がそれを見て冷静に告げる。
「それですよ。裁判所からの通知です」
事務局長が恐る恐る端末を取り出して通知の内容を見る。そしてそのまま脱力した。
「あうぅ……なんてことだ」
「そういうことですので、後で担当官がサーバーをお借りします。といっても使えなくなるわけではないのでご心配なく。営業は続けて結構です」
矢内原はわざと『営業』という単語を用いた。この病院の経営方針が営利主義であることは分かっていたし、手術の大安売りを得意げに語っていた事務局長を少し皮肉ってやりたかったのだ。
矢内原と井深が応接室を出たところで本庁からのメールが送られてきた。
その内容は三番目の事件が起こった日本アグリ(国とJAの共同出資によって設立された会社。農家の後継者不足対策、高齢者の雇用機会確保、自給率の向上を目的に高度な科学技術と機械化による農産物の大量生産を行っている)の工場長から見て欲しい物があるという連絡が入ったというものだった。
「日本アグリって農場ッスよね?」
「ああ。三番目の遺体発見現場の野菜プラントだな」
「見て欲しい物があるって画像送ってくりゃいいのに。3Dカメラが無いんスかね?」
井深はそういって口を尖らせるが矢内原は真剣な顔をする。
「いや。行こう。現場を見ておいた方がいい」
「え? 今からッスか?」
「新たに見つかったものというのが引っ掛かる。何が見つかったんだろうな。野菜プラント内で……」
今回の捜査で新たな手掛かりを得ることができた。また、被害者が頭に手術を施されていた可能性が高まったことは犯人像を絞り込む有力なヒントになると期待される。しかし、他の事件の被害者は病院とは違った場所で殺害されている。彼らの頭蓋骨の復元にはもうしばらくの時間がかかるようだが、仮に最初の被害者と同様に穴が発見されたとしたら彼らはどこで手術を受けたのだろうか?
矢内原は頭をフル回転させながら目的の野菜プラントに向かった。