表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/19

第17話 招かれざる客

 時計は14時30分を示している。それを見て八神青年は首を捻った。

「変ですね……静か過ぎます」

 助手席の今枝が周囲を見回しながら尋ねる。

「そうか? こんなもんじゃないのか」

 この辺りはフローニンゲンの市街地からは随分と離れている。それに黒海に近いポルダー(海岸に近い低湿地から水車で水を組み出して作られた干拓地)での農業が近年の浸水により急速に衰退してしまったことから元々この辺りに用がある人間は少ない。

 青年がハンドルに両手を乗せたまま首を振る。

「この時間に人の気配どころか車の出入りが全くありません。ここに来るのは5回目ですが、こんなことは初めてです」

 確かに壁に沿って時計回りに走っているが、ここへきて一台も車両とすれ違っていない。

「休みなんじゃないか?」

「今日は木曜日ですよ」

 周辺にこれといった建物は無い。ゆうに3メートルはあろうかという壁で囲まれた工場は、まるで荒野に新設された刑務所のようだ。おまけに左手には無人の風力発電地帯が広がっているだけで、そのことが『最果て』感を際立たせている。これが田園地帯ならまた違っていただろう。さらに空が晴れ渡っていたらどうだろう? こんなに気分が萎えることはなかったはずだ。

「なんでこんな所に工場を作るかな。通勤も大変だろうに」と、今枝は呆れる。

「作っている物が特殊ですからね。事故があった場合に周辺に被害が及ばないように配慮したと聞いています」

「だったら事故対策をすればいいじゃないか」

「そういう発想は無かったのでしょう。ドイツ人は合理的ですから」

 この会社はドイツ系資本と地元精密機器メーカーとの合弁で設立されたものだ。オランダは昔から法人税が安いことから外国からの企業誘致に有利な経済環境にあるのだ。

「義体パーツを作っているんだってな」

「はい。義手や義足の世界シェアは40%だそうです。脳波で機械を制御する技術はウェアラブル端末の部品にも供給されています」

「で、この工場内に組織の本拠地があるのか?」

「ええ。表向きは脳波受動システムのメーカーです。ですが実際は我々の組織が仕切っています」

「人体実験をも厭わない連中か? 確かにここの技術はスティモシーバーにも通じるものだが……」

「それは否定できません。ここでは研究施設も幾つか稼働しています。ですが組織直轄のものはトップシークレットです」

「人払いか。それがあるからこんな辺鄙な場所なのかもな」

 取りあえず車を正面に回す。高い壁が途切れた箇所に工場の入口となるゲートがあった。門は半分閉められていて向かって左側の開いている部分には車止めのバーが下がっていた。その横には小さな建物があり、そこが警備員の詰所になっているようだ。

 青年は車を横付けして運転席の窓を開けると詰所のカウンターに設置されたパネルに端末を翳した。そして顔認証を受けながらパネルに向かって口を開く。

「CQ7895、コード403。開放」

 青年の声にパネルが反応する。『認証』を表す緑の文字が点灯する。が、車止めバーは上がらない。その代りにパネルに女性の顔が表示された。それは実写なのかCGなのか判別し辛い美しい白人女性だった。

 青年がパネルに向かって声を荒らげる。

「早くバーを上げてください! 急いでいるんです!」

 しかしパネル内の女性は『拒否します』と真顔で答えた。

「合言葉が間違ってたんじゃないか?」と、今枝が口を挟む。

「そんなはずはありません。認証は通ったはずなのに」

 足止めされて青年は少し苛ついているようだ。それに追い打ちをかけるようにパネルの女性が言葉を発した。

『博士からの命令です。君は招かれていない。帰りたまえ、とのことです』

 それを聞いて青年が落胆したように首を振る。そしておもむろに懐から銃を取り出すと至近距離でそれをパネルに向かってぶっ放した。突然の銃声に今枝が顔を顰める。見るとパネルに穴が開いている。ちょうど女性の眉間が撃ち抜かれた具合だ。

「断る!」

 そう吐き捨てて青年はいったん車を下げるとアクセルを全開にした。そして勢いをつけて車止めのバーに車をぶつける。その衝撃でバーがひしゃげて根元から折れた。車は勢いもそのままに工場構内に侵入する。後ろで警告音が鳴り響いた。が、直ぐにそれも遠ざかっていく。ただ、これだけの騒ぎなのに誰も飛び出してこないのはおかしい。

 取りあえず右方向に進む。しばらくは右手に壁、左手に建物が続いていたが、途中で右も左も建物に変わった。コンクリート壁の建物はどれも比較的新しい。窓は殆ど無く、のっぺりとした外壁に大きめの排気口やパイプが配置されている。所々にコンテナや資材置き場があるところは普通の工場という感じだ。

しばらく走ったところで、前方右手に何かが動くのが見えた。コンテナの陰からひょっこり現れたそれは人型をしているが人間よりは二回りほど大きい。一瞬、重機が動いているのかと思われた。が、現れたのは二足歩行タイプの有人ロボット(外骨格式パワードスーツ)だった。

 今枝がうんざりしたように呟く。

「やれやれ。前にも同じような場面に出くわしたような……」

「同感です」

 そういって青年はさらに車の速度を上げる。みる間にロボットの姿が大きくなっていく。そのフォルムはショッピングモールで遭遇したものと比較して随分と角張っている。

「避けろ! ま、間に合わな……」

 ぶつかる、と思った瞬間に車は左に流れた。と同時に右側に強い衝撃があった。その方向に目を向けると有人ロボットが勢いよく転倒するところだった。振り返って確かめると、車に当てられた有人ロボットは回転して建物の壁に激突していた。一方、車は勢い余って左方向に弾かれてしまったが青年の細かいハンドル操作で即座に体勢を立て直す。青年は意図的に車体の右前方ではなく左の急ハンドルで右後部をドリフト気味に滑らせて有人ロボットの脚に当てることを狙ったのだ。そのおかげで速度を殺さずに回避することに成功した。

 今枝が引きつった笑みを浮かべる。

「やるな。上達したじゃないか」

「学習効果です」

「さっきの有人ロボは警備員が乗ってたのか?」

「どうでしょう。いずれにせよ相手にしている暇はありません」

「なるほど。で、どこに向かってるんだ?」

「本社ビルです。この奥にあります」

 相変わらず人っ子一人見当たらない。動いている機械も無い。まるで太陽だけが昼と夜を間違えてしまったみたいに工場内は静まり返っている。

 しばらく走ったところで前方に赤っぽい建物が現れた。窓が多いところをみるとあそこが目的の本社ビルのようだ。

「またですか」と、青年が前方を見据えながら呟く。

 見ると左右の建物の陰からそれぞれ有人ロボットがぬっと出てきた。それは二足歩行で悠然と道の真ん中に陣取った。まるで今枝達の進路を塞ごうとするかのように。

「今度は2機だ。同じ手は使えんぞ」

「そのようですね」と、青年はスピードを緩めない。

 今回の有人ロボットは脚とアームが太くて安定性がありそうに見える。しかもそのアームには戦闘ヘリの機銃のような装置が組み込まれている。

「おいおい。何か物騒な物を持ってるぜ」

 有人ロボットの運転席は盾のようなカバーで覆われている。よって銃で応戦することは難しいと思われた。

「ヤバいぞ!」と、今枝が叫ぶ。

 有人ロボットの腕が上がったと同時に火花が散るのが目に入った。

 連続する銃弾がレーザービームのように右下方向から斜め上に車を掠めた。それだけでフロントガラスが粉々に破壊されてしまう。堪らず青年がブレーキを踏み、ハンドルを大きく右に切る。スピードが乗っている最中の急ハンドルで車は後輪をすべらせながら右方向に曲がった。その後部座席が雷のような轟音を伴って被弾した。衝撃で車体がガクンと上下する。建物の陰に入って敵の銃撃をやり過ごす。そこを数十メートル進んで今度は建物の角を左に曲がる。そして車道ではない狭い通路をすっ飛ばした。風がダイレクトに流れ込んでくる。

「回り込みます」と、青年は冷静にそう言うと、足元から何かを取り出して運転席の窓から手を出した。そして右手一本で左折する。曲がったところで正面には先ほどの有人ロボットが現れた。それがこちらの接近に気付いて体勢を整えようとする。その脇を蛇行しながらすれ違う。とそこで青年が窓の外に何かを放った。というよりも落とした。まるで飲みかけの缶コーヒーを窓の外に捨てたような具合に。

車はスピードを上げて離脱する。

「今のは?」と、今枝が振り返って後方を確認する。

 見ると青年の放った缶のようなものが有人ロボット2機の間に転がっている。そして爆発。それも相当の火力だ。真っ赤な炎は一瞬で、直後に真っ黒な煙が急激に膨らみ、周囲を一気に飲みこんだ。爆音が耳をつんざく。爆風と熱が追いかけてくるようだ。

 爆発の威力を目の当たりにして今枝が驚く。

「いつの間にそんなものを……」

「勿論、売人からです。今枝さんが銃を選んでいる間に仕入れておいたんです。陽動に使えるかと思って」

「呆れたもんだ。まるっきり戦争じゃないか」

 爆弾で対抗する青年も青年だが改造した有人ロボットで攻撃してくる敵も大概だ。

「俺達は招かれざる客かもしれんが機銃の洗礼とはな。どういう組織だよ」

「客を追い払うだけなのに大げさですよね」

「イカれてやがる。お前さんも含めてな」

 今枝はそういって苦笑いを浮かべる。

 青年はそれには応えず含み笑いを浮かべている。

「あの建物です。あそこの地下が本部に通じています」

 青年は赤いビルを目前にして車を止めた。そして車を乗り捨てて青い屋根の建物に向かうという。

「なんだ。このまま突っ込まないのか?」

「本社ビルの正面は封鎖されています。別ルートで地下に潜りましょう」

 車を降りた時に今枝は傷だらけの車体を眺めて感心した。

「よくぞここまでボロボロにしたな。アンタ名人だよ。車のメーカーから表彰されるぜ」

「これも良い経験です」

 そう言って青年が歩き出した。その瞬間、銃声と「うっ」という青年の呻き声がほぼ同時に生じた。今枝が反射的に銃を抜き、撃ってきたと思われる方向に目を向ける。

「建物の陰に隠れろ!」と、今枝が怒鳴る。

 青年は顔を歪めてふくらはぎを押さえている。

「急げ!」

 今枝は姿勢を低くしながら弾の飛んで来た方向に向かって牽制気味に発砲した。

 足を引きずりながら青年が建物の低い位置にある小窓に近付く。そこから中に入れそうだ。

「こちらから地下に入りましょう」

 今枝が後退しながら青年に追いつく。そして小窓に発砲してガラスを割る。

「行け! 早く!」

 青年は転がり込むように割れた窓に身を投じた。彼の足から垂れた血が点々としている様を見て今枝が険しい顔つきになる。

「どうなっていやがる……」


   *  *   *


「ここ……入口ッスよね?」と、井深はハンドルに両手を乗せて困惑した。

 工場入口のゲートは半分しか開いていない。ところが車止めのバーは折れているし案内用パネルのモニタは何者かに破壊されている。かといって警備員の姿も無い。刑務所のような高い壁で周囲を囲っておきながら肝心の出入り口がこの有様では誰でも中に入れてしまう。

 助手席の矢内原が端末を操作しながらいう。

「緊急メンテナンスで3日間の完全休業だそうだ。お問い合わせはコールセンターまで、だとさ」

「マジッスか? 日本じゃ考えられないッスね」

「それにしても妙だな。本当に誰も居ないのか……」

 矢内原は当局の担当官にここに来ると告げた時のことを思い出した。オランダ人の担当官は明らかに『面倒なことはしてくれるなよ』という顔つきだった。

「どうします? 出直した方がいいッスかね?」

「いや。さっきの煙も気になる。取りあえずこのまま進もう」

 ここに来るまでの間に遠目にではあるが煙が立ち上っているのが見えたのだ。

「大丈夫ッスかね」

「構わん。中に入れば警備の人間ぐらいは居るだろう」

 矢内原の指示で井深は恐る恐る車を進めた。ゲートを抜けると3方向に道が分かれている。似たような作りの建屋が並んでいるのだが、どちらに向かえばよいのか分からない。

「とりあえず右だ」と、矢内原が右方向の真っ直ぐな道を示した。こちらは右手に壁、左手には建屋が連なっている。

 道なりにしばらく走ったところで井深が急ブレーキをかける。

「ちょっ! 何スか? あれ!」

 井深が発見したのは建物の壁に頭から突っ込んだ状態の有人ロボットだった。

 車を降りて井深がそれをしげしげと眺める。

「ありゃ? 先輩、スケルトニクスッスよ!」

「何だって?」

 語尾にスをつける癖のせいで井深の言葉は時々聞き取り辛い。

「パワードスーツッス! 外骨格式拡張ロボットですってば」

 矢内原も近づいてみる。

「どうやらそのようだな」

「うわぁ、壊れてるッスね」

 有人ロボットは見るからに使い物にならない状態だった。逆さまになった運転席は開放されているが操縦者の姿は無い。

 矢内原が怪訝そうに言う。

「なんで放置しているんだ? こんな状態で……」

 周囲を見回すが異様なまでに動きが無い。近くにはタイヤのスリップ痕が残されている。それも真新しいものだ。ということは事故直後だと思われる。それなのになぜ誰も対処しないのか不思議でならなかった。

「先輩! あっちでまだ煙が上がってるッスよ!」

 井深が指差した方向に目を向けると微かではあるが煙の存在が目視できる。

 早速、車に戻り、今度は煙の見えた方向に車を走らせる。すると問題の場所は直ぐに見つかった。現場に近付くにつれ、はっきりと煙が確認できる。前方に黒い塊が2つ、それぞれが激しく燃えている。

「先輩! あれ!」

 井深は出来る限り近くまで寄って車を止めた。すでにこの時点で焦げ臭い、それも金属が燃える臭いが充満している。

「爆発か……」と、矢内原が車を下りながら呟いた。

 黒い塊を中心に地面が焼けた痕跡が残っている。それが円の形になっていることから、燃えている塊がそれぞれ爆発したのではなく、爆発に巻き込まれたとみるのが妥当だと思われた。

「うえっ! くっせえ」と、井深が鼻を摘まむ。

「建物に引火する恐れはなさそうだが……これも放置か。この工場はどうなっているんだ? どうして誰も消火に来ない?」

 黒焦げの塊に接近しようとして矢内原の足が止まった。

「これも有人ロボットだぞ!」

「え! マジッスか!」

 操縦者のことが頭に浮かんだが直ぐに手遅れだと思われた。それほどまでに燃え方が酷く原型を留めていないのだ。

「な、何があったんスかね……」と、井深が鼻を摘まみながら半泣きの顔になる。

 しかし、矢内原は口元を手で押さえながらギリギリまでロボットの残骸に近付いた。そして、見る方向を変えながらしばらくそれを観察する。その後、矢内原は何度か頷くと井深の所に戻ってきて呆然としている彼の肩をポンポンと叩いた。

「操縦席が開いている。どうやら脱出したようだ」

 それを聞いて井深が脱力する。

「マジッスか……良かったッス」

「なんだ。グロテスクな映像は平気なクセに」

「そりゃファントムと現物はまったく違いますってば。けど、何で分かったんスか?」

「人が焼けた臭いじゃなかったからだ」

「うえっ! もしかして……経験あるんスか?」

「まあいいじゃないか。取りあえず死人は出てないようだし」

 そう言って矢内原が安堵の表情を浮かべた瞬間に銃声が聞こえた。そして矢内原の足元で何かが跳ねた。

「何だ!?」と、矢内原が硬直する。

 続いて2発目、3発目の銃声が響く。それが井深のすぐそばの地面を抉り、もう一発は車のドアに命中した。2人が慌てて車の陰に隠れる。が、銃声は止まず、何発もの銃弾が車に撃ち込まれる。それも最初はパラパラだったものが徐々に激しさを増してくる。

「先輩! ど、どうします? 警察だって言った方が良くないッスか?」

「バカ言え! 手遅れだ」

「オランダ代表のユニフォームでもダメッスかね?」

「ふざけるな。蜂の巣になりたければ止めんが」

「うわぁ、やっぱ勝手に入ってゴメンなさいッス!」

「問答無用だな。仕方ない。走るぞ!」

「ええっ! 無理ッス」

「いいから黙ってダッシュだ。しっかりしろ。サッカー部」

 まずは矢内原が一番手前の青い屋根の建物まで全力で走り、続いて井深が追いかけてくる。井深は無我夢中で矢内原を追い抜き、先に建物の陰に到達した。そこに矢内原が追いつく。

 呆れたように矢内原がいう。

「大した逃げ足だな」

 そういう矢内原の息はあがっている。

「先輩、運動不足ッスよ。最近、バスケは?」

 井深も息切れしているが矢内原ほどではない。

「いや。試合から……相当……遠ざかって……いる」

 肩で息をする矢内原にはそう答えるのが精一杯だ。

 取りあえず銃弾の雨からは逃れられた。ただ、ここが安全とは限らない。2人は青い屋根の建物に沿って高いビルの見える方向に駆け足で向かった。

 建物が途切れた所で右手に乗り捨てられた車を発見した。見るからに事故車両だ。

「先輩、そこの小窓! 開いてるッスよ!」

 井深の言う通り低い位置にある小窓は人間が通れるような大きさに割られている。

「先輩、中に入れそうッスよ」

「仕方が無い。一時凌ぎかもしれんが外よりはマシだろう」

 小柄な井深が先に窓を潜る。続いて長身の矢内原が足を挿し込み、苦心しながら身体を折り曲げて小窓を通過する。そうやって何とか潜り込んだ建物内は普通の工場だった。中央に船のエンジンのような大きな装置が縦に4台並んでいて、その周囲をベルトコンベアがぐるりと一周している。所々に中型の機械がベルトコンベアに接していてそれぞれに複数のアームが設置してある。今はどの装置も稼働していないがオートメーション化が進んでいると思われる工場内は非常灯の青白い明かりに照らされて不気味な沈黙を守っているように見える。

「先輩。そこから地下に降りられそうッスよ」

 井深が見つけたのは金属製の階段だった。取りあえず薄暗い階段を下に降りていく。フロアにして3階分ぐらいは下っただろうか。階段を下りきった場所は何本ものパイプと大型機械が入り組んだ場所だった。まるでツタが建物に絡みつくみたいにパイプや配線が機械の表面に張り巡らされている。動きを止めた大型機械は何を目的にしているのかさっぱり見当がつかない。ベルトコンベアの上に製品や部品の姿は無い。どこからともなくモーター音が聞こえてくる。機械と機械がどのように接続されているのか、どこまでが一体化した装置なのかも判然としない。さらにはそれぞれの機械が様々な光を好き勝手に点滅させている。メーターやスイッチを照らす緑もあれば危険部位を警告する赤が点滅している。そのカオス的な様子は、ここが宇宙船の内部だと言われても信じてしまうような空間を形成している。

 井深は物珍しそうにひとつひとつ装置の造りを観察している。

「何を作っているんスかねぇ」

 矢内原が先を進み、通れそうな箇所を選んで闇雲に歩く。すると角を曲がったところで矢内原の前に何か動くものが過った。矢内原が反応するよりも早く相手が機敏に動いた。そのせいで完全に不意を突かれた矢内原は硬直してしまった。

『動くな!』と、銃を構えた相手がオランダ語で警告する。

 至近距離で鼻先に銃を突き付けられた矢内原が「待ってくれ!」と、両手を挙げる。

 すると相手は銃を構えたまま「何だと?」と、日本語を発した。

 矢内原が相手の顔を見る。と同時に相手も矢内原の顔を注視している。

「日本語だと?」と、先に矢内原が口を開いた。

「まさか……アンタ、日本人か?」と、銃を構えた今枝が尋ねる。

 相手が日本人と分かって矢内原が目を丸くする。

「驚いたな。こんなところで日本人に会うとは」

「こっちこそ。アンタ、何者だい?」

 そういって今枝は怪訝そうに首を傾げた。

「特別捜査官だ」と、矢内原が止む無く答える。

「なんだって?」

 そこで矢内原が端末を翳して身分を証明する。

「警視庁の特別捜査官。矢内原だ」

 銃こそ下したものの今枝はまだ警戒を解いていない。

「何で警視庁の人間がこんな所に……」

 今枝は拍子抜けしたように息をつくと銃を仕舞った。そして提案する。

「まあ、こんな所じゃなんだ。少し移動しようか」

 そういって今枝は左方向に歩き出した。

「そっちが出口か?」と、矢内原がそれに続く。井深は十歩ほど離れてさらにその後をトボトボ歩く。

 今枝は振り返ることなく矢内原の質問に答える。

「いいや。連れが撃たれた。だから休ませている」

 通路ともいえないような大型装置の隙間を通って今枝は奥まった箇所まで矢内原達を連れて行った。一見、行き止まりのようだがそこは小部屋になっていた。小さな丸テーブルを中心にした休憩室のようになっている。が、天井は斜めに低くパイプや配線がスペースの三割ほどを浸食している。そのせいで大人が4人も入れば身動きが取れなくなるぐらいの広さしかない。壁際には八神青年が疲れた顔で椅子に座っていた。彼の右足ふくらはぎは布で縛られている。

 戻ってきた今枝を見て青年が口を開く。

「そちらの方は?」

「警視庁の刑事さんだとさ」

「そうですか。こんなところで奇遇ですね」

 青年は特に驚くでもなく矢内原と井深の方に目を向けた。

 矢内原が天井に頭をぶつけないように屈みながら尋ねる。

「そういう君達は?」

「今枝恭士郎。探偵さ」

「八神浩介です」

「八神浩介? 君が浩介君か!」

 矢内原のその反応に青年が困惑する。それと同時に井深を除く3人がほぼ同時に状況を把握した。今枝は失敗したなという顔つきで首を振り、青年は目を閉じて俯き、矢内原は苦笑いを浮かべた。井深だけは状況が理解できずに3人の顔を不思議そうに見比べている。

 何ともいえない雰囲気の中、矢内原が口火を切る。

「君がここに居るということは、やはり彼女もここに?」

 矢内原の質問に青年がどう回答するのかという目で今枝が青年の顔を見る。だが、青年は素直に頷いた。

「はい。母を追ってきました」

 それを聞いて矢内原が安心したように頷く。

「なるほど。それならここまで足を伸ばした甲斐があった。だが、なぜ我々は攻撃されたんだろう? それが分からない」

「それはこっちが聞きたいよ」と、今枝が閉口する。

「想定外とでも? その割には用意周到なようだが?」

 そういって矢内原は今枝の持つ銃に目を向けた。

「あ、いや。これは護身用で……」と、今枝が言い訳をする。

 それを聞き流して矢内原は青年の怪我を気遣う。

「出血は止まったのか? 痛みは?」

「あ、痛みというよりも痺れは収まってきました。何とか歩けると思います」

「君のお母さんはどこに居る? 恐らくホイヘンス博士と一緒だと思うんだが」

「博士をご存じなんですか?」

「ああ。博士を訪問すれば君の母上に会えるんじゃないかと期待して来たんだ」

「刑事さん。その名前をどこで?」

「君の父上から聞いた。一昨日、八神宗一郎氏に会って話をしたんだ」

「父とですか……ということは父も逮捕されたのですか」

「昨日から事情徴収を受けている。ただ、殺人の容疑ではない」

 それを聞いて青年が「そうですか」と、俯く。

 矢内原が青年と今枝を交互に見ながら尋ねる。

「君達は何の為にここへ?」

 その質問に対して青年は返事をしない。今枝も知らん顔をしている。

 矢内原がさらに質問を続ける。

「途中で有人ロボットの残骸があった。あれは君達がやったのか? それと表の車。あのボロボロの車は君達のものなのか?」

「そうです。止む無くここに逃げ込んだのです」

「ここの連中はなぜ我々を攻撃するんだ? 彼女を庇うつもりなのかな」

 矢内原の質問攻めにうんざりしたように今枝が吐き捨てる。

「俺達は『招かれざる客』なんだよ」

 その様子を見て矢内原が首を振る。

「お察しの通り、我々は連続殺人事件の重要参考人を追ってここまで来ている。その人物と君達がどういう関係にあるのか。それを聞きたいね」

 しかし今枝は「ノーコメント」と、腕組みしながらそっぽ向いた。

 青年は不安そうな目で矢内原の反応を伺う。

 矢内原は自信ありげに「地下の手術室」と、爆弾を投下する。案の定、青年と今枝が微かに反応する。それを見て矢内原は断言する。

「君達も知っているはずだ。南伊豆の別荘を」

 矢内原の言い方は『君達の共犯を疑っている』というニュアンスを含んでいた。そのことがプレッシャーとなって青年を苦しめる。

ふいに今枝が銃を抜き「それで?」と、矢内原に銃口を向けた。

「い、今枝さん!」と、青年が慌てる。

「もし関係があったとしたらどうする? 俺達を逮捕するかい?」

 そういって今枝は狙いを定めた。

 銃を向けられた矢内原は動こうとしない。それどころか怯むことなく冷静に今枝の顔を見ている。

 今枝は冷たい目つきで告げる。

「言っておくが、ここは日本じゃないぜ。刑事さん」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ