002 いかなるときでも、おじぎはし足りないよりも、し過ぎたほうがよい。 レフ=ニコラエヴィチ=トルストイ
それがなにか、と言わんばかりなエフォーの立ち振る舞いだがローブの男たちは言葉の意味を半分も理解出来ずに疑問符を浮かべるが、それを表には出さない。
「郷に入っては郷に従えという言葉を知らんのか。此方の流儀に乗っ取って喋りたまえ」
そしてそんな傲慢な言葉を平気な顔をしてぶつけてくるこいつらは一体なんなのだろうとエフォーは思いもしたが一方的に名乗らせることがここの流儀なのであれば此方も名乗らないのが流儀であると揚げ足を取ることも無く、だからといってこんな悪趣味な民族衣装を好き好んで身に纏う人種の常識なんてエフォーの知識には無い。
そもそも自分はこいつらとコミニュケーションを取る必要があるのか?
という疑問さえも芽生えつつあったが、エフォーはそんな気持ちを飲み込み不愉快な思いをしてでも情報を得たいと思える事柄があった。それは同じ境遇で、自分より窮地に立たされているであろう人達の安否である。
どの位の周期でローブの男達が言うところの『召喚』が行われているかは知らないが、一日に何度も行われることは無いと仮定した上で更に一日一人のペースで強制転送を行っているという仮定を重ねた際の話だが、初期に召喚された人は365日以上に渡ってこのような境遇で生きることを強いられていることになる。
もし十日周期であったならその十倍の月日が経っているだろうし、一年周期であったならそもそも、もう生きてはいない。
ただ、ローブの男の口振りからそれは無いだろう。
ここにはどの位の規模かは分からないが強制転送した人達の収容施設が存在し、そこに押し込めることで同時に大体の人数把握もしているらしいことも聞き取れたし、何よりこの場に居るローブの男達全てが一番初めに強制転送された人のことを知っているようだった。
他人からの言伝ではなく当事者としてその場に居た様な口振りであるのだから、世代交代が起こる程の、つまりは人一人の寿命が尽きる程の月日は経過していないことを意味している。
まあしかし、それでも二年は経過していると考えて明らかな見当違いということはないだろう。
その二年間を勇者と呼ばれた者達がどのようにして過ごしていたかはこいつ等を見ていれば想像に難しく無い。
何故自分が来るのはこんなにも遅かったのだ、自分が一番最初に拉致されていたならば、誰一人の被害者も出る事無くどうにかできたというのに、と心の底から悔やむ心が、尚且つ一秒でも早く見知らぬ人達を救い出したいという心に火を付ける。
エフォーの真っ直ぐで単調な頭の中には最早それ以外なかったし、思考の片隅には極々僅かだが二年という時間の中で得たであろう知識から状況を把握したいという打算もあった。
この場での立ち振る舞いによって得られる知識も少なからずあるだろうが、同じ境遇の人の視点から見た情報も必要だとエフォーは考えているのだ。
(取り敢えず、目の前の奴らからも情報を引き出さなきゃいけない訳だから口答えは避けるべきかな。でも此方の礼儀作法が通じる気はあんまりしないし、適当で良いか)
ここに来る前のエフォーはそういった礼儀作法に必要な場へ出ることは無い事も無かったが、その時のエフォーは一言も喋らない言うなれば壁の花状態で三時間をやり過ごしてきていた為に、こういう場合は取り敢えず誠意を持った対応をすべきだ、なんていう思考には至れなかった。
「私は「機械にして「兵器にして「人間にして「勇者である」」」」エフォー=トナティウ=プラチナハートだよ」
いやコレ絶対郷に従ってないよなぁ、なんて言ってから気が付いたエフォーだが、人間らしい自己紹介なんて求められたことは無かった為に昔仲間内で考えた少年漫画的名乗りをそのまま引用したのである。
ポーズまで決めたは良いが、こんな行動が良い方向に傾くとは思えなかったのだが、ローブの男達の反応は思いの外好感触だった。
「勇者!」
「おぉ、自らを勇者と名乗る個体が現われるとは!」
「これは完全に成功だ!」
自分達の理解出来ない部分のみ聞こえない便利な耳を持つらしいローブの男達を観察しながらエフォーは機会を伺う訳だが、それからしばらくの間は再び勝手に自分達の会話を始めた為、動くに動けずストレスは溜まるばかりで、こいつ等からしてみれば自分が『人の言葉をしゃべる豚』であることは醜悪な心の声がダダ漏れの会話を本来であればもっとも聞かせてはならない筈のエフォーの前で繰り広げている時点で容易に想像出来た。
(さて、どうしよっかな。情報収取したいならコイツ等皆殺しって訳にも行かないし、被害者達の居場所も虱潰しに探すしか無くなる。……けどなあ)
エフォーは元々、我慢強い方では無かった。
自分の思い通りにならなければ癇癪を起すような性格ではないのだが、人の話を長く聞くのは得意じゃないし効率的に物事を進められるなら多少のリスクがあろうともその方法を取るような人間だ。
それ故に後で出来ることを自らの勝手な理由で今すべきことを先送りにしたまましないローブの男達に対するエフォーの我慢は限界が近づいている。
放置されて更に十分が経過した辺りで、相手の思惑に乗るという作戦を取り止めて場所が分からないのならこの場に居る人間全てを殲滅してから一人とっ捕まえて拷問でもなんでもして吐かせた方が余程早いんじゃないだろうかとか、そういう物騒なことを考え始めている。
“すべてをいますぐに知ろうとは無理なこと。雪が解ければ見えてくる。”そんなヨハン=ヴォルフガング=フォン=ゲーテの言葉に習うまでもなく、この場所で得ようとしている情報はこんな胸糞悪い場所じゃなくとも得られるのではないか、とも。
だが一応、十分を我慢したお蔭でローブの男達の話は終わった。
「部屋に案内させる。そこにいる兵士に着いていけ。国王陛下の準備が整い次第謁見することになるから準備を怠るな」
準備と言われてもどうしようもなかろうに、エフォーはその言葉を聞いてこいつ等に何言っても無駄だと悟り、苛立ちは諦めや呆れと言った類の感情に変換されて相手を可哀想な物を見る目で見ないのが大変だとか考える程度には見下して、感情を上下させるだけ馬鹿らしいと自分を戒める。
「君、それを最上の部屋へ連れて行ってやれ」
「ハッ!」
待遇云々とは言っていたが、何故宿屋では無いだろうに部屋のグレードが決まっているのかという若干論点のずれたことを考えている内にローブの男達がエフォーを置いて去ると、一人の兵士が言った。
「おい、こっちへ来い」
「あー……はいはい」
“いかなるときでも、おじぎはし足りないよりも、し過ぎたほうがよい。”とレフ=ニコラエヴィチ=トルストイは言ったが、真面な返事が返ってこないのだから、真面に返事をする必要もないだろう。
無駄に偉そうな鎧の男の言葉に従ったエフォーは今しがたローブの男達が出て行った扉の前に立つそいつの元へ歩き出す。
歩きながらも今後をどうするか考えて、まず最低でも我慢した分の元は取り返したいとエフォーは思う。一時間にも満たない我慢に見合う情報など本来であればたかが知れているであろうが、自らが報酬を手に入れる為に動くのだからそんなことは全く関係ない。
出来る事なら帰還方法も模索したいのところだが、その辺の情報は余り期待出来ないだろう。
あの魔方陣とやらはどうにも一方通行臭い、何故なら設置型であるあれはこの場所にあるただ一つだけしか存在せず、自分はあの魔方陣から出て来たらしいということを考えれば、戻る際に必要な魔方陣は自分の帰るべき場所に無ければならない事になる。
けれども、当たり前のようにエフォーが帰りたい場所に魔方陣は無い。
当然だ、このようなオカルトが日常であるかのような会話をするようなキチガイはただの一人もいなかったしローブの男達はコレが自分達オリジナルだと言っていた。
テンプレートに基づいていたものならオカルトや眉唾物として存在している可能性だって万に一つは無いかもしれないが兆に一つ位はあったかもしれない。
が、この世界でも理屈や原理として生まれたばかりのモノならもう駄目だ、こんなにも違う文化の中で出て来た新しいモノが既に此方側に存在するだなんて、有り得る筈が無い。
「何だその返事は!」
鎧の男の前まで歩いたエフォーは、突然顔をグーで殴られた。
鎧の男の前まで歩いたエフォーは、突然顔をパーで殴られた。
↑にしようかと思って止めた。
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