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掌編作品(1~4000字)

縁側ライフです。

作者: はなうた
掲載日:2013/10/19

 僕の家の南端にある廊下、そこで足の爪を切っている。

 ウチの家族はその場所を「縁側」と呼ぶ。日差しがよく入るので、晴れの日は冬でも暖かい場所だ。

 ガラス戸の向こう側には、苔の生えた小さな石庭。その石たちに守られるように、一本の梅の木が佇んでいる。

 十七年間その景色を見てきたけど、未だに飽きが来ない。まさに絶景だ。


 季節はようやく春の空気を町に送り込んできた。今日は土曜日。相変わらず心地よい日差しが降り注いでいる。

 僕は大きく伸びをしてみた。思わず後ろに仰け反ってしまい、柱に後頭部、ちょうどつむじの辺りをぶつける。


「い、痛たた……」


 だけど、今日はそんな痛みも心地よい。


 今週は何かと忙しかった。何が忙しかったかなんて思い出せない程、忙しかった。ただ、今日と明日は学校もお休み。のんびりと爪切りができる。

 今はそれで十分だ。


 少し癖になり、何度か柱に頭をコツコツさせた。その後、下に敷いた新聞紙の上に右足を置く。そして親指に爪切りの刃を添えた。親指の、一見強く見えるその爪も、爪切りによって無残に身体から切り離される。


「ありがとうな……」


 こんな言葉が出たのは、単に今日機嫌が良いからだけではない。役目を終えた爪に対して、感謝の気持ちがあったから。


「よく逃げ出す人の足は、深爪にするの。足の爪がないと、立つ時に力が入らないからね」


 以前、老人介護施設で働く姉がそう言っていた。

 そう。この爪は僕が立つ事、歩いたり走ったりする事を影から支えてくれていたのだ。

 左足を見る。

 僕と共に生きている爪、つい先程死んでしまった爪を見比べ、「生」と「死」はこんなに近くにあるんだと実感させられる。


 ふと、「メメント モリ」という言葉を思い出した。


 ラテン語で「自分がいつか死ぬ事を忘れるな」という警句だ。古代のローマ人たちは「陽気になろう。我々は明日死ぬのだから」と言って士気を高めていたとかいないとか。



「まーた、こんなとこにいるよ~。呑気に爪切りなんかしちゃってさ」


 姉だ。住居用ワイパーを片手に持ち、僕を見下げていた。ほんと、見た目は小柄で僕より下にさえ見えるのに、口を開けばやはり口うるさい姉なんだと実感する。


「色々考えながら切ってたんだよ」

「へぇ~。何考えてたの?」

「……特には」

「やっぱ考えてないんじゃん。あんまりボーっとしてると指切っちゃうよ?」

「わーってるよ」


 何考えてるかなんて……こっ恥ずかしくて言えやしない。


 ガラス戸の外、梅の木が白い花で着飾っている。そこから、数枚の花弁が儚く落ちていく。

 枝に一羽の小鳥がとまる。あれはメジロだろうか。緑色の頭を動かし、一生懸命花の蜜を吸っている。

 僕たちは皆いつかは死ぬ。だからこそ「今」を楽しく生きていきたい。


「終わったら早くよけてっ。そこも掃除するから」

「へいへい」


 姉に追い払われる形で、急いで新聞紙を丸めて立ち上がる。


「いっ、痛っ!」


 足の裏に小さな痛みが走る。見てみると、さっき切った爪の一つだった。


 役目を終えたはずの爪も、今を生きようとしているのかもしれない。


 そんな事を思わせる、春の日の縁側だった。



掌編、短編含め、私の四作目です。

『縁側でライフですについて考える』というのがタイトルの由来です(汗)


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