俺の田んぼを荒らすんじゃねえ!
おれは案山子。少なくとも100年以上生きている。案山子が生きてるって変じゃないかって?おれもそう思う。だがある日気がつくと意識を持っていた。動けない俺のところにたまに来る透明でよくわからないものに尋ねたところ、俺のような物のことを付喪神と言うんだそうだ。
だが付喪神になって意識を得たとしてもやることは変わらない。俺は一日24時間、来る日も来る日も田んぼを守り続けた。案山子だから眠ることもない、休む必要もない。冬は暇だったが、やがて来る春を思いつつ、じっと立ち続けた。
田んぼの持ち主達は俺をとても大事にしてくれた。大風で倒れればすぐに元に戻し、どこかが壊れれば綺麗に修理してくれた。それに応えて俺は田んぼにやって来る鳥や獣を排除した。俺が威嚇すると大概のやつは驚いて去って行くのだ。きっとそれが付喪神としての俺の能力なんだろう。毎年毎年、田んぼが豊作なのを見ておれはとても満足していた。
田んぼは親から子、さらにその子供と何代にも渡って受け継がれて行き、俺は案山子としての職務を遂行しつつ、ただそれを見守った。
どうやら俺は田んぼの守り神として大事にされているらしい。豊作を呼ぶのだと。だが俺がやっているのは害獣の排除だけ。それとも豊作も俺の力なんだろうか?わからない。だけど感謝されるのはとても嬉しいことだ。ますます職務に励もうという気になる。
だがある時、周辺が騒がしくなった。遠くに見える村々が夜だと言うのに明るく染まり、村人達や田んぼの持ち主、その家族たちがどこかへ走っていくのが見えた。
付喪神とは言え、ただの案山子である俺には何が起こっているかよくわからない。このようなことは100年の人生で初めてのことだ。
やがて見慣れない服装の団体が大勢やってきた。他にやることもないので眺めていると、そいつらが田んぼに踏み込んで来た。収穫まであと少しという大事な俺の田んぼにだ。
田んぼはどんどん踏み荒らされていき、俺の怒りは頂点に達した。
「俺の田んぼを荒らすんじゃねえ!」
そいつらは驚いて立ち止まったが、すぐにまた田んぼを荒らし始めた。もはや許すことはできない。
俺は体を動かし、田んぼに刺さった棒を引っこ抜いた。もちろんすぐに倒れた。案山子は自立できるようには出来てない。だが、そんなことはその時はどうでもよかったのだ。この不届き者達をなんとしても排除しなければならない。
俺はすぐに体の動かし方を習得し、飛び上がってやつらに襲いかかった。ジャンプしてはやつらの上に棒で着地する。それで大抵のやつは大人しくなった。たまに鉄の棒で殴りかかってくる奴がいて、体を傷つけられるがすぐに打ち倒してやった。
気がつくと田んぼには動いているやつは一人も居なかった。俺は満足してその場に倒れた。もう体を動かす力はかけらも残っていなかった。
しばらくすると田んぼの持ち主が戻ってきて、俺を元の場所に戻してくれ、壊れた箇所も修理してくれた。
いい仕事をした。そう思いつつ、俺はここ100年来で初めての眠りについた……
そうして案山子さんは二度と目覚めることはありませんでした。終わり。