森の中の王道じゃない出会い
遅くなりました
駆けつけた先で見えたのはまさに戦闘の真っ只中だった。
二人の武装したプレイヤー、おそらくウォーリア/ソードマン&ランサー。
鍔の広い日本刀にも似た片手剣に、腰から据わるように構えた槍を持った男たち。
人相からして片方は<ヒューマン/純人>だが、もう片方は狼面をした<アニマルカラー/獣人>。装備からして鉄製の鎧を着けている、明らかに駆け出しではない連中だ。
それに対峙しているのは一人の男だった。
大柄な体躯、俺たちとあまりレベルが変わらないのだろう。レザーのスーツの上に、ブロンズシリーズの甲冑を肩、胸、背に着けている部分鎧タイプ。軽装備タイプ、ライトウォーリアと呼ばれる戦士タイプか、俺たちとあまり変わらないレベルに見える装備類。その背後にレッドゲージ近くまでHPバーが削れた駆け出し装備の軽装甲を纏った少女が倒れ、それを必死に揺り動かしながら怯え竦んでいる術士系の少女の姿。
おそらくレベル上のウォーリア二人に襲われ、前衛の仲間がノックアウト(失神状態)されたところで、助けが来たのだろう。
絵に描いたような場面、どこかで見覚えがあるような、どこでも起こりえるような光景。
だがしかし。
目に飛び込んできたのは――割り込んだそいつが装備している武器だった。
「う、ぉおおおおおお!!!」
ソードマンが踏み出し、刀尖を繰り出す。AGIを上げているのだろう鋭い動きに、ブレることなく刃が男目掛けて突き進み。
――かき鳴らすような金属音と共に刃が弾かれた。
"男が両手に構えたトンファーによって"。
「ちぃい!」
滑るように弾かれた刃、それが旋回するように半身になった男の横を流れたのを見て、後ろに構えていたランサーが踏み出す。
加速。
草木の茂った地面が軋む、爆発的な速度による突撃。
《チャージ/突撃》。ランサー系の取得スキルによる方角固定型、刀尖を前に構えた攻撃。
前にいるソードマンすらも下手すれば巻き添えを食うほどの勢い。現にたたらを踏んでいたソードマンを弾き飛ばして、かすむような速度で突き込んできた刃は衝撃エフェクトをも纏っているのか、空気が荒れ狂う爆発音を迸らせて。
「――ァ、ガード!」
機械的な音声が、その時初めて響いた。
その声と前後して空気が爆ぜた。肉を裂き、骨を砕い音か?
――否。
「ッ、にぃ!?」
それは完璧に決まっていたはずの刃が捌かれた音。
金属性の根の先端が刃を受け止め、火花を散らしながら滑らせ、地面に流した。
言葉にすれば単純なそれがどれだけ凄まじいことなのか、このゲームの体験者でなければ分からないだろう。
このフロンティア・ワールド・オンライン――通称F・W・Oにおいて極一部のスキルを除いて、他種のVRMMOと違い動作にシステム・サポートは存在しない。動きの早さ、力強さ、身体能力などはステータスによって上昇はしても、その動きをシステム的にサポート、制限することはない。
一部の挙動、銃を構える、踏み込みを加速する、空中の軌道を制御する、弓を構える、武器を適切に握らせる。各所各所にて適切に、必要最低限の動きをサポートするだけであり、"その戦闘の動作は殆どプレイヤー自身の技量に依存する"。
故にレベル的に格上だろうソードマンの斬撃を捌き、続くスキル込みのランサーのチャージを凌ぎ切った動きは、彼の実力そのものだ。
只者じゃないと戦慄するのは十分であり――
「――トンファァアアアアア」
次の瞬間、繰り出された"一撃"に驚愕した。
「キィイイックッ!!」
打撃音と共にランサーの顔面がのけぞり、ぶっ飛んだ。
男が繰り出したキックの一撃で高々と舞い上がった。
「えっ」
「えっ」
俺とトルキンの声が被った。
だが見ている間にも彼の体が旋回する、両手に握っていたトンファーが上空に投げ上げられ――、えっ。
「トンファァアアア」
相方が蹴り飛ばされたのに動揺したのか、それとも上に投げ飛ばされたトンファーに目を向けていたのか。至近距離にいたソードマンの手が男に掴まれて。
「キャッチ! そして、パンチ!」
殴られた。腰を入れたパンチが容赦なく顔面を殴打した。
削れるHPゲージ。だが、それはレベル差のためか精々数パーセント程度の減少だったが、男の動きは止まらない。
腰を捻るようにソードマンの足を踏みつけ、流れるように殴った手の平がその肩裾を掴みながら旋転する。
「エルボー!」
えぐくぶち込まれる鈍い音と共にソードマンの体が錐揉みを打ち、衝撃に醜く歪んだ剣士の顔がさらに歪んだ。
「パンチ!」
さらに返すフックが無防備に開かれた腹部が叩き込まれ、衝撃でソードマンの体が浮き上がる。まるで格闘ゲームのような光景、だがしかしその動きは止まらない。・流れるように男の背が低く沈む、「トンファァアアア!」 と叫びながら踏み締めた靴底が軋む。
「ごぶ!? てっ――」
凄まじい速度で跳躍する体、アクティブスキル《ジャンプ》。スタミナを消費し、その身体能力と重量に依存する跳躍能力の発動。
至近距離、逃げ場なし、密着するほどの間合い、そこでジャンプを行えばどうなるか?
――結果。
「タックル!」
轟音と共にソードマンが吹き飛んだ。
足から肩へと加速したかち上げタックルが直撃し、立ち上がろうとしていたランサーを巻き込み、放物線を描いてぶっ飛んだ。
茂みを砕き散らし、奥に存在していた木々を軋ませた。
そして、後に残った男は両手を上げて、落下したトンファーを掴んだ。
「これが、トンファーの力DA!」
ギュイーンとカメラを輝かせながら告げる男――否。
両腕の二の腕から先を負おうメカメカしい外観、頭部全体を覆うくすんだ藍色のヘッドパーツに赤色のスリッドアイ、胸部から盛り上がっている機械状のパーツに覆われた半生体半機の種族、<ロボテック>。
それがシャキーンとポーズを取った。
だがあえて言わせて貰おう。
――トンファー関係ねええええ!!
叫びを上げたかった、だがしかし寸前で自重した。横目で見るトルキンもバシッと口元に両手を当てて我慢していた。
俺たち偉い、思わずそう考えるぐらいの奇跡だった。
(なあ、あれ放置しておいていいんじゃね?)
正直助けに入らなくても勝手に倒してしまいそうなぐらい強い、マジ強え。怒りを迸らせながら起き上がり、聞くに堪えない罵倒を発しながら襲い掛かってくる二人のプレイヤーを、ロボテックのトンファー使いは金属音を響かせながら捌き、打撃音と共にあしらい、受け流し、戦っている。
その動きは遠目から見ている俺の目から見ても、明らかに格が違う。ネタにしか思えない阿呆だったが、アホみたいに強い。
もうあいつ一人だけでいいんじゃないかなぁ。
(いや……あのままだとまずい)
(あ?)
(上を見ろ、頭上を)
そう言われて気付いた。ロボテックの男のHPゲージと、PKプレイヤーたちのHPゲージの表示に。
そして、理解した。
あのままだと、あのロボテックは――負ける。間違いなく、ゲームシステムによって。
何故ならば、彼の攻撃を、あの怒涛の攻撃を浴びてもなお、相手のHPは三割も削れていない。一撃一撃をぶちこんでも、直撃させても微々たるゲージしか減らず、そのくせほぼ完璧に等しいガードや、受け流しを行っても、その接触のたびにロボテックのHPゲージがガリガリと減少していく。
本来その一撃一撃は彼を半死半生にさせるぐらいに重い斬撃や刺突なんだろう、それを見事なガードや受け流しで避けているからこそあの程度で済んでいる。
本来なら勝つのはあのロボテックだ。
だがしかし、ゲームという枠が、駆け出しレベルとおそらく中級クラスのレベル差がそれを踏み躙っている。
あの状態で勝つとしたら急所への一撃でクリティカルを出すか、首や頭部などへのノックアウト出しぐらいだろう。
おそらくそれはあのロボテックも分かっているんだろうが……
(うかつに攻め込むと、後ろの二人に回りこまれる、か)
ロボテックが一歩追撃に踏み出そうとすると、対峙するPK共がにやついて距離を離そうと後ろに下がっていく。
そのまま踏み込めば片方が足止めをして、もう片方が少女たちを襲うという流れなんだろう。それが分かっているからロボテックも踏み出せず、少女たちの少し前を陣取るしかない。
解決策としてはさっさと少女たちが逃げ出すべきなんだろうが、片方は失神中らしく起きないし、引きずっていこうにも術士系らしいスタイルに素早い動きは無理そうだ。というか、遠目から見ても逃げるという発想が思いつかないぐらい、へたれ込んでる。
故に、あの状況は嬲り殺しだ。
このまま放置すればロボテックの男はいずれ力尽き、守られていた少女たちはPKされる。いや、デスペナルティがこの状態でどうなっているかわからないが、それだけならまだいいかもしれない。
考えるに最悪なのは。
――"感覚セーフティーがOFFの現状で、殺されないこと"。
「……トルキン」
「なんだ、ビリー?」
小声で呼びかける、それに応える友人。
その目は俺が言おうとしている内容に、分かっていると言っていた。
だから。
「やるぞ、助ける」
「了解だ、相棒」
インベントリから予備の銃を取り出す、ガンホルダーに次々と差し込む。
トルキンが静かに足を鳴らす、同じくインベントリから取り出したアイテム[ロープ]を靴に巻きつけていき、それが終わると眼鏡を外した。
本気で動く時の動作。
それに俺は息を吸って、作り物の匂いを嗅ぎながら言う。
「ちょっくらヒーローになろうか」
「それはいい」
アクティブスキル:《隠蔽》、スカウトにおける敵対者、他の人間のターゲッティングに時間制限つきで反応しなくなるスキルを発動させて、トルキンが跳躍した。
同時に俺も走り出す、派手に、目を引くように。
さて、覚悟を決めますか。
次回バトル決着。
アタマのおかしい変態たちの戦いです