当日のこと 【Ⅶ】
この家は、【犬神神社(いぬがみ じんじゃ】という神社と繋がっている二階建ての見た目、日本人になじみのある和風の家とでも言った所。
敷地内に小さな庭や池、それに縁側などもあって、居心地は個人的に最高だと思う。
この家に住んでいるのは、蘆屋斎蔵さんと蘆屋小夜李さんそれに自分だけで、付け足して言うのなら、この神社で祭っている神様も入っているといえる。
玄関で、デザインがほとんど入っていない白い紐靴を履いてから、少し大きめな声で挨拶をする。
「行ってきます!」
「気をつけてくださいね~」
と、小夜李さんからの優しい返事がすぐに返ってきたので、玄関の引き戸を、ゴロゴロゴロ、と引いて、外に足を生み出していく。
これはこの先、生きてゆく人生の中では小さな一歩でも、今の俺にとっては、入学式に遅刻するかしないかの、大きな一歩である!
なんてね。
「――でも、今日は確か入学式で新入生の登校時間は少し遅めになっていたと思うのですけど」
その時、あまりよく聞き取れなかったが、小夜李さんの声がかすかに聞こえたような気がした。
「ワンッ! ワンッ!」
玄関から出て犬神神社の前を通る時に、犬神神社の正面に置いてある賽銭箱の方からこちらに向かって半透明の犬が元気いっぱいに吠えている。
何というか、その犬こそ、この神社で祭っている犬神様である。
犬神様は、その名の通り神様だ。
犬神様は、顔から口までが少し長く、体長が体高よりすこし高く、体は全体的に茶色をメインにして、首の辺りに立派なマフラーみたいに白い被毛が生えており、垂れている尻尾は尻尾の先に行くに連れて茶色から綺麗に白色へと変わっている。腹部の被毛が、少し黄茶色がかっており、後ろ足の被毛の方が全体的に少し焦茶色がかっている。
名前を、シェル、と呼ばせてもらっている。
シェルの犬種はたぶんシェットランド・シープドックだと思っている。
ただ、見た感じはシェットランド・シープドックと変わらないのに、そのシェットランド・シープドックという犬種の平均体格のざっと五倍くらいあり俺と頭の位置が殆ど変わらないという。
やはり犬ではなく神様だ……。
シェットランド・シープドックは、小さいころ、近所の女子が飼っていた犬の犬種らしく、一目ぼれだった……。
いや、その近所の女子ではなくて、その女子が飼っていた、可愛らしい犬の事だからな!
心の中で、そう一人で叫んでいると、シェルが、その体の大きさに似合わない、身軽で俊敏な動きでこちらに向かってくる。
「ごっ、ごめん、今日は急いでいるから今は構ってやれないよ……」
誰にも気づかれないように、さりげなく小さい声で、近寄って来たシェルに言う。
いまだに、この家の人には、自分の力と体質のことを言えていない。
というより、まだ誰にも打ち明けたことは無い。打ち明けようとも思わない。
だって、怖いから。嫌われるのが、恐れられるのが、軽蔑されるのが、怖いのだと思うから。
「ワンッ!」
シェルは尻尾を揺ら揺らと揺らして、こっちを向いている。
「ぬぅ。じゃ……今日は早く帰って来るから、久しぶりに散歩でも行こうな」
「ワンッ!」
「あぁ約束な」
俺は、最後に、小さく呟くと、シェルに背を向ける。
でも、もう一度、大きくて愛らしい神様の事を目に焼き付けておきたくなったので、そっと振り返った。
シェルはまるで、帰ってくるまでここで待っているからね。というように、ちょこんとお座りをしている。先ほどまではすぐそばに居たはずなのに、今は、少しばかり距離が在ったはずの賽銭箱の所で。
うっ。ちょっと不気味だ。
シェルはこの犬神神社の外には出れないらしい。
俺が、毎回鳥居の近くまで行くと、いつも自然と距離をとっていて、それ以上近づこうとはしない。
だから、散歩と言っても、この神社、それか、この家の敷地内をフラフラと歩くだけなのだけど。
ちなみに性別は不明である。いや、そもそも、神様に性別も何も……ないのかな? とさえも思ってはいる。
その少し悲しくも可愛らしい姿を横目で見ながら、全力疾走で神社の鳥居を通って、そのすぐ先にある石階段を、トントントン、と、降りていくのであった。
―登場人物―
犬坂 風季 (いぬさか ふき)
蘆屋 斎蔵 (あしや さいぞう)
蘆屋 小夜李 (あしや こより)
それに、
犬神様 (シェル)《シェットランド・シープドック》
―以上―