仮見学の一日目 【Ⅴ】
だらぁ~だらぁ~と、ゆっくり、ゆったりと、話が進んでい……かないという真実にうろたえる作者、犬です。
◎ ◎ ◎
まず、はじめに結果から言わせて頂くと、勝った。
最初、勝てるわけがないな、と思いながら野口先輩のオセロを少しずつ返していた。いつものように、いつものやり方で。
中盤で角を一つ取った。続けてもう一つ角を取ることができた。オセロでいう角は、将棋でいう飛車や角行、チェスで言えばクイーンかな? とにかく角を取れば確実に取った側が有利になる。
そんな場所を中盤で二つ取れたことに自分でも驚き、正直かなりの野口先輩を疑った。もしかして手加減されているのかな? と。
こちらは新入生だし、野口さんはとても人のよさそうな顔をしている、この人なら自然と年下の相手に手加減をしてしまうこともありえるよな。
そう考えた事もあったけど、オセロの基本と云えばいいのだろうか? その状況で何処に打てばいいのか、そういう点はきっちり抑えて野口先輩はオセロを打ってくる。ミスと思える所もなく、淡々とこちらを攻めてきていたので、手加減はしてなさそう。そう自己判断をさせていただいた。
俺と野口先輩は、アルミパイプと木の板で作られた机と椅子を二脚ずつ、横にした二脚の机を合わせて、お互い向かい合い、椅子に腰を下ろしている。
合わせられた机の上には白と黒のオセロで埋まったオセロ盤が一つ。気まずいと思って激しく自分を責める。何で勝っちゃったのだろうか? いや、そもそも何で先輩と勝負を? とても気まずい……とても話し辛い……。
こちらから会話の種を蒔くことは無理だなぁ。と判断して、野口先輩が口を開くのを無言で待つことにする。
オセロでいうその人の実力を簡単に分けるとすると、初級、中級、上級となる。あくまで自分論なのだけど……。
初級者は、ただ相手のオセロを返す事だけ考えて打つ人の事。
中級者は相手の打つ場所と、打たれたら何処が、どう相手の色にひっくり返ってしまうのかを考えながら、奥深く考えながら打っていく人の事。
上級者は、前者の二者の努力を殆ど無駄にするようなスキル。ようするに、すでに最初の数手でまず何処へ打ち、そして相手のオセロを返す、そうしたならほぼ勝てる。そんな勝利への秘訣というものを会得している人の事。
野口さんはその中級者の中ぐらいの方だと思う。相手の打つ場所を見て、次に相手が仕掛けてくるポイントをしっかりと抑えてくる。
こちらが角を取るまで何度も、ドキッ、とさせられていた。角を一つ、二つ取った後も殆ど思うようには進んでくれなかったのだけど。
……あぁ……。なんだろう、少し自分に誇れることがあり、それを活用することが出来たからといって、物事を上から目線で考えてしまっている俺。そんな自分を最悪だな、と心の中で悔やんでいると、野口先輩が苦笑しながらこちらに話しを振ってくる。
野口先輩と真っ向から目を合わせてまじまじと会話をする事は、今この時が始めてなのだと思い、その話に耳を傾け、聞き手となる。
野口先輩は、千東の物とは違う、どちらかというとこちらが一般的なのだろうか、灰色の細縁めがねを掛けている。くせっけの少ないサラリとしたショットヘア、体型は少し痩せ気味で、身長は俺よりも少し高いくらい。
三年生にしては背の低い方なのではないだろうか。全体的に線が細く、体を動かす事がとても苦手そう。会話を聞いていると、野口先輩は基本的に物事に色々と控えめな方なのかな、そう思う。
「んー、犬坂君……だったよね? 強いな~」
「あっ、……ありがとうございます」
否定は出来なかった。でも別に強いわけでもない、俺自身まだまだ中級者という個人的な枠組みの中の一人だと思っているから。
「これでも、こちらも本気で打ったつもりだったんだけどね。……そう、まぁ見ての通り、全体的にこのオセロ部に活気が少ない事や、中等部と高等部で部室を統一しなくてはならない理由がこれかな」
野口先輩が話しを続ける。
「僕がこのオセロ部に入部した頃にはもうこんな空気だったかな。その頃のオセロ部には、オセロが上手な方が部長ともう一人、そのお二方しか居なくてね、でもそのお二方も別にプロなんて目指していないからそこまで強いわけでもないし、もちろん大会に出場しようともしていなかったと思う。僕は別にそれでも云いと思うけどね、僕も趣味でオセロをやっているようなものだから」
……何を思い至ったのか、野口先輩が場の空気を重くしかねない話を手元のオセロを片付けながら語ってくれる。こちらとしては、もし、野口先輩が今のこの場の空気の中で俺にこの後先不安な話題を振ってこられても、それに対してどういった反応をしたらいいのか分からないので、このまま一人で話を完結させてくださる事を願うばかり。
「オセロ部って、なんというのかな、オセロ部のオセロは強い、素人がそう簡単に勝てるはずがない。何処の中学、高校も大体そのぐらいは言えるほどに強い人が何人かいるだろう。だけどこの学校のオセロ部にはそんな方はいないと思う、全校生徒の中には居るんだろうけどね、オセロ部には自然と誰も集まることはなかった」
野口先輩は、じっくりと語る。
野口先輩は意外と喋る人なのかもしれない。いや、喋る人だろう。
「部員は大半が暇つぶしや、ちょっとした趣味で着ている人だから、活動日に毎回来る人なんて殆どいないですしね、そんな雰囲気が嫌いだという先輩が一人最近になって自主退部してしまう事もあり、それからさらに部員の集まりが悪くなっていく一方なんですよ」
…………。
野口先輩は続ける。
「僕が言える事でもないのだけど、やっぱり今のオセロ部には目標がないと思う。別に下手でもいい、でも目標がないからいつまでたっても集まりが悪く、それに部員全体のまとまりも低いままなのだと思います」
……。ちょっと、あれ、俺もしかして勧誘されているのか! そんな事が唐突に頭の中を余技って、少々焦っている間にも、野口先輩がまた話を進める。
「部長は、僕が入部する少し前まではオセロ部ももう少し活気にあふれていた、プロとはいわないけれども、それなりに高みを目指している奴もいた、とよく僕に自慢します。僕は苦笑するばかりなのですがね」
「色々とあるんですね」
軽く苦笑する。
「ちょっと話が長くなってしまったね。基本的に僕は一人で悩むタイプだと思っていたのだけど、犬坂君にはなぜか自然と思っている事をそのまま話せたよ。ありがとう、少し楽になったよ」
「それは、良かったです」
また、軽く苦笑した。
―登場人物―
犬坂 風季 (いぬさか ふき)
野口 勝 (のぐち しょう)
―以上―