当日のこと 【Ⅰ】 《修正後》
書写 ――犬坂 風季――
四月八日
――ピピピッピピピッピピピッ
……。
――チリチリチリチリチリ
…………うぅ。
――ゴロ! ゴロ! ゴロ! ゴロ!
……あぁ。
――ピピゴロチリゴロピピチリゴロピピ!
「うぅ~、五月蝿い……」
朝、今は朝。だと思う……。それが真実なのか、それとも間違いなのか? そんな事、今の俺には分からないし、そもそも分かりたくもない。だから、瞼に力を込める。瞼を強く、強く、押さえつける。気を緩めた瞬間に開いてしまわないように……。
今の俺が何よりも欲しているのは、熟睡。安眠。永眠。そしてそれを妨げる忌まわしきものは、三つ。一つは朝日。もう一つが目覚まし時計。
朝日はまだいい、瞼を開けなければ何とかなる。でも、目覚まし時計は違う。こいつは最悪だ。最低災厄だ。
なんでそこまで嫌うのか、そんなのは当たり前だろぉ! だって五月蝿いじゃないか! もう安眠妨害だよ! ワイセツ罪だよ! 犯罪だよ! 罪だよ! 人がいい具合に熟睡してきている時にものすごい勢いで発狂し始めるアイツは、俺の敵だ。
そんな事を考えていると、……そんな事を考えている自身の肉体はもうすでに熟睡という状態からは遠くかけ離れているのだと気づいて、これ以上寝る事を諦めた。
「……はぁ」
毛布に包まりながらも、体をくねったり、転がったりと、部屋中を毛布に揉まれながら移動して、この部屋の至る所に設置しておいた三台の目覚まし時計を一台、一台、と毛布の中から伸ばした両手の感覚だけを頼りに、スイッチを切る。
毛布から顔だけ出して、今日始めての瞼開放。時計の二本の針は午前七時三十七分を指し示していた。
「あぁ少し急いだほうがいいかも……」
学校には確か午前八時五十分までに着かなくては行けなくて、この家からだと、バス停まで歩いて、バス停からバスに乗り、そのまま学校まで運ばれて、大体二十五分くらいはかかる。
ついでに、これに身支度を済ませる時間を足すと、四十分はかかってしまうのではないかと。
それに、もしバスに乗り遅れたりなんてしたら、俺は自転車という名の人力車を所有していないため学校までの長い道のりを徒歩で歩く事になってしまう。そんな憂鬱な事態に陥ってしまった日には、……考えたくもない。
……あぁ、まぁ、まず、そんな事を考えながら布団に包まるのは止めよう……。もう、あれから十分も針が右へと進んでいる。
それでも、後五秒、後五分、後五時間、後五十時間、後地球が五周回るまで! なんて思ってしまう。俺は布団が好きだ。毛布が大好きだ。枕を愛している。時間なんて大嫌い! 時計なんて無くなればいい。そもそも学校なんて……なければ……。
いやいや、やばい、やばいぞ! また針が五分進んでしまった! なにか色々とやばい気がする。
よし! 一、二の三、で起きよう。大好きな布団とも、今日でお別れだ!
「……一……二……三……」
……えっ、なんだって? 別れたくないって?
「……四……五……五……五……一……」
……駄目だ、俺達は別れなくてはいけないんだ! これ以上こんな暖かい関係を続けていたら、俺は……。
俺は布団さんと別れられなくなってしまう。もう毛布さんを手放したくなくなってしまう。でも、それは、それは駄目な事なんだ! あってはならない、禁断の――いや、止めよう。こんなの俺じゃない! こんなのは俺じゃないんだからな! …………。
「……あぁ眠い」
なんて呟きながら、目覚まし時計をもう一度見詰めると、その細い針は午前七時五十五分を指している、ではないか……ないか……ないか…………、遅刻はやっぱりまずいよな。
慌しく飛び起きると、本日五回目の目覚まし時計で今の時間を確かめて、床を軋ませながら一階の洗面台を目標に走り出した。
―登場人物―
犬坂 風季 (いぬさか ふき)
―以上―