私のクラス 【Ⅱ】
…………。
「時間もあまり沢山ある訳でもないですし、貴方達から私に質問することはもう無いのね?」
―………………―
無言、無反応、というより殆どの生徒が私に視線を合わせようとしない。
これでいいわ。
そう、これでいい。
これでやっと、私の番がきたのだから。
「なら、今度は私が一人ずつ指名します、指名された生徒は、自分の名前と、私が一つだけ出す質問に答えてください、いいですね?」
その言葉に、またクラスがざわめき始める。予想はしていた、というよりも、乱れるのも当たり前よね。
でも、私の番なの。
「まず、夏野さんからお願いね」
私がまず指名したのは、丁度私、教卓に一番近い女子最前列の生徒。
このクラスは、生徒数が全二十八人で、その生徒を縦に六列、横に五列で分けている。
そして、その丁度中心線、縦三列で分けたときの中心線にあるのがこの教卓。
「はいっ」
夏野の身長は大体百六十くらいだろうか、女子の中では二番目に高い。
「それじゃ、まず自己紹介からおねがいね」
「夏野蛍です」
「では、貴方の目標は?」
その私の質問に、夏野は燐とした声で答えた。
「友達百人作ることですね」
その答えに私は。
「きっと貴方なら難なく達成できるでしょう」
「あぁ……はい」
あっさり言い過ぎたか? と後から思ったが、やはり次に行く事にする。
「ん。次に、柊さん、お願いできるかしら?」
「……あっ、はい」
柊の席は、窓側の右側、列の最後尾の席。
そして隣に座っているのは青葉五月……お前もかっ!
……と言ってやりたいのですけど、今はこちらの方が面白そうですからね。
「まずは自己紹介からね。それと、柊さんの好きな」
と言いかけて、まずは柊の返事を待つ。
「わ…わた、わたし、……ひいら、ぎ……あやめ……です」
「好き」
そこで言葉を止める。
「えぇ……わぁ……わぁ……好き……」
好き、と言う単語を出すだけで見るからに顔を赤く染める彼女は、乙女の心そのものの様で、私としては、とても面白そうな対象になりうる、しかし……。
「好きな」
「あぁ……好き……そ…んな……好き……」
いまどき珍しい子だわ、こんな子がまだこの世の中に存在しているなんて、やっぱり都会とは違うのね。
「好き?」
「……す……好き」
「フッ、いえ、好きな動物は?」
そうね、この子とは、後でもう少しじっくりと話し合ってみたいわ。
「好き……な? 動……物。シマウマです」
「はい、よく出来ましたね。では、千東君あなた」
「――千東登です」
?
「好きな人のタイプは?」
「聖母マリアの様な方です」
せ、千東か、相も変わらずに面白い奴じゃないか。
まぁ次に移る事にしましょう。そろそろ、あの子とも話してみたいことだしね。
「それでは、犬坂君、自己紹介お願いします」
そう言って、犬坂の方へと視線を向けると?
「…………寝ている……」
私は無言で、右手を黒いスーツの上着の腰の辺りに付けられているポケットに入れると、中から一個のボタンを取り出す。
ボタンを、握り締めた右手の人差し指に持って行き、そのボタンの下に親指のつめを添える。
「起きるがいい、ばか者」
と、小さく、微笑を混ぜて呟きながら、握り締めた右手からボタンを勢いよく弾き飛ばす。
そして、そのすぐ後に、教室に何かが割れたような音が響いた。
―パキッ―
ボタンの割れる音、何かに命中する音は聞えたが、問題の犬坂は起きていない。
私は、もう一度ポケットの手を突っ込むと、今度は二、三個のボタンを取り出し、右手に順序良くつめる。そして、それを連続的に犬坂に発射する。
―パキッ、ピュン、パキッ―
しかし、どれもが何かにはじき返されたかのようにあらぬ方向へ飛んで行ってしまった。
「……誰か、いるな?」
私は、こんな芸当を出来る奴を一人しかしない。
「自己紹介、青葉さん、お願いできる?」
「…………は、はい」
青葉は、千東のその長身に身を隠していたらしく、その後ろから立ち上がり出てきた。
「……お前、その格好は」
どうやら、先程の私の攻撃を青葉も同じようにボタンで、こちらのボタンにぶつけて弾いていたらしい、しかし私と違って青葉が普段ボタンなどを予備で持ち歩いているはずが無い。結果青葉は今その紺色のブレザーのボタンがすべて外れていて、その下に着ている水色のワイシャツの第一ボタンまでもが外れてしまっている、何ともみすぼらしい格好になってしまっていた。
「はぁ」
私は小さくため息をつく。
一体、青葉はなぜそこまでして犬坂を助けてやったのかね……。
この二人、前々から知り合いだったのか? いや、それはないな、では、なぜ。
青葉はただの気まぐれでここまでしたのか、それとも同じ着席場所を間違えている同士だから、そこの仲間意識が在ったのか?
私は気づかなかったがいつ頃からだろうか、青葉は自身の間違えに気づき、その上で自分の席から離れ、私の視界に入らないようにしゃがみながら犬坂の場所まで行き、そこで犬坂と席を交換してもらおうとしたのだろう、結局この二人が席を交換すればいい話だからな、青葉ならそのくらいの事すぐに気づくだろうし。
しかし、ブレザーのボタンをすべて使ってまで助ける程の男なのか、犬坂は。それとも、席を交換してくれ、と頼む相手だからこそ、今ここで恩を売っておきたかったのか。
それなら、逆に犬坂にどこかで恩を売られたから、それを返すために。
そうも、考えられるわけだが。
そこで青葉が口を開く。
「……す、すいません。あの、先生」
「――ほら、その少年を連れて職員室にでも行って来い、私はまだ新人でよくは分からないが、予備でブレザー専用のボタンを持っている教師ぐらい何人かいるだろう」
私は、青葉の言葉を遮ってそう言うと、またポケットの中に右手を突っ込む。
そうすると、青葉も一瞬だが、確実に身構えていた。
「私は、そこまで酷い教師でもないさ」
そう言って、ポケット手を出してから、その中に入っている物を青葉に投げてやる。
「えっ、あ……」
まぁ、好きにするがいいさ、これはお前たちの問題なのだろう。
「ほら、その姿でここに立って居られても私は困るだけですからね。それとも青葉さんはこの私の説教でも聞きたいというのかい? いや、嫌ですよ、そんなの、面倒くさいですからね」
私はそう言うと、また次の標的を探し始めようと、青葉に背を向けて、クラス全体に視線をやる。
ふむ、殆どの生徒が目を見開いて呆然としている様は、これはこれで珍しい。
「あっ、分かりました。早く戻るようにします。ありがとうございます」
私の後ろで青葉は深く頭を下げると、犬坂の方へと歩いていった。
青葉が向かってゆく先では、千東が犬坂の首根っこ掴んで無理やりに立たせようとしていて、犬坂の隣に座っていた也宮はきっと別の事で頭がいっぱいなのだろう、すでに上の空だ。
というより、とうの犬坂は、「眠ってしまっていてごめんなさい。だから、痛い、許して千東!」と、意識がハッキリして来たのか叫んでいる。
「フッ、面白いクラスね」
と、薄笑いを浮かべながら、「はい、次は松浦鮎さん、まずは自己紹介を、それと貴方の一撃必殺名を」と教室全体に聞えるように大きく言う。
後ろではまだ足元が覚束ない犬坂を、千東が攻め立て、追い詰め、最後の一手を下さそうとしていて、それに対して犬坂は本気で走り、逃げ、教室の外へ、そしてその後を青葉が可憐に、俊敏に、教室の外へ飛び出してしまっていた。
「……あぁ、今は授業中だと思うのだけど、千東君、責めて君だけでもちゃんと席に着いてくれるかね」
そう言っている私の顔も、自分では堪えているつもりだけれども、すでに笑みで崩れてしまっているだろうさ。
「フッフフフ、これが、私のクラスか。面白い」
―登場人物―
賀茂吉野 (かも よしの)
犬坂 風季 (いぬさか ふき)
千東 登 (せんとう のぼる)
也宮 倖平 (なりみや こうへい)
それに、
夏野 蛍 (なつの ほたる)
青葉 五月 (あおば さつき)
柊 綾目 (ひいらぎ あやめ)
さらに、
松浦 鮎 (まつうら あゆ)
―以上―