自信 【Ⅱ】
「ここ私立霞学校は、歴史と伝統のある学校であるのと同時に、生徒の自主性を重んじる自由な校風を持っています。
部活動以外にも、様々な人たちとの交流活動や季節ごとにある様々なイベントなどもさかんに行われており、実際に学生生活を送っている私たち在校生も、最初はとても驚いたほどです」
姉は、まるで楽しい思い出を語って聞かせるようなそぶりで、語る。
「生徒の自主的な活動に関する先生方のスタンスは非常に柔軟で、私たち霞学校中等部在校生の自慢でもあります。
授業中は特にその目に炎を燃え滾らしている先生方も、普段はとても冷静で、私達が困っている時には優しく熱心に話し相手になってくれます」
そこで、姉は一息入れると、先ほどまでとはまったく違う、優しさのこもる目が凛々しく、少し厳しい目に変わって、全体を優しく包み込むような声を低めにして優しく、それでもどこか説得力の雰囲気でまた語り始める。
「しかし、ただ単に何もせず、どんな活動にも参加せずに日々を過ごしていると、あっという間に時間だけが流れていってしまいます。
皆さんの大切な一年間を実りあるものにするためにも、何か夢中になれるものをぜひ見つけて下さい」
その言葉を最後に姉はまた、優しく、そして、なにか楽しげに意気揚々と語る。
「その他にぜひご紹介したいのは、やはり、入学してしばらくはなかなか部活動などには入部しづらい方々も多いと思います。
霞原学校はとくに部活動が多く、見学したくても時間がない、たくさんありすぎてよくわからない、入りたい部活がうまく見つからない、という方々もたくさんいると思います。
そのため、霞学校では毎年入学式の翌日から三日間午前八時から午後五時まで仮入部や見学などだけを自由に出来る日があります。
そして、その日の事を私達は、仮見学日と呼んでいます。
これを気に新入生の皆さんも霞学学校の様々な部活動を見て、入部してもらえればうれしいです」
姉は、気品のある満面の笑みで、ニコッ、としてからまた、優しさのこもる目で、全体を優しく包み込むような声で、語る。
「私たちの愛する私立霞学校へようこそ。これから一緒に学び、一緒に思い出を沢山作りましょう」
もう一度、気品のある笑顔で、ニコッ、としてから、優しさのこもる目で、今度は、全体をまとめるような、少し高めではきはきとした声で語る。
「わからないことがあれば何でも聞いて下さい。皆さんが一日も早くこの学校に慣れるよう、在校生一同、応援しています!」
そこで姉は一息つき、最後の締めを括る。
「以上を持ちまして私からの歓迎の言葉とさせて頂きます」
姉は、軽く会釈をして、ステージの裏へと歩いて行くのであった。
……ただ、ただ、ただ……。
「青葉美並さん、すばらしい発表をありがとうございました。」
……ただ、姉は凄すぎる。
見た目だけではなく、中身も完璧という恐ろしい人、そして、私はいくら【新入生誓いの言葉】を考えてもあの姉を超える、いや、あの姉に並ぶような、台本など、まったく浮かんでこない。もしあったとしても、私は姉のように完璧に演じる自信がない。
だけど、周りの考えは違う。
姉に近い私が、私なら、出来るのではないかと。いや、出来るだろうと。
そういう期待と希望がとても大きすぎて、でも、私はその期待と希望に答える自信がない。
そして、今私はここでどうすれば良いかと、考えに、考えているという事。
「――では続きまして、新入生代表、青葉 五月さん、お願いします」
……。
あっ。……。
どう……。
どう……。どう、よ……。…どうしよう。
「五月、緊張していない? 今度は五月の番だよ。応援しているから。がんばってね!」
なに…から……。なにからすれば。なにからはじめれば……。
「五月? 五月、大丈夫、体調が悪いの?」
そう言いながら、姉は、私の額に、手を当てて来て言う。
「熱は……無いみたいだけど、大丈夫、出られる?」
そう言って来る姉に何か答えようとはするけど、うまく言葉が出ない。
「あっ、あっ……あっ……あ……」
おちつけ。おちつけ。おちつけ。
周りも少し不思議になったのか、ざわめき始める。その中で、二十代くらいのとても凛々しい先生が声をかけて来る。
「大丈夫? ええと、五…五月さん、気分が悪いの?」
何か答えなきゃ。何か。何か。
「……だっだ、大丈夫です。大丈夫ですからっ」
最後のほうが半場逃げるような言い方で、ステージの表へと、すべるように出て行く。
そして、ステージの中心に立つと、自分のマイクをもつ左手に力を込める。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
早く。早く。
何か。……何か。
……そうだ。そう。……あの少年は。
そんな時なのになんとなくあの、気持ちよさそうに寝ていた、少年のことが無性に気になった。
私は、気づくとあの時の様に目を泳がして、少年のことを探していた。
もし、もし、もしも、あの少年がまだ寝ていたのなら。
もし、姉のあの発表でさえ、目を覚まさなかったのなら。
もし、自分がこの発表をしている間に、あの少年が目を覚ましたら。
そしたら……。
息を吸い込む。
そして、私に出来る限りの笑顔で、大きな声で、自分の考えた中で一番良いと思う台本を発表しようと思った。
姉が出来なかったことが、一つでも出来るのなら。
もう一度、息を吸い込んで。
「ほ、本日は、私たち七碧学校中等部新入生のためにこのように盛大な入学式を催して頂き、まことにありがとうございます」
そしたら……。
もう少し自分に自信を持ってみよう。
―登場人物―
青葉 五月 (あおば さつき)
青葉 美並 (あおば みなみ)
―以上―