入学式って必ず寝る人がいるよね 【Ⅰ】
書写 ―犬坂 風季―
午前九時十五分頃、ここ私立霞原学校中等部第二体育館のステージ手前から学年ごとに順に、一年、二年、三年、と別れている中の、一年の一組の右から出席番号一九番目の席に少年は座って、睡魔に襲われていた。
ここで寝たら恥ずかしいかも、いや、弱気ではいけない。よし絶対に寝てたまるか!
そんなことを思っている間にも入学式は始まっていく。
見た目、三十代の妙に堅苦しい雰囲気をまとった、堅苦しい司会者が語り始める。
「これより平成二十年度私立霞原学校中等部の入学式をとりおこないます。では、はじめに開会式の言葉、校長先生お願いします」
そして、見た目、六十代の、体つきがとても細く、肌の血色があまり良くなさそうな、それでいて髪の毛だけはしっかりと生えているお爺さんが、ゆっくりと、ゆっくりと……それはもうゆっくりと……。
「皆さんは~、本日より~この七碧学校の――なりまし――今日のこの晴天の~」
あぁ~だめだ……もう校長先生が何を喋っているのか、うまく聞き取れない……。
そう思いながらフラフラと頭を左右に動かして……左隣の人にぶつかる。
「あっごめん……」
そして反射的に謝る……。
「変わらないな~」
なんて親しげに話しかけてくるので、恐る恐る目を合わせてみると。
「あぁ倖平~」
いたの!
「うわぁお前今『いたの!』なんて思ったよな」
「あぁ思ったよ……というか、心が読めるの?」
「顔を見てればわかるよ。それと教室で番号決めていた時に気づけよ……」
也宮倖平は小学三年生からの、初めての友達である。
それにあれだ……前々から思っていたけど、私服のファッションセンスがずば抜けている。様な気がする。
さらに、顔立ちもよく、勉強や運動の成績もいい。だけどな。
倖平には、也宮愛美っていう可愛い妹が入るのだけど、こいつはその妹にベタベタで、うん。
流石に、あれは妹さんが可哀想だと、本人には言えなくとも、心の中でいつも思っている。
まぁ、それは、また今度、どこかで語ることになるだろうとも。
「お前は、顔に薄笑いを浮かべて一体何を考えている」
「いや~ちょっとな。それよりあの先生があの時に付けた席順って、今思うとやっぱり無茶苦茶だよね?」
そう言いながらも、もう一度横目で一組の右横列をチラッ、と見る。
周りから見ただけなら、大して気づきもしないだろうが、横から見ると違和感の塊だった。
見た目だけ、身長が小さい順に中央から外側へと男女で分けられているが、横から見ると、小さい順で見えるはずのない隣の、隣の生徒、さらにその隣の生徒の頭が普通に見えるのだ。
もしかして、その場の見た目だけで決めたのか?
そうとしか思えない順番だった。
それは、少し前の事。
色々とありながらも、何とか霞原学校中等部の正面玄関前まで辿りついた俺は、必死にそのガラス張りのドアに全面的に張ってあるクラスの振り分け表に載っている自分の名前を探し、そのまま周囲いる他の生徒を押しのけて何とか自分のクラス、一年一組の教室を見つけて入り込んだ時の事だった。
その時の俺の頭の中は、入学式に遅刻、サクラ小道を歩く謎の生徒、その事しか頭になかった。
そもそも、今はもう八時五十分を過ぎている。
それなのになぜ、いまだに生徒がそこらを徘徊していたのか、もう訳が分からない。
そんな時に、俺の後ろから教室に入ってきたのが、その女の教師だった。
『邪魔だぞ、そこを退いてくれないか?』
その教師は、その冷え切った声で、後ろから声をかけてきた。
『あっ、すいません』
その場は反射的に誤ってしまったが、内心もう駄目だ、と思っていた。
あぁ、なぜ俺は今朝起きられなかったのだろうか。
あぁ、もう少し、もう少しだけ走るペースを上げて、必死に走ればよかった、と。
後悔ばかりが頭を過ぎった。
でも、そんな思いとは裏腹に、その教師はその場を無視して、教室の教卓へと歩いて行く。
『今から一組の入学式での席順を決める』
その教師は、短直にそう告げた後、次々と教室内に居る生徒の名前を、番号とともに告げた。
『まず、女子、一番柊、二番松浦、三番千葉』
呼ばれていく生徒の名前をただ、上の空で聞き流しているうちに、自然と一つの考えが、答えが、希望が、頭の中から浮んできた。
それは、今まで考えていた事を全部後回しにしてしまう程の一つの希望。
もしかして、俺は、遅刻をしていないのかもしれない。
『――男子、一番小倉、二番奈良』
もしかして、遅刻なんてしていないのかもしれない。
だって、革めて考えてみれば、今だってこの教室にこれから同じクラスメイトになる生徒が何人も居るのだから。
そうだ、今日は、少し目覚まし時計の時間がおかしかっただけだ。
だから、まだ遅刻していないと言う訳だろう。
そう考え始めると、もう、居間に在る時計の事や、バス停のバスの事、ここまで走って来た事なんてもうどうでもよくなってくる。
そうさ、遅刻していないのなら、いいやもう。うん。
『――十九番犬坂、二十番千東、ん? おい、犬坂、返事をしろ』
『はい!』
『うん。無駄に元気だな、犬坂。ほら、さっさとそんな所に突っ立っていないで並べ』
『あっ、すいません』
その言葉に反応して、下向きな、目線をその声を辿って上げて見ると、いつの間に列を成したのか、複数の生徒達が男女に分かれて廊下に並んでいて、その先頭にその女性教師は立っていた。
『……はい』
そう小さく呟くと、今この場で一人遅れて行動している事が恥ずかしくて、他の人との目線を逸らしながらも、列の中に向けて足を進めた。
―登場人物―
犬坂 風季 (いぬさか ふき)
それに、
也宮 倖平 (なりみや こうへい)
さらに、
也宮 愛美 (なりみや まなみ)
―以上―