告白半年デート二年、キスをするまで後三年
「やあそこの君、演劇部に入らないかい?私は坂上東高校演劇部副部長兼演出の日下部伊万里だ。
安心したまえ、演劇のえの字も知らない初心者でも歓迎する。声の出し方から立ち方まで一から教えてやるぞ。
それに君はキャストの才能がありそうな顔をしている。金髪、光を宿さぬ三白眼に軽薄な言い回し。いかにもチャラチャラして中身がスカスカそうで素晴らしい!役になりきるには中身が空っぽの方がいいのさ。さあ入部届けにサインしたまえ今すぐに!」
「えー、ディスってんの?褒めてんの?ウケる」
目の前の男は私の手を握りヘラヘラしている。
新入生歓迎会、と言ってもそれぞれの部活のデモンストレーション兼勧誘会が終わり、体育館から出た瞬間それぞれの部活で新入生争奪戦が始まる。
声やチラシが飛び交う中、私は目を凝らしこれはと思う人材を探していた。そして直感したのだ、コイツは伸びると。
「伊万里ちゃんだっけ。俺は柳木義哉。君めっちゃかわいいねぇ」
うむ、そうだろうそうだろう。姫カットの黒髪にトリートメントは欠かさないし、白くきめ細かい肌はスキンケアを毎日している。アーモンド型のパッチリした目はビューラーでまつ毛をあげ透明なマスカラで仕上げてある。私がかわいらしいのは日頃の努力の賜物なのだ。
次の舞台で私は姫君の役を演じる。昨年から髪を伸ばし立ち振る舞いに違和感が出ないようロング丈のスカートを履いてすごしている。無論、先輩たちが大会で輝かしい功績を残していなければ、役作りを理由に女子生徒の制服で学校生活を送るなど許可されなかっただろう。
なので私は堂々と言い放った。
「当然だ。私は次の舞台で主役をはる"男"なのだからな!」
胸を張れば、チャラついた後輩は三白眼を見開きポカンと口を開ける。一拍間をおいて、顔のパーツを忙しく動かし存分に驚きを表現していた。
「えっ⁉︎すっご!全然わかんなかった!へー、面白いね」
「ああ、まったくの別人になりきるのは愉快だぞ。また、舞台が終わった後の爽快感たるや」
「違う違う。伊万里ちゃんが面白い子だねって」
「そうか、では共に舞台を作り上げようではないか!なにしろ人手不足でな。今なら一年生でも板の上に立てるぞ」
勧誘のチラシと入部届けを渡せば「へー、体験会やってんの?」とノコノコ体育館まで着いてきた。
緞帳を締め切ったステージの上が演劇部の活動の拠点だ。そこでは現在バトミントンに興じる者やステージの袖で漫画を読んだり菓子を広げたりする者がおり、いかにもゆるい部活であることをアピールしている。
チャラ男はさっそくバトミントンの輪に入り和気藹々と過ごしていた。
次の日には友人だと言うクラスメイトも引き連れ遊び呆けており、今年の新入部員は十人以上集まったのであった。
しかし、だ。入部からわずか一ヶ月足らずで新入生は半数以下になってしまった。
その理由というのが
「こんなキツイとか聞いてないんだけど⁉︎」
「馬鹿者!もっと声を張れ!まず客席の後方までセリフが聞こえんと話にならんのがわからんのか!演技以前の問題だぞ。ほらあと腹筋十五回だ。終わったらランニングに合流しろ」
「ランニングいるぅ⁉︎」
「肺活量を増やすんだ。体力もつくしな」
「あぁぁ!もおぉぉぉ!」
そう、演劇部は体育系文化部と呼ばれるほどトレーニングが過酷な部活なのである。声を出す為の腹筋、背筋、走り込み、滑舌を良くするための腹式呼吸での発声練習が毎日のルーティーンだ。大道具や音響、照明などの裏方も、いつ代役が回ってくるかわからないため腹式呼吸と発声の仕方は必ず叩き込まれる。
「ほら足を持ってやるからさっさとしろ」
爪先の上に座り脛を押さえ込む。
「やだ伊万里ちゃんのえっち!」
「うるさい、部活の時は役名で呼べと何度言えば分かる。黙ってやらないと回数を増やすぞ」
「鬼だ!」
柳木はぶつくさ文句を言いながらも腹筋をこなし、ふらふらしながらグラウンドに向かった。
グラウンドに沿って植えられた桜はみな葉桜になっている。体育館に篭りきりだと季節の移り変わりに気づきにくいものだ。
私は新入生が来るまでに筋トレも発声も全て済ませてきたため、舞台に大道具のセットをする。とはいえまだ完成していないため、長机やパイプ椅子、スピーチ台などをセットの代わりに配置している。
「姫、一人じゃ危ないよ。キャストは怪我するようなことしちゃダメ」
長机を持ち上げれば、端をジャージを着た女子部員が掴んだ。部長兼舞台監督の渥美である。顔のパーツが整然と小顔に収まった美人だ。糸目とよく動く口に愛嬌があり部員にも慕われている。
「新入生頑張ってるねー、もっと逃げるかと思った」
彼女は目をますます細めてカラカラ笑う。体験入部の期間中、バトミントンだのお菓子パーティーだの漫画の回し読みだのを企画したのは渥美である。
「あんな騙し討ちのようなことをすれば当然だ。私は最初から反対したはずだ」
「だってさあ、楽しそうだなー、入りたいなーって思ってもらわなきゃ部員増えないじゃん。名簿に名前は載せとけるし、廃部は免れるっしょ」
「腹黒め」
「姫だって色仕掛け使ってんじゃん。姫目当てで入った子も結構いるんじゃないかな。柳木くんとか」
渥美は長机をひょいと一人で持ち上げ、床に貼ったバミリテープに合わせて設置する。
うむ、柳木か。チャラチャラした見た目の割には根性があるヤツだ。しかし私が男だと最初から告げてあるはずだが。
「姫も柳木くんに甘いよね」
渥美はニマッと悪戯っ子のような表情を向ける。
「筋トレの時最後まで見てあげてるし、発声もよくサポートしてあげてるじゃん」
「当然だ。まだ一年生だろう?必死に着いてこようとしている者を無碍にはできまい」
「そのうち両思いになっちゃったりしてね!」
ニッコリ笑って、渥美は私の胸をツンとつつく。
「バッ、馬鹿いえ。恋人になるのは役柄の上で」
「あ、一年生帰って来たよ」
ジャージを着た集団がゾロゾロと体育館に入って来た。
「よし、水分を摂ったら発声始めるぞ」
締まりのない返事が返ってくる。
「声はどうした、腹から声を出せ!」
まあ最初はこんなものだがな。体力がつけばすぐ動けるようになる。
ただ、私は背が低く華奢でおまけに可憐で愛らしい容姿をしているため、発言を軽んじる輩がいることは事実なのである。端的に言えばナメられやすい。鬼教官をまさしく"演じて"いるわけである。
そんな私に怖気づくことなくヘラヘラ近づいてくるのは柳木くらいだろう。
「伊万里ちゃ〜ん、休憩させてよぉ」
「発声が終わったらな。立ち稽古の間は出番がなければ座れるぞ」
「オレほぼ出っ放しじゃん!」
「準主役だぞ、光栄に思え」
「ごめーん、姫ちょっときてくれる?」
渥美が舞台袖から顔を出した。
「わかった。台本八ページの騎士団のシーンから立ち稽古だ。田原、頼んだぞ」
演出補佐に場を任せ、体育館の外に出る。すると、なんと生徒会の面々が並んでいた。この学校の生徒会はかなり力を持っており、部費の予算や使い道に口を出せるほどだ。中でも生徒会長はワンマン気質で唯我独尊だと聞く。まず生徒会長が口を開いた。
「演劇部が詐欺まがいなことをして部員を集めているらしいが、本当か?」
キリリとした眉と口角をあげ、野生味溢れる笑みを向ける。こちらを責めるというより面白がっているような表情だ。どちらかといえば副会長の方が不満げな顔をしている。美形だが眉間には力が入っており威圧を与えていた。
私はほらみたことかと渥美を睨んだ。渥美は不思議そうに瞬きしながら
「どういうことですか」
と聞く。役者だな。
「最初は楽な部活だと宣いながら、過酷な指導や不当な罰金を設けているそうだな」
「そう思うのも無理はない。演劇部は筋トレや走り込みがある。文化部だと思って入るとギャップを感じやすいだろう。それに、無断で遅刻や欠席した者のみ百円の徴収があるが預かり金だ。退部する者には返却している。そのままでいいという者の分は部への寄付金として扱う。会計報告にも記載しているはずだが?」
私は目を伏せ、自然なテンポで用意していたセリフを喋る。生徒会長と副会長は顔を見合わせた。そして視線を交わし
「邪魔したな。夏の大会も期待している」
生徒会長は手を振りながら、副会長はこちらを振り向きもせず去っていった。
「あーー!めっちゃドキドキした!悪いことはしてないんだけどね」
渥美は気が抜けたように笑った。
「いや、来年から勧誘の仕方は考えねばなるまい。今年のようなやり方ではまた誤解を招く」
「そうだね、来年からはよろしく」
渥美は悪戯っぽく笑い私の肩をたたく。肩の荷が増えた気分だ。
だが、今は大会に向け研鑽を積まねば。
舞台の上に戻れば、キャストが集まって台本を広げながら稽古のダメ出しをしていた。
「待たせたな。ダメ出しが終わったら見せてくれ」
ふむ、返事がよくなったではないか。動きも台詞回しも昨日より改善されている。まだまだだが充分伸び代を感じるぞ。
おや、柳木はどこだ。いや、いた。何も私の真横に並んで座ることはないだろう。
「出番のない時は他の役者の動きを見ておけ。私の顔を見ている場合ではない」
「だって今すっごくかわいい顔をしてたからさ」
柳木は眦を下げ締まりのない顔をする。
「目がキラキラして、わくわくして仕方ないって感じで。ホントに演劇が好きなんだね」
「ああ、自分ではない誰かになるのは爽快だ。男らしくないと、女のような顔だと言われてきたが、板の上ではそんなもの関係ない。むしろ長所になる」
「本当に?ずっと自分じゃない誰かのフリをするのって、キツくない?」
柳木の声から軽薄さが消えた。横を向けば、あったのは迷子の子どものような顔だった。
「舞台の上だけのことだしな。お前は、今の役で苦労していることがあるのか?言ってみろ」
「めちゃくちゃあるよ〜わかんないとこがわかんない」
柳木はおどけるが、まださっきの表情が浮かんでいる気がした。
私はわかった、と言い、立ち上がって叫んだ。
「よし、良くなったぞ。次は王子のシーンだ。誰か姫の代わりに板に立ってくれ。台詞は私がとばす」
指示を出すとキャストやスタッフが大道具を動かし始める。
「安心しろ。たっぷりダメ出ししてやるからな」
「えっ、次俺だけ?」
「ああ、見ていてやる。不安なんて全部取り除いてやるさ」
「カッけぇ〜・・・・・・」
口に手を当て頬を紅潮させる柳木を
「そんな締まりのない顔した王子がいるか」
と舞台に蹴り出してやった。アクション!と手を叩くと表情がキリリと締まる。だいぶ演劇部らしくなってきたではないか。
この物語は、平民の男と姫が恋に落ち、身分の違いに翻弄されるが、平民の男は王族の血を引いていることが分かり結ばれるというものだ。ベタだが現代劇が多い大会において逆に新鮮味があるし、西洋風の重厚な世界観と古典的なストーリーは坂上東高校の十八番だ。
「姫」
と呼びかける声は憂いと甘さが含まれており悪くない。棒読みでもなく発音も自然だ。しかし、なんというか、感情のみを抽出して表面に乗せているいるように見える。まるで喜怒哀楽のテンプレートがあるかのように。それがキャラクターの性格と噛み合っていないから色々な場面で違和が出るのだ。なるほど、俯瞰してみてよく分かった。
「カット」
手を叩き、舞台の上に上がる。
「本気でお前を誘惑する。思いきりやれ」
「へっ⁉︎ナニを⁉︎」
「全部曝け出せ。惚れた女が欲しくてたまらないという欲望でもスケベな下心でもな。そら、アクション!」
私は掛け声とともに髪を解いた。そして柳木の胸の中に飛び込む。台本にない動きで周りはざわついた。ああ、柳木の胸の鼓動が高まってくるのが分かる。身体も熱くなってきた。いい傾向だ。感情に身体が反応している。
潤んだ目で柳木の顔を見上げ、可憐に微笑めば
「ひ、姫・・・・・・」
と上擦った声が柳木からでた。いいぞ、キャラクターとも噛み合ってきている。
「はい、貴方のマリアです」
柳木の背中に手を回せばビクリと震えたが、見つめたまま次のセリフを待つ。
「いいえ、貴女は、貴女は・・・・・・」
セリフが途切れるがカットは出さない。"私が触れていい方ではありません"とセリフが続くが、私の背中に手を回そうとして躊躇っている様子から充分に心情は伝わる。
「私を愛すると言って。そうしたら貴方を帰すわ」
手のひらで柳木の顔を包む。キスできそうなくらい至近距離で。
「いけません」
ゆっくりと両手を外された。
「そうすれば、きっと離せなくなる」
熱のこもった目にドキリとした。情欲と独占欲が目の奥で燃え盛っている。自分の鼓動も早くなってくるのがわかる。
「・・・・・・それでもいいの?伊万里」
ボソリと耳元で囁かれ、顔が凄まじい勢いで熱くなる。
思わずカット!と手を叩いた。周りの部員は文字通り息を呑んで見つめていたようで、息を吐く音があちこちで聞こえ拍手も上がった。
「すごい」「ドキドキした」「一周回ってカッコいい」「さすが」と称賛の声が浴びせられる。私も久しぶりに大胆な演技をし、まだ脈が早い。
「柳木、よかったぞ!」
「勘弁してよ、我慢するの大変だったんだよ⁉︎王子ならどうするか必死で考えて抑えてさあ」
「それでいいんだ、感情にちゃんと身体が反応していた!いい演技だった!」
「いやいや俺ガチだからね⁉︎うーわ演技とか言われると傷つくわ〜」
キャスト達も柳木を誉めていた。私はといえば、胸の鼓動も顔の火照りもまだ収まらず、柳木と目が合えば治りかけたそれらがぶり返す。休憩を言い渡して、疑問符の詰まった頭と火照る顔をそっと洗いに行ったのであった。
それからひと月ほど経ち、中間テストが終わるといよいよ七月末の大会本番に向け演技や動きを固めていく運びとなった。セットの玉座やチャペルのステンドグラス、ドレスや騎士の鎧など衣装も出来てきて、キャストの士気は日々上がっている。
しかし、私は絶賛スランプ中であった。あり得ない。この私が、演技するたびセリフを噛んだり出てこなかったり必要ない場面で赤面したりするとは。それも柳木との絡みばかりだ。柳木は比べ物にならないくらいいい表情をするようになった。愛おしげな眼差しは本物の想い人に向けているかのようだし、立ち振る舞いにはなんというか品が出た。それに比べて本当に情けない。
だが傍目にはいい演技に見えているらしく、カットをかけても、今のはどこが悪かったのだろうかと皆キョトンとしているのだ。せめてセリフだけでもまともに言えるようにならなければ。
私は意を決して、一年生の教室にやってきた。昼休みにセリフ合わせだけでもしたい。
一年生の教室を覗けば「姫だ」「ほら演劇部の」「かわいい」とざわめきが広がった。
「柳木はいるかな」
と一番近くにいた男子生徒に尋ねてみる。
「え、ああ、生徒会に連れて行かれましたけど」
目を逸らしもじもじする彼に礼を言い、生徒会室に足を向ける。
柳木はなぜ連れて行かれた?演劇部はまだ目をつけられているのだろうか。はやる気持ちに比例してだんだんと足取りが早くなってきた。
生徒会室の扉をノックしようと手を上げると
「それで、演劇部の様子はどうだ?」
生徒会長の声が聞こえた。
「いやぁキツかったっすわ。シゴキがハンパなくて。まあでも問題ないっす」
中から聞こえたのは柳木の笑い声だった。
「そうか、偵察ご苦労。生徒会に戻っていいぞ。会計の仕事が溜まっている」
私は愕然とした。柳木が生徒会の人間だと?演劇部はどうするんだ。今まであんなに必死で食らいついてきたというのに。まさか、あれは、演技だったとでもいうのか。
柳木と生徒会長はまだ話しているが会話が頭に入って来ない。練習しても意味がないな、こんな調子では。
踵を返すと、背後で扉が開いた。
「うわっ、伊万里ちゃん⁉︎・・・・・・もしかして、今の聞いてた?」
私は頷き、背を向けたまま歩き始めた。
「待って待って待って!!」
しつこい奴だな。振り切る為足の運びを早くした。人気のない場所を選びながら角を曲がる。階段に足をかけるも、焦るあまり靴底を滑らせ
「あっぶね!」
背後から腕を引かれ尻もちをついた。
「うわごめん!怪我してない?」
柳木は私の手を取り顔を覗きこむ。そしてギョッとした。それはそうだろう。私は今涙を零さないよう必死なのだ。
「本当に、演技だったのか・・・・・・?」
私がつぶやくと、柳木は悲しげに眉を下げる。
「最初は、ね。生徒会長から演劇部の活動や金の流れが適切か調査しろって。そうしたらもっといいポストをやるって」
「まったく気づかなかった・・・・・・」
「ごめんね、嘘ついてて。でも、最近ちょっと楽しくなってきたんだよ。俺さ、高校デビューってやつなんだ。中学の時はずーっと真面目キャラだったの。でもさ、やっぱ陽キャのフリすんのもキツかったわ。だけど、本気で誰かになりきるって、そういうの全部吹っ飛ばしてくれるんだね。だからさ、俺、生徒会やめることにした。ホントにやりたいこと見つけちゃった」
柳木の困ったように笑う顔は、素朴な人柄をうかがわせた。
「ありがとね、伊万里ちゃん。演劇部に誘ってくれて」
「・・・・・・そんなこと、どうでもいい」
「怒ってる?ホントごめん。でも演劇部にやましいとこないしめちゃ厳しいけどちゃんとした部活だって生徒会長に」
「そんなことどうだっていい!私は・・・・・・お前に演技で負けたんだっ・・・・・・!」
頭を抱える私に、柳木の間の抜けた声が降ってくる。
「秘密を抱えているなど予想もしなかった!悩み一つなさそうな間抜け面、空気より軽い口調、緩みきった姿勢、どこからどう見てもチャラ男だった、まったく気づかなかった!」
「いやそれ普通にディスってない?え、泣くよ?傷つくんですけど」
「それに比べて私はなんだ!気づきもしなかった。最近は特にひどい。お前の視線一つで心拍数が上がり頭にもやがかかってセリフが上手く出てこない。手に触れるだけで手のひらが汗ばみ勝手に頬が熱くなり顔色のコントロールができない!ひどいものなのにお前だけどんどん良くなっていって・・・・・・」
「えっ、そうなの?」
「そうだよ、本当にふがいない。すまない、お前に迷惑を」
「それって、こんな感じ・・・・・・?」
柳木は私の両手を取り、優しく見つめる。終盤のワンシーンのように。
柳木の手のぬくもりがじわじわと移っていく。鼓動が速くなり顔に熱が集まってくるが、舞台の上でないからどんな顔をすれば良いのか分からない。
「あのさ、前さ、伊万里ちゃん教えてくれたじゃんね。これって、感情に身体が反応してるんじゃないかな」
「というと・・・・・・?」
「伊万里ちゃん、俺のこと好きなんじゃないかな」
「は・・・・・・?」
「あ、いや、違ってたらごめんなんだけど」
「・・・・・・そうか、それは、充分に考えられるな」
「えっ、マジで⁉︎」
柳木は目を輝かせる。
こいつは本当によく頑張っている。文句を言いながらも部活は皆勤賞で、トレーニングも稽古も手を抜かない。演技力もどんどん磨かれ目を見張る。そうか、私は柳木にーーーー
「姫の新たな感情表現を、引き出されていたというわけだな!」
ガッツポーズをする私に、柳木は固まる。
「なるほど、他の部員から見て違和感がないわけだ。私が姫の感情に振り回されていたまで。それが分かればこっちのものだ。待たせたな柳木、これからもっと演技に磨きをかけていくぞ」
柳木の顔を見れば、泣きそうに三白眼を歪ませていた。そして、大きなため息をつく。
「いいよいいよ、伊万里ちゃんが元気になったならそれで・・・・・・」
と乾いた笑い声を出していた。
「よし、まだ昼休みが終わるまで時間はあるな、早速立ち稽古だ」
「俺まだ弁当食べてないんだけど。伊万里ちゃんもじゃね?」
「そうだな、一緒に食べるか。体育館に持って行こう」
「伊万里ちゃんホントそういうとこさあ〜」
「なら食べた後でも」
「ヤダ一緒に食べたい」
柳木は走って教室まで弁当をとりに行った。かわいい後輩である。
***
ちなみに、渥美に生徒会と柳木の関係を報告するついでにこのことを話せば
「柳木くんかわいそすぎる・・・・・・」
と嘆き、なぜが私が怒られた。解せないが、演技ばかりにかまかけず現実の人間の感情の機微に目を向けた方がいいという渥美の意見は頷ける。
柳木とは部活以外でもコミュニケーションをとることにしよう。二人でどこか出かけるのもいいだろう。
ふふ、演劇以外のことでこんなに心躍るのは、初めてかもしれないな。
end




