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きぃん、と傾いた街宣設備が音を立てた。
辛うじて生き残った電気と配線によって稼働する拡声器であり、かつては街中にプロパガンダを撒き散らしていた機械である。
「戒厳総司令部あらため〝新大統領〟からの大統領令である! 都市西部に不明勢力多数! 親衛隊は部隊の再編成を急ぎ迎撃に迎え!! 宮殿は直営隊が守る! 全部隊即座に行動を開始せよ!!」
半ば壊れつつあるのかひび割れた音は、確かに新大統領を自称する大佐の声を撒き散らした。
それに慌てる兵士達。この触れれば爛れる雨の中に飛び出せというのか。
しかし、従わぬわけにもいかぬ。実際に命令不服従で上官に〝粛正〟された者は多いのだ。
ある者は人相隠しのバラクラバを被り、ある者は適当に転がっていたフルフェイスのヘルメットを被る。そして、頼りない対雨装備を纏って市街に飛び出していった。
しかし、全部隊といっても生き残ったのは三十と余命。負傷者も含んでの数であり、とてもではないが真面に戦えるものではないが、粛正の恐怖だけが大佐の言葉に彼等を従わせた。
「動いてるぞ」
「よくやった、トリニティ」
『……こうやって声帯ユニット以外を使うのは業腹なのですが』
「詫びは後でする」
しかし、この声は大佐の肉声によるものではない。
市街の一角、しとしとと今だ景気の悪い雨が降る中、地殻変動によって露出した地下配線に取り付いたトリニティが、回線をジャックし、サンプリングした大佐の音声を合成し勝手な命令を発しているのだ。
「宮殿の有線回線は?」
『そちらもこちらからジャックしてます。何処にも通じませんよ』
「完璧だ。流石は我等が電子の唄姫」
『……なんです? それ』
「いや、俺の趣味だ。忘れてくれ」
言って、ハジメは手を振り、近くの廃墟に登って宮殿の動向を見張っていたデルタに手を振る。
もういいから降りて来いというのだ。
「いいのか? 宮殿には、まだヘリも戦車もあるぞ」
「どうせ使い物にならんよ。だろ?」
からころと雨音に混じって音がする。デルタが見れば、クインの頬が膨らんでいた。
左右に揺れるそれは歯とぶつかって特有の音を立てる。
そして、見せ付けるように彼女はべっと舌の上に出して見せた。
「こら、お下品」
「飴玉……ああ、ガソリンタンクにブチ込んだのか」
「そうだ、シケモク一本の価値で数億のエンジンがガラクタだ。笑えるだろ?」
古典的な破壊工作だ。性能の良いエンジンならば角砂糖の一個では壊れないこともあるが、飴玉ともなれば燃料ポンプが吸い上げた時につまり、そこで蕩けてギアを固めてしまう。数分ならば動くかもしれないが、暖機を終える間もなく不具合を起こすだろう。
平和だったころはチンピラが闊歩するストリートで育ったデルタにとっては、よくある質の悪い悪戯に過ぎないが、ここぞという場面でやられると洒落にならないことだけは分かった。
「ってことで、敵の頭数は減らしたし、大駒も死んだ。あとはまたお邪魔するだけだな」
「どこから行くんでして?」
「目星はつけてある」
ハジメが堂々と言うので四人がついて行ってみれば、その目的地に眉根を寄せることとなる。
宮殿の裏手。庭園と外を隔て、延焼を防ぐために作られた空隙地であるのだが、そこには一本の警告が突っ立っていた。
分かりやすいピクトグラム。何かを踏んだ人間の足が吹き飛んでいる構図。
「地雷原じゃねぇか」
「ああ、だからその分、後ろへの見張りは薄い」
宮殿内が騒がしいのは、大佐がそのような命令は出していないと直卒の兵を走らせているからだろう。奇襲を警戒してかサーチライトも灯されているが、それは前方や側面を見張っていて後方への警戒は殆どない。
余程、地雷の密度に自信があるらしい。
事実として、一個一個地面の変化を探りながら避けようとすれば、莫大な時間と危険を要するであろう。
埋まっているのは殆どが対人地雷だが、人間の片足を吹き飛ばして失血やショックで殺すことは容易いし、西側諸国が提供してくれた新型の跳躍地雷も幾つか仕込んである。信管が作動すれば地面から飛び出し、傘状にボールベアリングを撒き散らして大群を一掃する優れものだ。
「俺が踏んだ所以外は何があっても踏むなよ」
「またお前は……」
「安心しろって」
どうしようもないモノを見る目をしているデルタに振り返り、雨具の眉庇を微かに持ち上げながらハジメは笑った。
この程度で死ねるなら苦労してないと。
そして、彼が突飛もなくやり出す〝部の悪い賭け〟にベットする自分達も自分達かと、諦めて後に続く。
地雷原を歩くハジメの足取りに迷いはなかった。足を下ろす場所を選ぶでもなく、ただたんに自然な歩幅に任せてずんずんと進んでいく。
その堂々と踵から落ちていく足が地雷を踏むことはなかった。外国から寄越された軍事指導役が配置を考え、適当にばら撒かせた訳ではない精緻な配置の間を縫うようにしてだ。
「おっ……」
「どうした」
「さっき踏んだ。三歩前、これで四歩前」
「はぁ!? 全員で踏んじまったじゃねーか!!」
「信管がイカれてたみたいだな。初期不良か経年劣化か知らんが」
そして、そんな配置であるのならば幸運がいつまでも続く筈はないのだが、また有り得ないことが起こる。
ハジメが踏むべくして踏んだ地雷は不発であった。内部機構が壊れていたのか、信管の機嫌が悪かったのか。ともあれ炸薬が弾けることもなく、五人の手足が全て揃ったまま庭園への壁に辿り着くことができた。
「生きた心地がしないぜ……」
「もっとヤベー場面なんて幾らでもあっただろ」
『失礼、弊機の計算機構が少しエラーを吐いています。一瞬デフラグしていいですか?』
「おう、その間に丁度良い……」
「ハジメ、あそこ」
おお? と見て見れば、壁の一角が崩れていた。丁度人間一人が潜り抜けるのに具合の良い穴だ。トロウルやオーガのような巨大種族では不可能だが、幸いにも尋常な人型のサイズに収まっている一行には丁度良い。
背の低いクインが潜り、見張られていないことを確認してから後続を導く。
庭園は一体どこから金を引っ張り上げて整備したのか分からないほどに壮麗だが、それも災禍の後となれば無惨なものだ。遠くから飛んできた煤や降り注ぐ黒い雨に濡れ、折角の白薔薇もくすんで褪せている。
「あら」
「何してるんだトワイラ」
その中でマシな一輪を見つけたのだろう。トワイラは足を止め、このまま枯れてしまうならと褪色したせたレースの手袋に覆われた、しなやかな指で手折った。
真っ白な、しかし花弁の端が汚染された雨で汚れた、正に彼女のような薔薇であった。
己の写し身のような花を自分の髪に挿して、雨や汗で道化化粧のような顔をした侯爵は言う。
「悪趣味な宮殿での舞踏会であっても、淑女が着飾らない理由にはならないでしょう?」
「はいはい、大変お似合いでございますよ侯爵閣下」
「心がこもっておりませんわね。あとで四半刻はわたくしのことを褒め称える任を申しつけますわ、ハジメ」
「げっ」
こうなると面倒なんだよなと思いつつ宮殿に入り込む一行。
中は残った兵士が走り回っており、間違って伝達された命令を取り消すために急いでいるのか注意力が散漫だ。
「いよっと!」
「がっ!?」
クインが先導しつつ人の少ない経路を走ってきたが、突発的に鉢合わせすることは避けられない。ドタバタと無遠慮な軍靴の足音を聞きつけると、角から二歩下がったところで待ち受けていたデルタが盛大な出迎えをする。
斧による打擲だ。
「あーあ、痛そう」
「痛いもんかよ。即死だ」
斧は鼻梁の根元付近に食い込み、頭部を陥没させて顔面を半分ほど割っていた。斧が食い込んで居場所を奪った圧力で飛び出した目の片方、その神経策が絡みついた刃部を袖で拭いながらデルタは言う。
「このスクラップヤードじゃ慈悲ある死に方だ。角を曲がったら暗転。人生そんなもんだろ」
「ま、乾いて餓えて、訳のわからんモン囓って悶死なんて、よくあるパターンよかマシか」
とはいえ、自分達が軽く見た相手の斧にかかっての最期というのはなぁ、そう思いつつ一行は大統領執務室へと向かった。
『人感センサーでは四人。一人は大統領。二人はドアの両脇です』
「ありがとう。そんだらば」
トリニティの索敵によって窓を覗くような真似もせず――そもそも、狙撃を警戒してか窓には分厚いカーテンがしてあったが――敵の配置を探り終えると、ハジメはゆるりと愛銃を抜き放った。
指の形に整えられた銃把は彼の手形を取って職人が一から削り出したものであり、濡れたような色合いの黒檀にニスが塗られて蠱惑的に光っている。正に手に張り付くような指触りは心地好く、撃鉄を上げる駆動音に淀みはない済んだ金属が擦れる音のみ。
「この辺かな」
そして、壁に虚のように口を開けた銃口を押し当て、トリガーを絞る。
それと同時、トワイラが抜剣し、壁を盛大に斬り付けていた。
銃声と壁を割る音が重なり合う。
アーモリー・リボルバーは、元の世界では重すぎるし火力過剰過ぎると評価された銃である。その全長は40cm近く、数百メートル離れた馬でさえ射殺す火力を持つ。
ちょっとした程度の防弾措置を施したに過ぎない壁へ接射すれば、それを貫いて向こう側にいる人間の頭を弾けさせるくらいは訳ないのだ。
そしてトワイラの愛剣。今となっては彼女が唯一、トワイラ・アーレクシアス・ミシェイラ・ドゥ・パワティエイル侯爵であったことを示す家伝の宝剣には魔法がかけてあった。
担い手には軽く、しかし振わば重く。持ち主である細身のアドラーの掌中ではペーパーナイフの軽さのそれが持つ実重量は、おそよ50kgという剣を通り越して破城槌に近しい代物。
されど、鉄量は正義だ。剣の疾さで振るわれる、圧倒的な質量が持つ運動エネルギーはあらゆる物を破砕し、物理的な障壁の全てを斬るのではなく粉砕する。
これも掠れた奇跡の恩恵だ。往事は呼べば現れ、相応しくない者が手にすれば死を運び、決して鈍らない神の加護を授かっていた宝剣も、残った機能はこればかり。
それでも不意を打つのには十分過ぎた。
二人がし損じることなど有り得ないと分かっていたデルタは、発砲の直後に扉を蹴破る。
そして、恐らくは誤った命令を必死に取り消そうとしていたのだろう。通信機に取り付いていた従兵をスメリィ・ガンで容赦なく穴だらけにした。
その品質は外見を知る者からすれば慮外のものであろう。プレス製造ではなく〝鍛造削り出し〟のフレームは前後するボルトと微かに擦れ合い、詠うような金属音を奏でる。
酷くガタついているのが当たり前の、モデルになった銃が奏でる音とは違う香り高き音色。それを伴奏とする彼女の狙いも実に正確であった。
リコイルを計算に入れて一発目は腹に、二発目が胸に、そして三発目が頭部に突き刺さるよう美事な指切り射撃で始末している。こうすれば、どれだけ〝タフ〟な、それこそ一発二発撃っても死なない手合いであろうと、最悪でも怯ませられるだけの地獄を味わって生き抜いてきたから身についた技術である。
「お邪魔しますよっと」
「なっ、なっ、なっ!!」
それに続く銃声。大佐は何が起こったか分からなかったのだろう。腰元のホルスターから、50口径の巨大な――それも悪趣味な金鍍金だ――拳銃を抜き放つと、悠々と入って来たハジメに向かって発砲した。
だが、どの弾も虚空を掻き混ぜるばかりで、この世に遺したのは壁の穴ばかり。七発もの装填数は、ただ無為に消費される。
「おーおー、あぶねぇ、.50か。当たればオーガでも即死モノじゃないか」
弾痕を見やりながら口笛を吹くハジメ。この大口径弾であれば、15mの距離でも当たっていれば即死であっただろう。仮に手足の端っこであったとしても、怖ろしいまでの破壊力がもたらす衝撃波によって内蔵までダメージが到達する。
「きっ、きさ、貴様! 何故戻って……」
空気を割るような轟音と共に大佐は執務机に叩き付けられた。半ばよそ見している形のハジメが放ったアーモリー・リボルバーが胸に突き刺さったのだ。
その威力は弾頭が球形であるが故、むしろ貫通力と安定性を重視した尖頭弾より凄まじく、貫通する際に体内で暴れ廻ったのだろう、胸の上部に収まっている内蔵と脊柱を露出させる勢いで突き出した。
だが、更に腰だめに構えた銃の撃鉄を左手が弾く。
ファニングと呼ばれる射法だ。引き金を絞ったまま撃鉄を下げれば手が離れた瞬間に落ちて、次の雷管を叩く。一度撃鉄を上げてから引き金を引かねば弾が出ないシングル・アクション・リボルバーの速射を可能とする技は、机にぶつかって動きが止まった大佐の頭を狙い澄ましたように砕く。
額に突き立った弾丸がもたらした破壊は壮絶であった。頭部を陥没させ、耳から後ろが半ば消し飛ぶように弾けて血と脳漿で壁を彩る。
少々やり過ぎのようにも思えるが〝死者が黙ったまま死者でいてくれない〟スクラップヤードでは、有り触れたやり口。
「何故って、掃除する必要があったからさ。それと、歓迎会だ」
もう何もできなくなった。誰にも迷惑をかけることのなくなった大佐の元にハジメは歩み寄り、机上に置いてあったデカンタを取って一口呷る。
よいブランデーであった。長い年月を寝かせて、丁寧なブレンドを行い作った味は馥郁とした甘みに樽の香り、そしてピリッとしたスパイスのような後味を舌上に残していく。まだ舌を十分に痛めつけていないハジメでも美味いと思う美酒であった。
それを彼は大佐に一口分振りかけてやる。
「あらためてようこそ。真の意味でゴミ捨て場の兄弟になった大佐に乾杯」
棄てられて、それを認めきれなかった者への乾杯にして献杯を送った、ゴミ箱に順応しきった住人からのせめてもの餞別。
それは、この世界に絶望しきる前の速やかな終わり…………。
あっさりした戦闘の終了ですが、本チャンのTRPG版でも戦闘はあっさり目のデザインとなっております。
悪運を比べ合って、ダイスを振り、差分値によってダメージなので、運が悪いと本当にサックリ死ぬ、オールドスクールルネッサンスの色合いを反映しました。
ということで、TRPGの鉄則。何があっても先手は取れ。あと出来たら不意討ちしろ。です。




