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腹を抱えて笑う三人に、いつか鉛玉を叩き込んでやると心に決めつつ、ハジメは投影された自分の体を見て愕然とした。
顔に面影は濃く残っているが、輪郭が更に丸くなり、目はまん丸としたつぶらさを宿している。美しいというよりも、可愛らしいという表現が似合う造型であり、跳ね放題の毛はクセが少し弱くなっている。
もしも元の彼と並んだならば、姉妹ですか? と聞かれただろう。
そこに彼は、今や記憶の中と、バッテリーが死んだスマホのカメラロールにだけ残る、懐かしい母の面影を見た。
そうだ、母親に似ているのだ。当人が流行の化粧が映えないと愚痴っていた、しかし優しくて愛らしい顔に。実際よく、母親似だと言われていたが、よもやここまで似るとは。
さて、それはさておくとして、最大の問題はそこではない。
「トリニティ……俺は今、どんなだ?」
『弊機には問いかけが抽象的すぎます。具体的に何が?』
「……体格のデータを出してくれ」
フラグメンテ・マキナは目をぱちくりとさせたのち、秘所を手で隠した体を上から下へとスキャンした後、無情に宣言した。
『性別は女性。身長182cm、体重は約79kgです。体脂肪率は18%前後かと』
「なんでっ! 女になったら! 背が伸びるんだよ!!」
その圧倒的な恵まれた体に、身長160cm、体重は50kgを割るハジメは慟哭を上げた。
実際、この数値は〈シヴィラツィオ〉女性の平均値を大きく飛び越え、男性でさえ凌駕し、同階級のボクサーすらも――彼等は減量によって体脂肪率を大きく下げている――軽々とノックアウトしてみせるだろう体格だ。
正に天からの愛に恵まれた体系といえる。
流石にオーガと殴り合いができるほどではないが、向こうが徒手で、ハジメが鈍器を持てば良い勝負くらいはするはずだ。
あまりにも悲痛な声が相当にツボであったのだろう。デルタは更に腹を抱えて笑い、トワイラは扇子を大きく広げて口を隠しながら、横隔膜の痙攣に耐えようと体を折った。
クインに至っては、もう笑い転げて地べたを踏みならしている。
唯一、悲壮そうな顔付きをしているのがトリニティというだけで、彼の哀れさは増して行くばかりであった。
「はー……はー……笑い殺されるかと思った……」
「ギャップ、ギャップが凄まじいですわ……可愛らしい顔の下に……くっ、くく、屈強過ぎる……」
「ハジメ、ぱっつぱつ、おっぱい、でっかい」
「テメェら……結構洒落になってねぇんだぞ……服が何も合わねぇ……ってか下着破れた……」
畜生と呟きながら、ハジメは自分の女体に若干の恥じらいを覚えつつ、地面に散らばした服を持ってみるものの、着られるはずもなし。
元の体では大分余裕があった、拾い物の茶褐色の野戦服は腕すら通らず、元々詰め物で合わせていたコンバットブーツなんぞ、それを引っこ抜こうがつま先すら通らない。
ましてや、下着なんてものは肉の圧力に負けて弾け飛んだ。男性もののボクサーパンツも、Tシャツも無惨な布きれに成り果てて役割を放棄している。
それから、どうやっても愛銃を納めた、小柄な体に合わせた特注のホルスターが身に付けられないことは明白であった。
「いやもう、マジでどうすんだよコレ……」
「あー、やべぇ、おもしれぇ、いやもうハジメ、お前そのままでいろよ。今すぐ娼館のスターになれるぞ」
「キャットファイトショーとか良いんでなくって? かなり盛り上がると思いますわよ」
流石にイラッと来たのか、ハジメは思いっきり壁をぶん殴った。
するとだ、耳を劈く破滅的な音と共に、合板の壁が盛大に凹んだではないか。
一瞬で沈黙に支配される部屋。とはいえ無理もない。この身長、この筋肉量、そして元々の戦闘センスによって全身の筋肉が律動した裏拳を叩き込めば、トリニティの計器に寄れば300Jを超過する威力が出ていた。
38口径の拳銃弾並の威力である。これが面で人間の頭部にぶつかれば、頸椎がねじ切れて実に面白いことになっただろう。
「あー……その……悪かった。うん」
「な、仲間の不幸を笑うのは品がない行為でしたわね。ええ、謝罪いたしますわ」
「……ごめん」
流石に命の危機ともなれば、馬鹿笑いしていた三人も反省するらしい。それぞれ気まずそうに謝罪した後、そういえばここは女性の部屋なんだから、何か服くらいあるだろうと探り出す。
そして、その結果見つかったのは、女性ものの下着が何セットか。サイズが到底合うはずもないスーツの数々。それから、寝間着に使っていたのだろう。今し方、本当の終わりを与えられたウィルヘルミーナにはオーバーサイズのスェットが三着。
ショーツは頑張って通そうとしてみたが、まぁ言うまでもなく装備制限に引っかかり、かなり平坦な体つきだった故キャッスル研究員のブラジャーは装着を試みさえされなかった。
なので応急処置として、運動しても胸がバルンバルンと揺れて痛まないよう、寝台のシーツを引っ剥がしてナイフで裂き、サラシのように幾重にも巻き付ける。本来ならば巨大な布であるシーツだが、そのあまりもの質量に、きっちり固めようとしたところ、一枚丸ごと使い切ってしまったそうな。
そして、スェットは辛うじて体をねじ込むことができたが、それでもパツパツであり、どちらかといえば着られている服の方が可哀想になる有様だった。伸縮制のおかげで破れることはなさそうだが、明らかに頼りない。
特に胸あたりは布地が伸びに伸びて、向こうが見えそうなほど透けていた。
「クッソ、潰しても痛いし、ほったらかしても痛い……女性ってこんな大変なモンぶら下げて生きてたのか」
「ようやく分かったか。野郎は気軽にデカイ方が良いとか抜かすが、生活するにゃデッドウェイト極まるんだよ、コイツは」
「イッテェ!!」
かなり力を込めてグルグル巻きにして尚も存在感を放つ乳を張ったデルタであるが、彼女もスポーツブラで潰してこそいるが、結構立派なものをお持ちなので、やっと分かったかとでも言いたかったのだろう。
とはいえ、今のハジメの「つま先が見えない……」という恐怖までは理解し難かっただろうが。
「なぁ、体幹が変わったせいか、スゲー動きづらいんだけど」
「頑張って慣れろ。……ってまてよ? お前手ぇデカいな?」
「えっ? あっ!!」
慌ててハジメが愛銃を手に取れば、その顔は蒼白に染まった。
元々小柄な自分に合わせて調整したグリップはフィンガーチャネルが全く合わず、それどころか短縮したグリップが短すぎて上手く握り込めない。
のみならず、手の形が変わったせいで、変な握り方をしなければトリガーガードに指が通らない有様であった。
これではとてもではないが、掌に収まる大砲であるアーモリー・リボルバーなど発砲できない。リコイルで銃本体が跳ね上がり、狙いは逸れて、手の中からすっぽ抜けていくだろう。
「どうしよう……この保持力じゃ絶対に撃てない、確実に事故る」
「こっちは? 軍人向けだぜ」
アサルトライフルを渡したデルタなれど、こちらも女性としては規格外の体に全く見合っていなかった。何せカービン化の都合で普通よりも短いのだ。そして、ストックを限界まで伸ばすと、樹脂製のそれが胸と干渉してミシミシと音を立てる。
「ち、小っちゃい! 乳のせいで銃床の長さが足りん! 脇に当たらないぞ! 無理にやったら頬付けできない!!」
「なーんか見てて銃が可哀想だな……折るなよ」
「接合部が樹脂だからマジで折れそうなんだよ! ああっ、くそっ、トリガーガードが指を噛む! グリップが握力で軋む! マグチェンジができねぇ! セレクターも触りづらい!!」
駄目だこりゃと首を竦めるデルタと、え? 俺丸腰でこっから先を進まないといけないの? と絶望するハジメ。いくら自分の膂力が合板の壁を歪め、前蹴りならば内臓を破裂させる勢いがあるとはいえど、感染する危険性があるゾンビ相手に白兵戦など洒落にならない。
「な、なぁ、デルタ、お、俺、このままだったらどうしよ……仕事になんない……」
「ああ、鬱陶しい! 泣くな! 縋り付くな……って、重い! 支え切れねぇ!!」
特にこの銃器全盛のスクラップヤードにおいて、銃を扱えないというのは致命傷だ。オーガやトロウルが〈ペルディトゥス〉として最強であった座を、銃が使えるゴブによって奪われたように、ガタイが良すぎる人間というのはどうにも立ち位置が難しいのだ。
「まぁ、何とかなるだろ、お前のことだし。女になる薬があるなら、男になる薬もあるさ」
「あるかなぁ! あってほしいなぁ!!」
「ああ、あるある、だから落ち着け。ほれ、男に戻った時のために服とブーツをリュックに詰めとけ」
半泣きで服を畳んで――この辺りに育ちの良さが出ている――ハジメを余所に、トリニティが情報媒体から手を離した。
『解析が終わりました』
「何か分かりまして?」
『はい。揺り籠と呼ばれる区画に封印されているのは、秘匿開発名称〝Mycelium Messiah〟です』
マイセリウム・メサイア。直訳すれば菌類の救世主であるが、開発責任者の手記を読み解くに、どうやらアイオーン・バイオメティクスは粘菌のネットワークを利用した超大規模並列分散処理電算機を生み出したようだ。
いわゆる生体コンピューターであり、同時にスーパーコンピューターに属するものだ。
『弊機の陽電子頭脳の11%ほどの処理速度ですが、文明レベルと比較すれば破格も破格です。やろうと思えば演算によって、経済面における予言に近しい計算ができたでしょう』
「何かとんでもないブツってことだけは分かったぜ」
デルタは言いながらハジメの頭を撫でつつ、「で、それがなんでマッシュルーム・ゾンビに繋がるんだよ」と問うた。
『電算機とはいえ生体ユニットです。つまり、増えたいという本能があり、粘菌を伸ばしていきます。そして、高度な処理領域を与えられ、元々原始的な本能を持っていたマイセリウム・メサイアは、このような結論に行き着いたようです』
人間を菌床として増殖し、この地に集めて更に巨大な個体になろうと。
「……マジか」
『つまり、外のゾンビは全て電算機の子機で、胞子をばら撒きながら進み、菌床として十分に発達した後、帰還することを考えて送り出されたようです。どうやらフィルターを侵食して施設中に胞子を拡散させた上、それが地上に流出したようですね』
「頭の良い馬鹿が順当に馬鹿やって滅亡しましたって訳か」
同じくゾンビによって落日を迎えた世界の住人は、言わんこっちゃないとばかりに頭を掻いた。
『ですが朗報が一つ。どうやらセキュリティー統括部門は生物を機械として扱うことの危険性に注目していたようで、最終終了措置を揺り籠に搭載していました』
「するってーとなんだ。また地下に核地雷でも埋まってるのか?」
『いいえ、特殊アンチモン……いわゆる流体テルミットによる焼却処分機構があります』
「じゃあ、ソイツを使えば!」
『はい、理論上、ゾンビは全て命令系統を失って停止します』
どうやらゾンビによる落日の寸前、キャッスル主任研究員は、地面に張り巡らされた網の目を接触型のケーブルとしてゾンビを操っていることに気が付いたそうだ。
つまり、根を断てば、あの凶暴なゾンビ立ちは全て止まる。
「じゃあ、ソイツをさっさと起動しに行こう。何処にある?」
『場所は揺り籠の中央管制室ですが、問題が』
「なんだ?」
『三つの物理キーが必要です』
言って、トリニティはハジメが射殺したゾンビの首元から、社員証と一緒につり下がっていた硬貨樹脂ケースを引っ張り出した。切れ目が入っており、それに従ってへし折れば、中に入っていた鍵を取り出せる封印が施されている。
「クラッキングで何とかならんのか?」
『物理キーを必要とすることは、恐らくキーが刺さらなければ通電しない機構になっていると思うんですよ。コンソールを破壊すると、恐らく取り返しが付かないことになりますよ』
「え、なぁ、マジで俺このまま行かなきゃいけないの? ねぇ?」
「一人でいる方が危ねぇだろ。次に近いのは誰だ?」
『エドワード・ウッド所長ですね。ここから四フロア下のパニックルームに反応があります』
無情にも進み出す仲間。そして、ハジメとしては慣れない体であっても置いて行かれるわけにはいかない。
股間の大事な〝銃〟が失われ、そのせいで大変な歩きづらさを感じながらも、巨体は背中を丸めながら仲間を追うのであった…………。
コメントでありましたが、実際にサイコロを振って変異表を決めました。
変異表は実際のルールブックにもある内容で、有益な変異もあれば有害なものもあって、今回は【異形】を引いちゃった感じですね。
さぁかわいいハジメちゃんの時間だ!!




