4-1
傭兵団という組織を結成し、団結を固める文化は存在するが、それは得てして利益共同体であり、純然たる組織。上下関係が存在し、報酬の分配も公平ではない。
つまり、傭兵が連んでいることと等号では結べない。
そして、ハジメ達五人はお互いが組むに足る力と信頼関係があるから、一人では困難な仕事を熟す間柄であり、傭兵団ではなかった。
それ故、体よく顔役に使ってくれている上、人の煙草を気安くパカパカ吸う連中と一緒に仕事をすることはあっても、命令系統というものは存在しない以上、ハジメには四人にああしろこうしろという権利はなかった。
だから毎度毎度、大口の仕事が来る度、定宿を持っているハジメか、飲む場所が決まっていて捕まりやすいデルタが苦労して残りの面子を探すことになるのだ。
とはいえ、こういった緩い連帯は別に珍しくもない。
過去のトラウマから一人で仕事をするのが好きな者もいれば、社交的で方々に顔を出しまくって傭兵団を兼業しているケースもあれば、ハジメ達のように仕事によってメンバーを入れ替えたり、時には個人で仕事を請けたりすることもある。
要は個々人のライフスタイル。固まって動くのは悪いことではないが、自由であるのもそれぞれ。
これぞアーモリーの傭兵というものだ。
まぁ、そのせいで、アイツしばらく面見てねぇなと思った時には、前に交わした下らないやりとりが今生の別れとなることも珍しくはないのだが。
「で、オタクくんさぁ」
「その呼び方、やっぱちょっと腑に落ちねぇんだけど」
「部屋にデカいフィギア飾ってるんだからオタクくんでしょ」
「トリニティをフィギア扱いは流石に失礼だぞお前……人種のことは教えてやっただろ……」
それでも新しく連むに足る相手として、ナナとシャシュトゥをいつもの面子に紹介したのであったが、対応は似たようなものであった。
シャシュトゥに関してはいい。力仕事を任せられる面子が増えたと好反応だった。
ただ、問題はナナだ。
トワイラは髪の毛も染め直せないとは可哀想なことと初手で喧嘩を売るし、クインは甘い物を持っていないと見ると興味を失って去って行き、デルタの塩対応は相変わらず。
一番常識的なトリニティでさえ、仕事仲間としてよろしくお願いします、そうホログラムを出すだけで淡々とした物であった。
されど、別にこれは珍しくもないことだ。
傭兵の顔触れは入れ替わりが激しい。
河岸を誰にも言われず変えることは珍しくないし、集団としての流動性は極めて高い。
死ぬからだ。
傭兵は、ただ死に、ただ消えていき、ただ何処からかまた彷徨い集まる。
その性質を理解すれば、ハジメとトリニティのように、互いの生活圏が完全に被っているでもなければ、ベッタリしない方が精神衛生によいと誰もが学ぶだろう。
〈悪運〉が尽きたならば、次の瞬間には発砲音と共に、隣で脳漿を隣でぶちまけているかもしれないのだ。この界隈、深い人間関係は必然的に心の傷となりやすい。
それを知る者達は、自己防衛のため余程と見込んだ相手でもなければ、ドライな関係を作るのが基本である。
「仕事だって言ったけど、どこ連れてくわけ?」
「シャシュトゥとナナは、悪いが今回のヤマにはまだ早いんでな。その間のツナギを見つけといたんだ」
「えぇ!? 兄貴、そんなぁ!!」
「いや、マジでヤバいんだって。ハイランダーが五人で行けとご託宣を授けるくらいにはな」
この点を鑑みるに、ハジメはどうにもお人好しすぎると言っても良いだろう。
なにせ、自分達が長期不在にする間、予備人員として顔を繋いだ傭兵に態々仕事を用意してやるのだから。
「ってことで、しばらくここでバウンサーやってろ」
「バウ……?」
「用心棒ってことだよ」
昨日、ハジメはハイランダーから毎度の如く呼び出しを受け、託宣を授かった。
それと同時、何とも珍しいことに助言を賜ったのだ。
あたら命を散らしたくないのであれば、いつも通りにやれと。
文字通りに神がかった彼女は、人知を超えた勘によって察したのであろう。
この仕事に新人二人を訓練がてら連れていけば、死んでしまうだろうことを。
「用心棒ってなにやりゃいいんすか、兄貴」
「お前さんは、そのおっかねぇ面で来る客を睨んどきゃいい。ふんぞり返って腕でも組んでろ」
「えぇ……それ仕事なんすか……?」
「ナナは〝嬢〟と勘違いされないよう、控え室で何か起こるまで待機してりゃいい。ただ、悲鳴がちょっとでも聞こえたら、ドア蹴破って馬鹿の頭に鉛玉で教育してやれ」
「スマホもないのに暇そうでやなんだけど」
「文句言うな。じゃ、お願いしますね」
言ってハジメが頭を下げたのは、娼館のオーナーであった。
以前のカルカロフから斡旋された仕事で奪還した商会の主であり、この地では珍しく、経営という頭脳労働で飯を食っているトロウルであった。
どうやら子飼いのバウンサーだけでは頼りないと思ったのか、人員増強を図りたかったようだが、信頼できて〝娼婦に手出ししない理性〟を持っている人間というのは、スクラップヤードにおいて殊更に少ない。
そのため、ハジメが仲介をすることですんなりと仕事が決まったのだ。
「アンタの紹介なら、安心して任せられるからね。日当はシケモク四本、賄い付き。ヤベェ客の相手してくれたら、危険手当のボーナスもあるから期待してくんな」
「よかったな。暇でも一日食うだけの収入貰える仕事なんざ、あんまりねぇぞ」
下手な傭兵より威圧効果がありそうだが、幾つか店舗を経営していることもあって店に常駐している訳ではないオーナーは笑い、取りあえずの先渡しとして二人に煙草を一本ずつ寄越した。
それほどに、ハジメの仕事ぶりを気に入ってくれたということだろう。
「じゃ、そういうこったから。気張れよ」
「……次はもっとマシな仕事よろしくね」
「おい! 雇い主の前で言うなよ!!」
ナナが軽口を叩き、シャシュトゥがそれを窘めるのも様になってきた。
あの二人、案外良いコンビになりそうだなと思いつつ、ハジメは待ち合わせ場所にしていた町外れにやって来た。
そして、そこには何とも奇跡的なことに、全員遅刻せず、旅装を整えていつもの面子が待っていた。
「おせーぞ」
「お前、そうやってるとスゲぇチンピラくせぇな」
「黙れ」
デルタは街道に通じる道の脇でしゃがみ込みながら――いわゆるヤンキー座りというやつだ――煙草を燻らせていた。
そして、近くでクインは三角座りで空を眺めている。天候を読もうとしていると言うよりは、ただ単にぼーっとしているだけだろう。
その隣では、傾いて錆だらけになって塗装も剥げ剥げの「ようこそアーモリーへ」と誰が立てたかも忘れた看板にトワイラが背中を預けており、脇でいつもの通りタクティカルベストを羽織って、パルスライフルを背負ったトリニティがマネキンもかくやの立ち姿で待っていた。
「さて、面子も揃ってるし行くかぁ」
「今回も前みたいに当たりだったらいいですわね」
「そうだな」
煤煙とは異なる風情で視界を酷く塞ぐ砂塵渦巻く道に出て、各々顔を守りつつ進む。今日はユグドラシルの背骨が酷く霞んで山脈のようにしか見えないが、視程はほどほどといったところか。
毎度の如くクインが斥候として道を行っていたが、半日ほど進んだ頃、そろそろ日も傾いてきたので行進を止め、野営を張ろうかという時刻に戻ってきた彼女は、珍しく面倒臭そうな顔をしていた。
「どうしたクイン」
「死体、いっぱい」
「動くヤツか?」
「ん」
あちゃーとハジメは頭を掻いた。地図通りなら、この辺で野営して半日も歩けば到着する予定であったのだが、流石に仕事を前にしてゾンビ共とやり合いたくはなかった。
それに、ゾンビと行っても脅威度は正にピンキリ。
呻き声を上げながら、肉を求めてずりずりと不確かな足取りで寄ってくる、最もベーシックなタイプなら、最悪それぞれの近接戦装備で掃除できるが、如何せん最悪を引いた時がよくない。
サバイバーズの世界は実に多用だ。
同じゾンビや動死体と呼び現しても、全力疾走して陸上選手顔負けの速度で迫ってくる連中もいれば、何の原理か分からないが奇っ怪な変異を起こして怖ろしく強力になっていることもある。
強酸のゲロを吐きかけてくるくらいならまだ良い方で、撃ち殺せば手榴弾顔負けの爆発をしでかすヤツや、死角から数十メートル跳躍して殴りかかってくる難物もいれば、最悪の場合は〈対戦車ロケット〉を持ち出さねば殺せないような化物がいることもあるのだから。
また、レアケースだがペルディトゥス由来の〝呪い〟だとか〝魔法〟だとかで動いているのも性質が悪い。
テンプレートとして多くの傭兵が最初に学ぶ、頭を吹っ飛ばすという最適解では止まらないことが多いのだから。そうなるともう、無力化するには五体をバラバラに引き裂くしかなく、面倒極まりない。
それに感染源もそれぞれで、接触感染しないこともあれば、引っかかれたくらいであればなんてこともない場合から、血の一滴が粘膜に触れた瞬間に〝アウト〟だなんてこともあるくらいに閾値が広すぎるのだ。
外見から分かる情報だけでは、全てを観察するのは難しい。故にクインのような感覚と勘に優れた者が斥候を行うのだが……。
「迂回した方が良いか?」
「うん。はしりそう」
「最悪じゃねぇか」
デルタが心底ウンザリしたように地面を蹴る。彼女の世界を黄昏に導いたのは、どちらかというと〝トロい〟タイプの津波だったようで、運動能力に秀でた個体の相手が得意というわけではないのだ。
いや、むしろ賢明な傭兵ならば、走るゾンビの相手は基本的に避けたがる。遮蔽物がない場所でカチ合ったならば、その物量に任せて機関銃を持っていようが押し潰されることだって珍しくないのだから。
「しゃーない、夜に歩くのは勘弁願いたいが、群れの近くで寝る訳にもいかんしな」
「はぁ……まったく、優雅ではありませんことね。やっぱりハジメ、馬車を用意なさいな。寝台付きの立派なヤツを」
『一体どこから予算を計上しろというのですか。ハジメに負担させるのは、流石に弊機としては許容できませんよ』
トワイラの荒唐無稽な提案に、他と違ってスルーできず至極真面な突っ込みをせずにいられないのがフラグメンテ・マキナの宿業が。
計算したら月に新品の煙草が一〇〇本あっても足りませんよと言う概算に、それ以上に稼げば良いじゃないですのと阿呆なことを宣うアドラーは、きっと生真面目なAIの器では測れないのだろう。
「えーと、ちゃんと持って来てたよな?」
ハジメは背嚢をガサゴソ漁り、記憶が正しかったのか目当ての物を見つけた。
軍用の〈赤外線スコープ〉であり、暗闇でさえ見通す電子の目だ。
といっても、バッテリーの規格も充電コネクタ規格も棄てられた世界のものだけあって妻合わせられる物はなく、バッテリーが切れた瞬間に文鎮となるような代物であるが。
「ほい、クイン」
「おもたい」
「我慢しろ。ベルト調節してやるから」
童女の顔には少々収まりが悪いが、暗がりを行く斥候には欠かせない。特にサバイバーズの廃棄世界が来た時、往々にして暗い建物を進むことが必要になるため、ハジメは荷物の枠を圧迫しても、これを持ってくることに決めていた。
頼りとなる方位磁石が狂っては、帰るに帰られなくなるのだから。
「で、これ持ってろな」
「ん」
それから、ポケットに入れていた使い捨てのケミカルライトをへし折り、中身を混合させることで淡い緑の光を発光させてからクインに持たせた。斥候だけが安全な道を見えたとして、その後を追えなければ意味がないからだ。
それに、これは道標としてパン屑よりずっと役に立つ。必死に走って逃げる時、一々地図なんぞ開いている余裕はないのだから。
「じゃあ、五十歩空けて着いていくから、何かあったら振れよ」
「わかった。でも、ハジメ」
「あん?」
クインの小さな手に握られたライトは、ゾンビが屯している方向を指している。
そして、その意味に地図を見ていたハジメは気付いた。
「……目的地の方だな」
「もう、せかい、すてられた?」
「今回は具体的な日時を言われなかったからなー……かもしれん」
「そういや昨日、夜中に小さな地震なかったか?」
「ああ、わたくしも感じましてよ」
「マジでか。俺、眠り深いからそういうの分かんねぇんだよな……」
だとしたら最悪だぞと、全員がそれぞれの方法で嫌そうな表現をした。
あの全力疾走ゾンビの発生源が、カナリアとして送り込まれた廃棄世界であったら悲惨極まる。
逃げ場が限られた都市部、それも道を碌に知らない場所で、あの手の機動力に優れた敵の群れを相手するなど想像するだけで全員の舌に苦いものが走った。
熟練の傭兵団一個小隊が全員スメリィ・ガンで武装し、軽機関銃まで担いで挑んだとて帰って来なかったことがあるのだ。
だとしたら、今回の仕事は発掘品が相当に美味しくない限り、かなり〝不味い〟仕事になるだろう。
とはいえ、たまにはキツい内容を熟すのも、ハイランダーに気に入られる必要条件であるため、文句は言えぬ。
彼女は慈悲深いが、決して生温くはないのだから。
「今回は相当気合い入れねぇとな」
「お前の〈悪運〉もついに売り切れたか? ハジメ」
「だったらいいんだがな」
やれやれと立ち上がり、ハジメはクインの頭を撫でて頼むと言い、先導に送り出す。
ぱしんと弾き飛ばされた手。そして、小さな掌は引っ込められるのではなく、突き出されたまま。
「分かったよ……一欠片な」
「ふたつでゆるす」
「あのねー……」
結局今日も高価な〝国民加増嗜好食甲種一号〟を二欠片持って行かれたハジメは、仕方がないかと夕日が沈んでいく中、ケミカルライトの後を追うのだった…………。
さて新しいセッションです。今度は数あるゾンビものでも最悪、全力疾走ゾンビだ!!
こういう時、熟練のTRPGプレイヤーなら、どうすればいいか分かるね?
相手をしないんだよ。




