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※本作は同名のTRPGシステム販促小説となります。
心臓が高鳴る。鼓動が五月蠅い。
初陣でもここまで脅えなかった。刃に慣れるため、先人から皮膚を浅く斬られる訓練でもビビって目を瞑りはしなかった。
しかし、彼は怖くて目を閉じた。
手の中にある三分の一の死が怖ろしくて。
「なぁ、ニュービーニュービー」
何が悪かったのか。
箔を付けようと目の前の男に喧嘩を売ったことか?
自分達ベルディトゥス、加護喪失者と呼ばれる〝神々から見捨てられた種族〟の中でも、最も優れた戦士であるオーガの血脈よりも尊敬されていたから?
面子商売だからと、馬鹿な賭けに乗ったから?
だから、今、自分で自分のこめかみに〝拳銃〟なんかを突きつけているのか。
「俺も暇じゃないんだが」
目の前で斜に煙草を咥えた男。上背は小さい。この前2メルテと50センテを超えた自分の半分くらいしかない。
跳ね放題の黒髪、男らしくないシャンプーと石鹸の匂い。古くてボロボロだが洗濯された野戦服とかいう鎧にもならない服。
半眼の濃いヘーゼルの色合いをした目が自分を見ている。
至極、つまらないとでも言うように。
「ひっ」
がちん、と音がした。
撃鉄が落ちた音だ。
信じられなかった。自分の手には小さすぎるリボルバーを握って、人差し指が通らないから左手の小指を引き金に宛がっていた。
引くに引けなかった物が反射で落ちてしまった。
この男は、一体どれだけトリガーを軽く調整しているのだろう。
「おっ、運が良いな、三分の一だ」
「はっ、はっ、はっ……」
熱い物に触れてしまったようにオーガの若き、今だ実績なき戦士は銃を手放した。実際、掌の中で、それは焼き金のように存在を主張していたから。
「で、二分の一と」
また、がちん。
親指で撃鉄を上げた男、シヴィラツィオ、文明喪失者と呼ばれる、かつての世界にもいた只人とよく似た種族はつまらなそうな目をして、自分自身に引き金を引いて見せた。
有り得ない。このロシアンルーレットとかいう、名前の由来も忘れられた、六発の弾倉に一発だけ弾を入れて、自分に向かって撃つ。つまり、死んだら負け、そんな馬鹿げた〝遊戯〟の一番危険な二分の一。
それを何のこともなさそうに。深い覚悟がなければ飛び込めないはずの縁を前にして、一欠片の躊躇いも、高揚も、況してや恐怖などないような目をして、自分の愛銃を貸し出していた持ち主はハンマーを落とさせた。
甲高い機構が噛み合う音。二分の一、50%の確率で撃鉄は空のシリンダーを叩いた。
「うそ、だ」
思わず声が漏れる。しかし、それは直ぐ歓声に打ち消された。
「やっぱりお前に賭けて正解だったぜ〝イモータン〟!!」
「くそ! また死に損ないやがったな〝ミスフォーチュン〟のクソッタレ!!」
「ああああ、全財産だったのに! この〝ハーフデッド〟!!」
この賭け事は、二人だけのものではない。
酒場の催しと化していたのだ。
酷い酒場だった。
世辞にも綺麗とは言い難い。幾つも置かれた卓は縁がすり減り、欠け、乱暴にナイフを突き立てた痕が目立ち、椅子はダクトテープで足を止めている物も珍しくない。
床も碌に掃除されているとは思えなかった。酒を溢した染みがそこら中に点在し、拭いきれなかった反吐が瘡蓋のように残って、歩けば靴底が油と触れあって嫌な音を立てる。
立ちこめる臭いも酷い物だ。押しかけた労働者から立ち上る、据えたような汗の匂い。それに安い灯りに使われる獣脂の獣の臭さが混じり合って、嘔吐の残り香も相まって形容しがたい混沌たる臭気が立ちこめる。
〝通常の衛生観念〟を持っているのであれば、片側が吹き飛んだままにされたスイングドアを開いた瞬間に回れ右をするような文字通りの場末。
こんなところで死ぬ? 俺が? と机上を滑ってきたリボルバーを見てオーガは、込められている鉛玉よりも硬く、重くなった唾を飲んだ。
二分の一の次、50%の次。
六連装のシリンダーの中に弾は一発。五回、空を撃った。
ならば、残るのは一分の一、十割、100%。
撃鉄の愛撫を待った死が、薬室の中で蹲ってこちらを見ている。
死ぬのか、こんな酒場で。名前も遺せず、誰にも認められず、昨日見た死体のように誰に顧みられるでもなく、身ぐるみ剥がれてドブ川に投げ捨てられて。
「どうしたニュービー、オーガは戦士の種族、勇気を重んじるんだろう?」
一見すると煽るような、しかし熱のない声で男が言った。
周りからの野次なんて聞こえていないように、通貨としてもやり取りされる煙草を取りだして咥えている。よれよれのシケモクだ。それでもきっと、今自分が向こう側に座っていて、吸ったら美味いと感じるのだろう。
死から脱しての一服なのだから。
「早く引け。それに確率は100%じゃない。運良く不発ってこともある」
そんな訳がなかった。
使われているのが、価値の具現となった煙草や手込め弾の十やそこらで買える、適当なパイプガンならあり得るだろう。
だが、これは違う。男が差しだしてロシアンルーレットに使っているのは、この街、〝アーモリー〟の象徴でもある廃棄前の世界から生き残った機材を使い、親方衆が自信と共に送り出した逸品だ。
アーモリー・リボルバー。その異名はゼロ・ポイント・ワン。不良率0.1%と豪語する品を用い、自分達二人で弾を確認しあい、三人の立会人がチェックをしたのだ。装填の具合が拙かったり、火薬が湿気っていたり、雷管が故障しているような不具合で激発しない可能性はゼロのはず。
「そうだ! 引け!」
「死ね! 死んで見せろニュービー!!」
「俺はテメェに賭けてたんだぞ! せめて派手に吹っ飛んで酒のアテにくらいなれよ!!」
下卑た声。野卑な罵声。酒場中が死ねと叫んでいた。
賭けに参加していた私兵や傭兵、それに集る娼婦やポン引き、怪しいブローカーから胡散臭いフィクサーまでもが、死を娯楽にするために野次を飛ばしている。
五月蠅いと怒鳴ってやりたくても、乾ききった喉が声を出してくれなかった。
目の前にあるのは、銃把を自分の方に向けたリボルバー。きっと、男は手に取りやすいよう、気を遣って器用に滑らせたのだろう。
心の中で囁く。このまま銃を取って、アイツに引き金を引いたらどうだと。
だが、それは駄目だ。怯懦にも勝る卑怯。
それに、この酒場におけるロシアンルーレットにフォルドはない。幕引きは、どちらかの死。そして、それは負けた方の死でなければならない。
不文律を守るため、ニヤニヤと銃を手にした立会人が周りにいる。自棄を起こしたオーガが銃を対戦相手に向けたり、椅子を蹴倒して逃げたりしようとした時に撃ち殺して、公正な賭けを成立させるためランダムに選ばれた三人。
三つの銃口から完全に逃げ出すのは不可能だ。
ならば、オーガとして、戦士らしく潔く死ぬか? だが、一旗揚げるために出てきたが、自分の名すら誰も知らないこの街で、正々堂々挑んで死んだと、この名を誰が伝えてくれる?
誰も、誰も……。
葛藤と恐怖。銃に手を伸ばせないオーガに見物客の一人が苛ついたのだろう。どうしても引けないようなら俺がと銃を抜きかけた時、二本の足が卓の上に投げ出された。
「つまんねぇ、やめだ」
シケモクを咥えた男はそういった。
「何言ってやがるイモータン!」
「そうだぜ、ルールはルールだ!」
「あーあー、うるせぇなぁ、人の死に金賭けてマスかいてる短小共がよぉ」
何だとぉ!? と周りにブチギレられながらも、悠々と椅子を漕ぐ男は、耳元の羽虫くらいの煩わしさだと怒声を無視して店主に声を投げかけた。
「なぁ、マスター! オッズは!!」
「7:3だよ。どっちが七か言う必要はあるか?」
店主は草臥れた老境の男だった。問うた男と同じシヴィラツィオで、左目には大きな眼帯。右手は指が親指と人差し指しか残っておらず、グラスを磨く手が酷く危なっかしい。
「そうか! 賭け金総額は!!」
「さぁな。葉巻にしてざっと二本ってところじゃねぇか?」
「なら、命を張るのに悪い場代じゃないわな」
自分の愛銃を自然に取り上げたシヴィラツィオはハンマーを上げる。シリンダーが噛み合って回転し、弾丸が装填された穴と撃針が一列に。
「よぉし、なら俺も賭けに上乗せで参加だ!」
こつり、と側頭部に銃口が添えられる。弾が出れば確実に死ぬ場所だ。頭蓋は砕け、脳髄を弾丸が掻き混ぜて小脳と脳幹を破壊する。死を自覚する暇もない死が訪れるだろう場所。
「俺は〝今の状況〟で俺が死なないことに賭けるぜ! つまり、勝ったら俺の全取りでいいよな!」
「「「はぁ!?」」」
酒場中が驚愕に涌いた。あらゆる種族が、老若男女、その別があるなしに「コイツは何を言い出したんだ」と口をあんぐりと開ける。
「ハーフデッド! いくらお前だってそりゃ……」
「だから、うるせぇなぁ、髭も生え揃ってねぇガキがビビるの見て十分楽しんだろ。若いのを虐めんなよ。何より、俺にこれ以上つまらねぇモンを見せるな」
「だけどよ!」
「俺が死んだら俺の持ち物も分配の内だろ。文句あるめぇ」
「そういうこっちゃなくて……」
「黙れよ」
しんと嫌に響く声だった。冷たい川、氷が張った表面を割って飛び込んだそこよりも尚冷たい響きに、引き留めようとしていた――彼の生に賭けていたのだろう――傭兵がたじろいで一歩退いた。
「出ねぇよ」
「いや、ソイツは……」
「これくらいで死ねたら、苦労してねぇってんだ」
沈黙を同意と見做したのだろう。彼は優雅に指先を擡げる。
そして人差し指が引き金に触れ、迷いなく引き絞る。
撃鉄が落ちる、雷管が……爆ぜ、なかった。
「な?」
つまらなそうなままだった顔が、やっぱりなと言わんばかりに銃を卓に放る。そして、他の客が灰皿と同義に扱っている床へではなく、律儀に煙草の灰をポケット灰皿に捨てた彼は、大きく一服つけて笑う。
「これで俺の勝ちだな。マスター、今んとこ、俺とツレのツケは?」
「全部払っても大分おつりがくらぁ」
「じゃ、それで。あまりで良い酒をくれ。ここで一等良いのだ、胴元の見物料としちゃ相場ってもんだろ」
「チッ……」
椅子を漕ぐのを止め、悠々とカウンターに向かって去って行こうとする背中に待ったをかける男がいた。
賭けに参加していた、シヴィラツィオが死ぬ方に手持ちの煙草を全て賭けていた男だ。
「何かのサマじゃねぇのか!? 第一、誰かが死ぬのがルールだろ!!」
「俺は追加のルールを提案した。誰も文句を言わなかった。それに、立会人はテキトーに選んだ三人だぜ。どうやって仕込める?」
「いいや、サマに決まってらぁ! 俺が確かめてやる!!」
豪語して銃を手に取る男。だが、彼は銃の扱いに慣れていない、いや、詳しくなかったのだろう。
してはならないことをしてしまった。
あろうことか、銃口を覗き込んだのだ。
そして、響き渡る銃声。弾ける脳漿、飛び散る血潮、崩れ落ちる体。
「あらら、遅発か。運がないヤツがいたもんだ」
後頭部を掻きながら、眠そうな目をして賭けの勝者となった男は、それに異議を挟み、自分の死を以て贖いとさせられた男の手から愛銃をもぎ取る。そして、幾度か手で汚れを祓ってから、使い込まれた革のスリングホルスターに収めた。
「さて、誰かが死んで帳尻はあったな。他に文句があるヤツは?」
誰も否を言わなかった。どうぞどうぞと言わんばかりにそっぽを向くか、自分の卓に戻っていく。
生き残った。その重い実感がのし掛かり、オーガの青年は一瞬止まりかけていた鼓動が役割を思いだしたように胸の中で乱打し、実際に忘れてしまっていた呼吸を再開させて喘いだ。
「ははははは、運が良い奴がもう一人いたようだ。ニュービー、拾った命だ、大事に使えよ。この世の中、何においても〈悪運〉が全てだぜ」
折角だ、お前の負けも俺持ちにしておいてやるよ。そういって立ち去っていく小さいはずの背が、オーガには何よりも大きく見えた…………。
人生の目標であった自作TRPGの作成が形になりました!
夏発売予定!
今後、通知は(@Schuld3157)の作者Twitter(君はXなんて洒落たものじゃないんだよ)にて行って参ります!!
この世界観に惚れたという方は、夏に大阪で私と握手!!




