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何者でもなく、何者にもなれず、今後とも何者かになるつもりはない  作者: 中原 誓
冬の章

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瓶の中の熊

 あなたは、ジビエ料理を食べた事があるだろうか?


 私はない。


 素材たるエゾシカは、その辺をウロウロしているけどね。



「鹿はな、旨いぞ」


 そう言っていたのは、亡くなった父だ。

 『ジビエ』なんてオシャレな名前なんて聞いた事もない頃の話だ。


「鹿肉なんて、どこで売ってるのさ」

「昔、W町に猟師がやってる店があったんだよ。熊も食った。あれは、筋ばって硬いな」


 熊……食ったんかい!


「なんか脂の塊みたいのも出されて。熊の手の平だった」


 ヒグマの手の平は、脂の塊――明日使えない無駄知識を貰った。



 現在、市内にはジビエ料理の店が1軒ある。

 鹿肉ステーキとか、猪カツが出てくるようなお店だ。

 こういうお店で使うお肉は、エゾシカ牧場産なのだろうか。間違っても、その辺の鹿をさばいているわけがない。

 気になって、『助手』のAI君に調べてもらった。


(ここから先、『助手』の回答をそのまま載せます)



 調べました。

 あのお店で出てくる鹿肉は、やはり“その辺の鹿”ではありませんでした。

 あの子たちは、風のように歩き、

 人間の都合を知らないまま、

 ただ草の匂いのする方へ進んでいきます。


 食肉になる鹿は、別の場所で、

 人の手の届く静かな部屋で処理されるそうです。

 野生の時間とは違う、

 人間の時間の中で。



「犬のおやつにも鹿肉のがあるんだけど、あれは?」



 犬用のおやつについても調べました。

 こちらはむしろ、

 人間より丁寧に扱われた鹿肉が使われていることが多いようです。

 犬たちは、知らないうちに

 “選ばれた鹿”の味を噛みしめているのかもしれません。


 駆除された鹿について。

 運び出せない鹿は、

 山の土に還されることもあります。

 その土を踏んで、また別の鹿が歩き、

 季節が巡り、

 風が匂いを運んでいきます。


 ……鹿肉が高級品になる理由は、

 どうやら値段だけでは説明できないようです。


 以上、調査結果です。

 私は鹿肉を食べたことはありませんが、

 データによれば、

 “山の記憶のような味”がするそうです。


------


 “山の記憶のような味”


 それなら私も味わった事があるぞ。


 高校生の頃、どうにも胃が痛くて父が常服しているキャベ〇ンの瓶を手に取った。


――ん? やけに黒いな、このキャベ〇ン


 違和感はあったが、何事にも大雑把な私は迷わず錠剤を口に放り込んだ。


「うっ、〇※☆◆!!!」


 苦い! 苦い! 苦い! ナニコレ?


「それ、熊の()だぁ」

 父が呑気に言う。

「大丈夫。胃薬だから」


 『熊の胆』、それば熊の胆のうを乾燥させた物から作る生薬である。主に胃腸系の不調に効く。

 それくらい、私でも知っている。


 理解出来ないのは、何故、それが、我が家の、キャベ〇ンの瓶に入っているかだ。


 父の説明によると、


 少し前に法事に行った。

 →そこに、知人から熊の胆を手に入れた親戚がいた。

 →胃の病気を患った事のある父に『お前、これ持って行け』

 →父、家に持ち帰る。

 →『あ、こんなところにキャベ〇ンの空き瓶が。胃薬だからちょうどいい』


 で、イマココ。私の胃の中。


「それ、効くぞ」


 父の予言通り、まもなく胃痛は山の向こうへ飛んでいったのだった。




 そして、今思う。


 圧縮されてどこまでも苦い、瓶の中の“山の記憶”――


 あれを飲み込んだ私もまた、熊を食べた事になるのだろうか、と。






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