#8 初めて投げ込んだ直球
「立花くんの球、受けたいです」
ミカは、職員室に呼び出されて、監督を前に、迷うことなく、はっきりそう言った。
俺は、思いもよらないミカの言葉に戸惑っていた。
「おー、そうか、そうか。もう、立花とそんな話になってるのか」
一瞬の間の後に、合点がいった、とでも言うように、監督が笑いながら話した。
「お前…何言ってんだよ…聞いてねぇぞ」
俺は、思わず声を上げた。
「まぁ、いいじゃないか。分かった、分かった。まぁ、いずれにしても、ピッチャー、キャッチャーは二組作るつもりだったんだよ。仲良くやってくれ。まぁ、そう言うことだからさ、ちゃんと監督である俺の指示には従え、ってことだよ。さぁ、早く練習に行け!」
そう言うと、監督は手を叩きながら立ち上がり、グランドに行くように促した。
「勝手なこと言うんじゃねぇぞ」
廊下に出た俺は、小走りについてくるミカにそう吐き捨てた。
「ごめん」
ミカは、意外にも、素直に謝ってきたので、それ以上言葉を投げつけるわけにも行かず、無言で部室に向かった。
俺は、大急ぎで部室でユニフォームに着替えグランドに出た。
さらに、5分ほど遅れて、女子トイレで着替えていたミカがグランドに出てきた。
他の連中は、すでにランニング、ストレッチを終えて、キャッチボールを始めていた。
俺は、一人でランニングを始めていたのだが、遅れてグランドに出てきたミカが、直ぐに追い付いてきて、後ろについた。
ランニングを終えると、二人でストレッチをしなくちゃならない。
実は、一年は11人であったために、いつもミカは、先輩で余った人と組むか、一人でストレッチをしていた。
ランニングを終えた俺が、呼吸を整えながら、クールダウンをしていると、キャッチボールを終えトスバッティングの準備を始めた一年の連中の視線が俺とミカに向けられていることに気が付いた。
二人組になってストレッチをやるときは、まず二人で両手を握り、肩から脇腹にある筋肉を伸ばすところから始める。
ミカが、俺の前にきて、両手を差し出した。
俺は、横目で、一年の連中を見ると、山倉がにやつきながらコチラを見ていた。
(ちっ)
俺が、舌打ちをした、そのときだった。
「さぁ、急ごう」
そう言うと、ミカが俺の手を握りしめ、ストレッチを始めたのだ。
ミカの手は、思いの外柔らかく、しっとりしていた。
そのせいだろうか、俺はじっとりと手に汗をかきながらストレッチをする羽目になっていた。
ストレッチを終えた俺とミカは、二人でキャッチボールをすることになった。
入部して一ヶ月。
ミカとの初めてのキャッチボールだった。
すでに始まっているトスバッティング練習の邪魔にならぬように、三塁側のファウルゾーンに寄って、俺たちは、帽子を取り挨拶をした。
初めてミカが俺に向けてキャッチャーミットを構えた。
「さぁ、こーい」
ミカが声を張り上げ、胸の前にミットを構えた。
ミカ。
俺は、初めて俺に向けてキャッチャーミットを構えたお前の嬉しそうな顔を忘れることが出来ない。
俺は、ゆっくり足を上げ、初球から、スナップを効かせた直球を投げ込んだ。
『バチーン』
綺麗なキャッチング音がグランドに響いた。
ミカ。
覚えているか。
あのとき、皆の視線がお前に注がれたことを。
お前のキャッチングは、間違いなく、一級品だったよ。
ミカ。






