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最後の直球  作者: kachan
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#6 ミカとの出逢い

~~平成3年の春~~



横浜市立第三中学 に入学した俺は、小学時代に地元の野球チーム瀬谷アストロズで一緒だった仲間と、野球部の見学に訪れた。



「おおー、立花に山倉、瀬谷アストロズのレギュラー組、みんな来てんな。迷ってないなら、とっとと仮入部の申し込み書出せよ」



そう言いながら真っ先に声をかけてくれたのは、同じ瀬谷アストロズで二つ上の先輩だった岩村先輩だった。


「一人、仮入部の申し込み書出してて、もう練習来てるぞ」


岩村先輩は、そう言いながら、グラウンドの外野を指差して、笑った。


岩村先輩が、指差す方向を見ると、確かに一人で黙々と草むしりをしているヤツが、いた。

「えっ、誰ですか、あれ?アストロズのヤツじゃないですよね…」


小学時代からバッテリーを組む山倉が、周りの様子を確認しながら聞いた。


「おぅ、山倉。お前あれ見て何か気が付かないか?」


白い練習用のユニフォームを着たそいつは、少し身体に丸みがあった。


(そういや、何だかぽっちゃりだな…)


そう思った時に、山倉が声をあげた。


「えー、あれ、女じゃないっすか!」


「さすが山倉だな、よく気が付いた。この春休みに名古屋から引っ越して来たらしいが、何でも向こうのチームで全国大会出てるらしいぞ」


俺と、山倉は顔を見合わせた。


「アイツ、俺のクラスのヤツだ」


同じクラスの亀山が叫んだ。


そうだ、俺のクラスには、見慣れない、背の高い女子がいた。


確かに、少年野球では女子がチームに所属する事は、それほど珍しいことではない。


しかし、ほとんどのケースでは、中学に上がると同時にソフトボールか、あるいは他のスポーツに転向する。


「で…、ポジションは…どこなんすかね?」


「アハハ、気になるか、山倉。お前は、外野の練習でもしといたほうがいいんじゃねぇか」


「えー、まさか、キャッチャーかよぅ」


気弱な山倉が、頭を抱えた。


(ペシッ)


俺は、山倉の後頭部をぶった。


「バカ。女に負けてどうすんだよ」


一緒に見学に訪れたチームメイトから笑い声が上がった。


その笑い声が気になったのか、その女は立ち上がって、帽子を取り、こちらに挨拶した。


「お、おい。なんか、背、でかくないか?」


いちいち山倉が反応した。


確かに立ち上がったその女の身長は、中学に入ったばかりだと言うのに、170センチに達するのではないかと思われた。


山倉の身長は、150センチにようやく達しようかといったところだ。


「おーい、そこの…えーと、何だっけな、あ、そうそう、ワタナベー、もういいから、こっちこーい」


そう岩村先輩が声をかけると、そのワタナベと呼ばれた女は、こちらに向かって走り出した。


俺たちは、無言になり、駆け寄ってくるワタナベを見詰めていた。


「胸が揺れとる…」


山倉がそう小声で呟いた。


俺は、思わずまた、後頭部をぶってしまった。


「お、こっちこっち。こいつら、地元の少年野球チームの後輩、みんな今日にでも仮入部出すって」


岩村先輩の横に、少し距離を置いて立ち止まったその女が挨拶した。


渡辺美果ミカです。よろしくお願いします」


そう言うと、帽子を取り深々とお辞儀をした。


(おい、山倉)


岩村先輩が、アストロズ時代に主将だった山倉のわき腹をつつき、慌てて山倉が頭を下げた。


「こちらこそよろしくお願いします」


「お、おねがいしまーす」


山倉に続いて声を上げた俺たちの挨拶は、てんでバラバラで、岩村先輩は、ずっこけるフリをした。


「まぁ、いいや。お前らも、用事がないなら、明日から練習用のユニフォーム着て来いよ。今日は、見学でもしとくんだな。あっ、ワタナベは、今からシートノックやるから、外野の後ろで、球拾いでもしてて」


「はい」


そう言われたミカは、俺たちにもう一度お辞儀をしてベンチ裏のバッグ置き場に走って行った。


そして、バッグから普通のグローブと、キャッチャーミットを出して並べ、少し考える仕草をした後キャッチャーミットを左手にはめ、ノックに入る前の円陣に後ろから加わり、外野に走って行った。


「何か、女がいるとか調子狂うよな。なぁ、立花…」


「山倉、負けんじゃねぇぞ。女とバッテリー組むなんてあり得ねぇからな」


俺は、何か不思議な胸の高揚感を感じ、シートノックが始まったグラウンドに背を向けた時だった。



「あーっ」



瀬谷アストロズのチームメイトが、悲鳴とも、歓声とも取れる声を上げた。


俺は、ミカが最初に投じた外野からの矢のような返球を見ていなかったんだ。



それが、ミカとの初めての出逢いだった。




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