#4 御見舞い
六本木警察署から帰されたあと、俺は、大急ぎで身支度をし、アパートを出たのは9時過ぎだった。
おそらく、9時半頃には、おでんやの女将、田淵さんが入院していると言う、虎ノ門にある病院に着くだろう。
俺は、通りすがりのタリーズで、軽い朝食を済ませ、病院に向かった。
通りの向かい側には、早くから開いている、見舞い客目当てに商売していると思われる果物屋があった。
もちろん、手ぶらで行くわけにはいかない。
受け取ってもらえるかどうか分からないが、一万円分のフルーツを包んでもらい、病院の入院受付窓口にやってきた。
「あの…すみません。昨晩こちらに運ばれてきた、田淵さんが入院していると思うんですけど…」
「あぁ、田淵さんね、えぇ、三階の外科病棟に入院されてますよ。でも…御見舞いは、10時からなんですよ。御家族の方?」
「あっ、いえ、違いますけど…」
「じゃあ、奥の待合室でもう少しお待ち下さい」
壁にかけられた時計に目をやると、9時45分を指していた。
外来患者の待合室ともなっているベンチシートには、沢山の患者が、呼ばれるのを待っていた。
患者ではない俺は、椅子に座るのが憚られて、壁際に向かった。
部屋の隅には、ソフトドリンクの自動販売機があった。
その自動販売機の横には、昨夜、俺が怪我をさせてしまったおでんやの女将のご主人が、少し、虚ろげな表情で立っていた。
一瞬、緊張が走る。
まだ、こちらには気付いていないようだ。
ここで背を向けるわけにはいかないだろう。
「田淵さん」
そう声をかけると、田淵さんは、俺の方に軽く視線を移したあと、また、直ぐに、それまでしていたように、正面を見据えた。
『被害届を出すって息巻いているそうだよ』
江川刑事から言われた言葉が頭をよぎる。
俺は、田淵さんの横に歩みより、膝と両手を床に着き、頭を下げた。
「本当にすみませんでした」
何度も、何度も頭を下げた。
「みっとも無いよ」
暫くして、田淵さんが、俺に声をかけた。
待合室で待つ外来患者達が、異様な光景にヒソヒソ話を始めている。
「本当にすみませんでした。俺にはこんな風に謝るしか出来ないんです」
俺は、さらに頭を下げ続けた。
「土下座もみっとも無いが、僕が言ってるのはそう言うことじゃない」
俺は、頭を上げた。
田淵さんが、腕時計に目を向けた。
「そろそろ10時だな。病室行くか?俺に謝ったって仕方ないだろう」
そう言うと田淵さんは、奥の廊下に向かって歩きだした。
俺は、田淵さんが、振り返りもせずに廊下を左側に折れたの見て慌てて立ち上がり、後を追った。
大きな果物カゴを
抱え、小走りに廊下を進み左に折れると、直ぐに階段があり、2階に上がる踊り場で、田淵さんが俺を待っていてくれた。
俺が現れたのを確かめると、また、階段を上がり始めた。
俺は、田淵さんの3段下をついて歩いた。
確か、3階に入院していると聞いた。
怪我の具合はどうなのだろうか。
「怪我は、大したことはないさ」
田淵さんが、そう切り出した。
「すみません」
そう返す言葉しか浮かばなかった。
3階まで上がると、正面にナースステーションがある。
「あら、田淵さん、もう、検査終わりましたよ」
看護師が、僕の方に訝しげな視線を送りながら、田淵さんに声をかけてきた。
「有り難う」
田淵さんがそう応えると、今度は俺の方を向き、
「じゃあ、行こうか」
そう声をかけた。