#17 貴方はまだ投げられる…
「何か、話をしてよ」
ベンチの右手に座ったミカが、促すように、静かに話した。
「ホントにゴメン。今朝、ちゃんとミカの家に電話して、了解をもらってから会いに来るつもりだった」
俺の言葉のあと、長い沈黙が続いた。
「どうして、わざわざ会いになんか来たのよ」
何故、俺は会いに来たのだろうか。
「山倉から電話がきてさ。電話番号とか聞いたんだ…」
俺は、ミカに何を話せばいいんだろうか。
山倉からは、ミカを励まして、と言われたが、フットサルコートを走り回るミカに、落ちぶれた俺が励ますなんて、ちゃんちゃらおかしい。
「会いたかった」
「プッ」
思わず発した言葉に、ミカが吹き出した。
でも、そのすぐ後、ミカはまた両手で顔を覆った。
「おかしいよ、そんなの。16の時から今まで、ただの一度も会いに来なかったじゃない」
「俺にも、よく分からないんだ。ゴメン。今朝方の夢にミカが出てきて、そこで俺の球を受けてくれたんだ」
「見ての通り、私は貴方の球なんか取れないよ」
「ミカは、目が見えなくても取れるって…」
ミカは黙っていた。
フットサルコートでは、すでに、ブラインドサッカーチームの練習が再開されていた。
「あたしも、時々、貴方の球をキャッチングする夢を見るよ」
ミカの眼差しは、青空の向こう側を向いていた。
「私は、言うの。貴方はまだ投げられる、勇気を出しなよって」
「ミカの声が、やっと昨日、届いたんだな」
ミカの左手が、俺の肩に触れた。背中に触れ、腰回り、上腕の筋肉に沿って、ミカの両手を丹念に這わせた。
「プロの選手としては、肩の筋肉が落ち過ぎてる。背筋力も落ちてるし、腰回りもダブついてる。でも…」
「でも…?」
「これだけ、しなやかで柔らかい筋肉は滅多にお目にかかれないわ。貴方はまだ投げられる。投げなきゃだめだよ、スグル」
ミカの言葉が、胸の奥までしみた。