#16 『ボイ!』
「ボイ!」
「ボイ!」
「ミカ!右30度、5メートル!」
ゴールの後ろに立っているコーチのような男性が指示を出していた。
(バシッ)
「ゴーール!ナイスシュート、ミカ!」
俺は、フットサルコートの脇にあるベンチに座り、ブラインドサッカーの練習を見ていた。
ゴールキーパー以外のフィールドプレイヤーが、皆アイマスクを着けたまま走り回っている、不思議なサッカーだったが、鈴の音色だろうか、ボールから聞こえる音に反応して皆見事にボールに集まって行く。
「フットサルやられるんですか?」
先ほど受付にいた女性が声をかけてきた。
「あっ、いえ、あのブラインドサッカーに少し興味があって…」
「えっ、そうなんですか?珍しいですね。中々知っている方少ないんですけどね」
「『ボイ』ってのは?」
「『ボイ』って言うのは、ボールに行くときの掛け声なんです。ボールの中には鈴が入っていて、プレイヤーは、その音を頼りに、ボールに行くんですけど、ドリブルしてる側も、ボールを奪いに行く側も、周りが見えてませんから、ボールに近づく時は『ボイ』って掛け声を掛けるんですよ」
「でも、あれじゃゴールが、見えない…」
「自陣のゴールの後ろには、健常者のガイドが一人立って、プレイヤーに指示を出します。今、角度と距離を指示してましたよね。あの指示を参考に、声のする方向に向けてシュートを放ちます」
「でも、皆さん、凄いですね。目を隠したら、とてもあんなこと出来ませんよ」
「このチームは、去年の全国大会で準優勝してるんですよ。さっき連れてきてくれたミカさんなんかは、健常者の時のサッカー経験が殆んど無いのに、今やこのチームのエースストライカーなんです。ホント、血の滲むような努力をしたんだと思うな…あれ、どうかしましたか?」
「いえ…別に…」
「…いらっしゃいますよ。ブラインドサッカー見て、感動して泣かれる方。分かりますよ」
俺は、アイマスクをしながら必死にボールを追いかけるミカを見ながら、自分でも気が付かないうちに、涙を流していた。
ミカが、失明と戦い、血の滲むような努力を重ねている間、俺は、一体、何をしていたのだ。
「ミカ、どうした?まだ、ハーフタイムまで5分あるぞ」
ミカが、コート中央で突然立ち止まり、アイマスクを外して辺りを伺いながら大きな声を発した。
「さっきの方、まだいますか?」
「ここにいるわよ、ミカちゃん。どうしたぁ?」
ミカが少しこちらに歩み寄ってきた。
「もしかして、スグル?」
俺は、黙っていた。
「あなた、スグルでしょ?」
隣の受付の女性が、ミカと俺の顔を交互に眺めながら、目を白黒させていた。
「ミカ、ゴメン。黙って来るつもりじゃなかったんだ。でも、突然目の前にミカが現れたから言い出すチャンス無くして…」
何故か、ミカは俺の声を聞いて、両手で顔を覆った。
「なんだ、知り合いかぁ、じゃあ10分きゅうけーい!」
コーチの男性が声をかけた。
立ち尽くすままのミカに受付の女性が駆け寄り、手を引いて俺が座るベンチに連れてきた。
「二人でお話ししなさいよ」
そう言い放つと、俺にウインクして、去って行った。
ミカは、何故か、俺の前で立ち尽くし、涙を流していた。
ミカ、何故泣いているんだ。
ミカ。