#15 再会は突然に
ミカの母から、ミカが向かっていると言う、フットサルコートの場所を電話で聞いた。
大府駅前のロータリーにある地図を見ながら説明を聞いたので、駅から北東の方向に向かって、約1.5キロの位置にあることが分かった。
普段ならタクシーに乗ってもいい距離だが、ミカの母から「ミカはまだそのコートに向かって歩いているかも」と聞いていたので、俺も歩いて行くことにした。
大府駅の北口から歩き始めて15分ほど歩いたころだった。
(キキキィーー)
突然、大きな自転車のブレーキ音が通りに響き渡った。
(バキッ)
(ガシャーン)
俺の20メートル位の前方から、女性の小さな悲鳴も聞こえた。
「何をボケっとしよるで!」
ヘッドホンをしながら、右手に携帯電話を握りしめたその少年は、尻もちをついている女性に向かってそんな罵声を浴びせていた。
俺は、思わずその現場まで全力疾走した。
「ふざけんな、てめぇ、ヘッドホンして、携帯見ながら、前を見てねぇのは、てめぇの方だろうが!しばくぞ、このクソガキが」
俺は、思わずその少年の胸ぐらを掴んで、殴り掛かろうとしていた。
「いいんです、すみません。気を付けますの許して下さい」
その女性は、許しを乞うように何度も何度も頭を下げた。
自転車の少年は、そんな女性の言葉に、俺が怯んでいる隙に、自転車にまたがり、舌打ちをしながら通りの向こう側に走り去って行った。
「大丈夫ですか?」
俺は、その女性に駆け寄り、手を差しのべたのだが、彼女は、差し出した手に反応せず、地面に両手を這わせて、何かを探す仕草をした。
茶色い大きなサングラスをしたその女性が、視覚障がい者であり、探しているのは、直ぐ側に落ちている白いステッキであること・・・そして、その女性が、ミカであることをすぐに理解した。
「怪我はありませんか?」
「ご親切にありがとうございます、もう大丈夫ですので」
俺は、白いステッキを拾い上げ、ミカの手に渡そうとしたが、その白いステッキは、先ほどの自転車との衝突で、真ん中からポッキリと折れていた。
「ステッキ、真ん中で折れますよ」
辛うじて表皮一枚で繋がり、もはや役に立ちそうもないステッキを、俺はミカに手渡した。
ステッキを触りながら少し考える風をしたミカは、小さい溜め息をついた。
突然のミカとの再会に、俺の心臓が激しく鼓動していた。
(ミカ)
喉仏のすぐ下まで声が出かかっている。
「直ぐそこのフットサルコートに向かっているんですが…もしお時間が有りましたら、連れて行ってもらえませんか?」
ミカは、恐る恐る俺にそう申し出た。
「もちろん、良いですよ、俺もそこに行こうとしていたところなんです」
「良かった!助かります。そこに行けば知り合いも沢山いるのでなんとかなります」
「ど、どうすれば良いのかな?」
「あっ、そうですね、私が貴方の右肩に手を添えますので、斜め前を歩いていただけますか?」
ミカは、俺の腕に触れ、左手をそっと俺の右肩に添えた。
「左手にコンビニがあると思うんですけど、このまま150メートルほど進みます」
「了解」
暫しの沈黙が流れた後、ミカが俺の右肩に乗せた左手で肩を擦り出した。
「凄い筋肉ですね…野球ですか?」
「あぁ、中学、高校、その後も少し…」
ミカは、右肩に乗せた手のひらを背中に移し、筋肉の筋に沿って何かを確認していた。
俺の心臓は、もはや破裂しそうな位に爆走していた。
「凄い筋肉ですけど…そうですね、5、6年はトレーニングしてないって感じですか?」
「なんでそんな事が分かるの?」
「私、整体とスポーツトレーナーの仕事してるんです。高校野球のピッチャーの子とかも見てますから、あっ、見えてないですけど、触れてますんで、この肩の凄さ分かりますよ。いいピッチャーだったんでしょう?」
「大したことなかったんだ。コントロールが悪くて…」
「あっ、もうすぐ郵便局がある角に着くと思うんですけど…」
「あぁ、今郵便局の前だよ。隣のビルの屋上にフットサルコートの看板が見えてるよ」
「良かった。助かりました。じゃあ屋上の受付に行きましょう。何方かと待ち合わせですか?」
「いや…今日は初めてで、ちょっとフットサルコートを見学に来ただけなんだ」
「そうですか…」
そうこうしているうちに、エレベーターが屋上階に到着した。
エレベーターのドアが開くと、すぐ正面の小さな建物が受付になっていて女性が二人立っていた。
「ミカちゃん、今日は遅いじゃない、みんな練習始めてるわよ。あらあら、今日はカレシ連れ?」
「ち、違いますよ!さっき、ヘマしてステッキ折っちゃって、たまたま助けてもらって…ついでに連れてきてもらったの。ちょうどここの見学に来るところだったんですって」
「なんだ、ミカちゃんお客さん連れてきてくれたんだ。ありがとう」
「おーい、ミカ、早く来いよ」
既にコートで練習を始めていたメンバーの一人が声をかけてきた。
「あの、今日は、本当に有り難う御座いました。助かりました。ここ、凄くいいコートなんでゆっくり見て行って下さい」
そう言うと、ゆっくり歩きながら、コートの方に向かった。
俺は、受付の女性と少し話をした後コート脇のベンチに座り、ミカ達が始めた『ブラインドサッカー』を眺めることにした。
右肩には、まだミカの手のひらの感触が残っていた。