第98話「ご機嫌」
――いや、助け船なのか?
「それって……」
ちょっと引っかかることがあり、笹川先生に視線を向ける。
「はい、時間を気にせず遠慮なくごゆっくりしてください」
……うん、やっぱりそういうことか。
どうやら助け船は助け船でも、美咲の助け船だったらしい。
「……♪」
終電問題は姉が解決してくれたから、問題なく甘えられると思ったんだろう。
美咲が嬉しそうに俺の腕に抱き着いてきた。
これは暗に、『まだ帰るな』と言われているようだ。
……どうしたものか。
「これ以上、笹川先生に迷惑をかけるわけにはいきませんので……」
とりあえず、姉のほうを説得してみることにする。
「いえいえ、白井さんにはいつもお世話になっておりますからお礼をさせてください。それに私も、白井さんがいてくださるほうが助かります」
それは多分、まだ美咲と二人きりになるのは気まずいということなんだろう。
一応美咲は納得したはずだけど、俺が言ったから無理矢理納得した可能性はなくはない。
そうだとしたら、俺がいなくなったらまた美咲が笹川先生に不満をぶつけてしまうことも考えられるのだ。
――まぁ、ほとんどないだろうけど。
なんだかんだ言って、美咲はいい子だからな。
とはいえ、迷惑をかけた相手に『助かる』と言われてしまうと、断るわけにはいかない。
「わかりました、それではもう少しだけいさせて頂きます」
あまり遅くならないように気を付けつつ、帰りは送ってもらおう。
もちろん、母さんには心配かけないように連絡しておかないといけないが。
「来斗君を取ったら駄目だよ……?」
姉の発言をどう解釈したのか、美咲は牽制するかのようにジト目を笹川先生に向ける。
その際に彼女はギュッと俺に抱き着く腕へ力を込めたのだけど、彼女の大きな胸が押し付けられて心臓に悪かった。
「取らないよ」
笹川先生は困ったように笑いながら美咲の発言を否定する。
実際亡き夫に想いが残っている彼女が、他の男に見向きをすることはないだろう。
それくらい美咲ならわかっていそうだけど……。
しかし正直、独占欲を向けてもらえるのは悪い気はしない。
というか、嬉しいって気持ちはある。
それだけ美咲が俺を好きでいてくれているということだから。
――まぁ、やりすぎたら注意はするけど。
「美咲、笹川先生のご飯を頼むな?」
俺は優しく美咲の頭を撫でてお願いをする。
「うん、わかってるよ」
それで機嫌が良くなったらしく、美咲はかわいらしい笑みを浮かべて頷いたのだった。
相変わらずこういうところは素直でとてもかわいい。