第97話「彼氏を帰したくない彼女」
「あっ、白井さん、私は大丈夫ですので……!」
美咲が返事をするよりも早く、笹川先生が慌てたように止めてきた。
彼女からしたら、気まずくなるのも仕方がない。
「これを、落としどころにさせてください」
笹川先生の気持ちはわかるものの、美咲のためにここは料理を作らせてもらいたかった。
何より、笹川先生はお願いに来た時よりもお腹が空いている状態だろう。
ここで美咲に作ってもらわなければ、最悪笹川先生は食べるのを我慢して寝てしまうかもしれないので、これ以上迷惑をかけたくないのだ。
「落としどころ……わかりました」
俺の気持ちを汲んでくれたらしく、笹川先生は優しい笑顔で頷いてくれた。
やはり彼女は俺たちよりも数段大人だろう。
「美咲、お願いできるかな?」
笹川先生は了承してくれたが、彼女の遮りにより肝心な美咲の返事をまだ聞けていない。
俺が作るわけじゃないのだから、美咲が頷いてくれないとどうしようもないのだ。
――まぁ最悪、俺が作るが……。
「うん……大丈夫だよ」
俺の些細な懸念はやはり考えすぎだったようで、美咲はゆっくりと頷いてくれた。
これでこの問題は解決するだろう。
まったく……最後の最後に、思いも寄らぬ落とし穴があったものだ。
「それじゃあ任せるね。俺は帰るから」
決着したことで、なんとかギリギリ終電には間に合いそうだ。
そう思って急いで帰ろうとすると――。
「帰っちゃうの……?」
美咲が後ろから俺の服の袖を指で摘まみ、上目遣いで引き留めてきた。
その表情は小動物が縋ってきているような感じで、とても寂しそうにしている。
離れたくないという気持ちが伝わってきて、胸が締め付けられた。
しかし――。
「帰らないと、電車がなくなっちゃうから」
歩いて帰れない距離ではないのだけど、凄く時間がかかってしまう。
ましてや母さんは明日仕事なので、寝ずに俺が帰るのを待っている場合負担をかけてしまうことになる。
これ以上ここに留まるわけにはいかないのだ。
「…………」
だけど美咲は袖を放してくれず、無言でクイクイと引っ張ってくる。
暗に《帰るな》と言っているんだろう。
その仕草は、かわいいんだけどな……。
「ごめん、帰らないといけないから……」
「…………」
暗に《放してくれ》と言ったつもりなのだけど、美咲は放してくれない。
甘えん坊のスイッチが入ると離れてくれなくなるようだ。
さすがに、無理矢理剥がすのは可哀想だしな……。
そう困っていると――
「私がお家まで送りますよ」
――笹川先生が、助け船を出してくれた。