第96話「人として」
「……♪」
俺の胸に顔を押し付けてきている美咲は、笹川先生が視界に入っていないからか、遠慮なく頬を擦りつけて甘えてきていた。
かわいいのだけど、目の前に彼女の姉がいる身からすると気まずい。
俺は後どれくらい、この気まずい時間を耐えなければならないのだろうか。
「美咲、そろそろ話いいかな?」
終電があるのでのんびりしていられないのと、美咲を座らせた目的と状況が既に変わってしまっているので、俺は美咲に声をかけてみる。
「…………」
降りろと言われると思ったんだろう。
美咲は寂しそうに上目遣いで俺の顔を見上げてきた。
ずるい……。
こんな目をされると、降りてくれなんて言えないじゃないか……。
――まぁ言うんだが。
「しないといけないことがあるよね?」
あえてはっきりとは言わず、俺は美咲に促してみる。
それにより、美咲はバツが悪そうに目を逸らした。
ちゃんと自覚しているようだ。
あまり甘やかすのも良くないので、俺は黙って美咲の行動を見守る。
「…………」
俺が何も言わないからか、美咲はチラッチラッと俺の顔色を窺ってきた。
不安そうにこちらの顔色を窺う姿はとてもかわいらしいのだけど、助け船は出さないように我慢する。
優しく頭を撫で続けて、美咲が動くのを待ち続けた。
やがて――美咲は俺の膝から降りて、笹川先生のほうを見た。
「お姉ちゃん、ごめんなさい……」
そう言って、ゆっくりと頭を下げる美咲。
ようやく謝ることができたようだ。
いろいろと不満があったのを飲み込み、きちんと謝ることができた彼女は人として出来ているだろう。
間違っていることを認められず、逆ギレするような人間が多い中、素直に謝られた彼女のことを偉いと思った。
「俺もすみませんでした、いろいろと迷惑をかけてしまって」
彼女が謝っているのに俺がボーッと見ているわけにもいかず、二度目にはなってしまうが立ち上がって美咲と同じように頭を下げた。
笹川先生からすると今日はとんでもない厄日だっただろう。
本当に、申し訳ないことをしてしまった。
「二人とも、顔を上げてください。私は別に、怒っていませんから」
俺も含むからだろう。
笹川先生は敬語で話しかけてきた。
その声はとても優しく、慈愛に溢れているかのような温かみを感じる。
彼女にとって美咲は妹でありながらも、どこか娘みたいなところもあるのかもしれない。
「ありがとうございます。ただ……迷惑をかけていて、謝るだけってのも良くないと思いますので……」
俺は笹川先生にお礼を言いつつ、隣で頭を下げたままの美咲に視線を向ける。
「美咲、笹川先生にご飯を作ってくれないか?」