第91話「優しい笑み」
「うっ……!」
笹川先生の指摘に対し、美咲は息を呑んでしまう。
自分でも痛い部分を突かれたと思ったんだろう。
しかし、彼女はすぐに口を開いた。
「い、一緒にいたかっただけだもん……! 私と来斗君は、健全なお付き合いをしてるから……!」
美咲はそう答えるが、顔が赤くなっているので説得力がない。
ましてや、付き合ったばかりで抱き合ったり膝の上に座ったりする関係は、果たして健全なのだろうか?
……まぁ、美咲はこれを素で言っているのだから、彼氏目線では余計にタチが悪いんだが。
「こんな遅い時間に男の子を連れ込む時点で、健全じゃないよ……! それに、本当に健全ならお家に行けばよかったのに……!」
笹川先生は的確に美咲が答えづらい部分を突いていく。
彼女も冷静さを欠いてはいるが、美咲のほうが動揺しているので結果は火を見るよりも明らかだろう。
仕方ないな……。
「――すみません、俺がまだ美咲と一緒にいたいと我が儘を言ってしまったんですよ。当然、こんな時間に男を家に連れて行くわけにもいかず、かといって俺のお願いを断われず困ってしまった美咲は、笹川先生のマンションなら――と言ってくれたんです」
このままだと美咲が言い負けるのはわかっているし、何より姉妹喧嘩をさせるのは良くないので、俺は嘘を吐いて間に入った。
もちろん、美咲が反論できないように再度俺の胸に彼女の顔を押し付けている。
「ら、らいとくん……」
顔を押し付けているので喋りづらいはずなのに、美咲は俺の名前を小さく呼んできた。
あれだけ、嘘を吐いて逃げるのは良くない、と言っている俺が嘘を吐いたことに不満を覚えたのかもしれない。
「文句は後で聞くから」
俺は美咲に耳打ちをし、ポンポンッと頭を優しく叩いて視線を笹川先生へと向ける。
「…………」
俺と目が合った笹川先生は、すぐに視線を逸らしてしまった。
多分我に返ったんだろう。
気まずそうにしているのは、美咲と言い合いする姿を俺に見せてしまったからか、それとも下着姿の件を引きずっているのかはわからない。
だけど、自分から冷静になってくれたのは有難かった。
「本当に、勝手にお邪魔してすみません」
まだそのことについて謝ってなかったな、と思い出した俺は先に謝っておく。
「いえ……」
笹川先生はそれ以上言葉を紡ぐことはなかった。
何を言っていいのかわからないのかもしれない。
「安心してください。彼女が言っているように、美咲とやましいことをするつもりはなかったので」
俺は美咲の頭を優しく撫でながら、自分が作れる一番優しい笑みを意識して浮かべる。
こんなことを言って信じてもらえるとも思えないが、それが事実なのだから仕方がない。
「……白井さんは、相変わらず大人ですね……」