第9話「付き合えない理由」
「いったい、どういう理由でだ?」
「…………」
尋ねてみるも、美咲はギュッと口を結び、目を逸らしてしまう。
「言いづらいことなのか?」
「そうじゃないけど……わざわざ、言葉にすることでもないっていうか……」
おそらく、俺に言うべきことじゃないんだろう。
正直、本当に付き合っているわけではないのだから、彼女がどうしようと彼女の自由だ。
ただ――面倒ごとに巻き込まれる可能性があるなら、知ってはおきたい。
俺だけならともかく、心愛を巻き込みたくはないから。
「話せることなら、話してほしい。良好な関係を続けていくにも、下手な隠し事はなしにしないか?」
「……引かない?」
美咲は、上目遣いに俺の顔色を窺ってきた。
あっさりと話す姿勢を見せたので、本当に話しづらい内容ではないのだろう。
だけど、彼女が気にしている部分が意外だった。
引くって――変な性癖でもあるのだろうか?
「聞いてみないと、なんとも」
「だよね~。君はそう言っちゃうよね~」
先程似た会話をしたばかりなので、美咲は苦笑いを浮かべる。
仕方がない、こういう性格なんだから。
「…………私ね……人を好きになるのが、怖いの……」
美咲は体育座りをし、膝に顔をうずめながら、ゆっくりと話し始めた。
「好きっていうのは、恋愛的な意味でか?」
彼女は誰とでも仲良くしている。
特に、隣のクラスの鈴嶺氷華という女子と、凄く仲がいいらしい。
聞いた話によると、幼馴染なのだとか。
少なくとも、鈴嶺さんのことは友達として好きだろうから、人を好きになれないわけじゃないと思った。
まぁ、俺は彼女のことが苦手だけど。
なんせ、凄くクールで男子に冷たいからな。
「んっ……」
俺の考えを肯定するように、彼女は小さく頷く。
「何か、トラウマがあるのか?」
怖い、というのが引っかかったので、思ったことを尋ねてみる。
すると、彼女は再度頷いた。
「好きな人が、いなくなっちゃったら……心が、壊れちゃうから……」
「どういう意味だ……?」
別れた時の話をしているのだろうか?
しかし、それでは大袈裟な気がする。
となれば、言葉通り――にしても、おかしい。
たとえ離れ離れになったとしても、技術が発展した今では、容易に遠方の人と連絡を取れる。
しかも、顔を見合わせながら話すことだって可能なのだ。
寂しいという気持ちはあるだろうが、心が壊れるほどではない。
それじゃあ、残るは――死か?
「もう六年も前の話だけど……私のお姉ちゃんね……結婚してすぐに、旦那さんを事故で亡くしてるの……」
「なるほどな……」
やはり、人の死が関わっていたようだ。
結婚したばかりというと、数ある幸せの中でもピークの頃だろう。
好きだった相手が突然死んでしまえば、ふさぎ込むのもわかる。
そして、六年前といえば、俺たちが小学生の時だ。
幼かった彼女には、ふさぎ込む姉の姿がショックだったのだろう。
「とても優しくて、頼りになる人で――お姉ちゃん、その旦那さんのことが大好きだったの……。だから、亡くなった時立ち直れなくなって――三年間、まともに外に出られなくなったんだ……」
昔を思い出しているのか、顔をうずめている彼女の体は、小さく震えていた。
よほど辛い思い出なのだろう。
「そんなふうになった姉を見ていたからこそ、同じようになりたくないってことか」
「んっ……お姉ちゃんは強い人だから、立ち直れたけど……私は、立ち直れる自信がない……」
大袈裟に聞こえるが、彼女の言っていることがわからないわけじゃない。
俺だって、四年前――心愛が生まれる直前に、父親を事故で亡くしているのだ。
その時のショックはかなりのもので、生まれてきた心愛に癒されてなかったら、今も引きずっていたかもしれない。
「それで、俺を将来凄く傷つける、か……。凄い自信だな」
「うっ……だから、事前に確認したんだよ……」
要は、将来的に俺が彼女に惚れると思われているわけだ。
そう思われているのは――正直、嫌な感情が沸いてくる。
だがしかし、彼女がそう意識するのもわかるのだ。
彼女は今まで多くの男子に惚れられてきた。
そして、これから俺と彼女は、周りに疑われないよう恋人のフリをしていく。
さすがにキスなどはしないが、デートや手を繋いだりはするんだろう。
たとえ今まで意識していなかった相手でも、恋人らしいことをしていれば意識してしまうことはある。
だから彼女は、そうなってしまった時、俺を傷つけることを危惧しているようだ。
「まぁいいけどな、俺が惚れない保証なんてないし」
「そこで惚れないって断言しないのが、凄いよね……」
「人の心は、そう簡単にコントロール出来たりしないからなぁ」
見栄を張ったり、照れ隠しで惚れないって言う奴はいるだろうが、モテまくってる学校のマドンナ相手に言ったところで、説得力なんてない。
下手な見栄は張らないほうが、身のためだ。
「偽カップルになってもらっておいて、図々しいってのはわかってるけど……ごめんね……。もしそうなっても、私は多分……君の期待に、応えてあげられない……」
美咲は顔を上げ、辛そうな表情で俺の顔を見てくる。
優しい奴は、ほんと難儀だな……。
「安心しろよ。誰も本気で付き合えるなんて、期待はしてないから。そんな相手なら、美咲はフリをしようなんて思わないんだろ?」
「もちろん、そうだけど……。いろいろと助けてもらっておいて、こんなの図々しすぎるから……」
「気にしなくていいんだってば。告白されたら付き合わないといけない、なんていうルール、この世に存在しないんだからな」
何より、偽カップルだからといって、将来的に本気で付き合えると期待しているなら、それはそいつが悪いだけの話だ。
要は下心で、恋人のフリをしているわけだからな。
美咲が振ったところで、彼女は何一つ悪くない。
「……それじゃあ、一つだけ約束をしてくれないかな……?」
てっきり、話はついた――と思ったのだけど、美咲はまだ続けるらしい。
まじめなのはいいが、あまり引っ張られるのは好きじゃないんだが……。
気にされすぎても、居心地が悪いだけだ。
あと、普通に腹が減って辛い。
「何を?」
「その……もし、そうなったとしても……私に、告白だけはしないで……。そうすれば、私は……デートとかには、付き合えるから……」
また、とんでもないことを言い出した。
本当にまじめすぎるというか、優しすぎるというか……。
要は、関係をはっきりさせようとしなければ、彼女は俺の気持ちに気付いても気付かないフリをする、というわけだ。
そうすれば、恋人のようにデートはできるので、それで満足してくれ――ということなのだろう。
まだ俺が惚れたというわけでもないのに、こうやって落としどころを提案してくるところが、まじめすぎると思ってしまうのだ。
まぁそんだけまじめで真剣に相手と向き合える子だからこそ、みんなから人気があるんだろうが。
「わかった、それでいい」
とりあえず、俺が頷かない限り美咲はまだ引きずりそうなので、頷いておくことにした。
それで安心したようで、彼女は胸に手を当てて、ホッと安堵の息を吐く。
これで、話がついたか。
それじゃあ、やっとご飯に――と思ったのだけど、一つ確認しておかないといけないことがあった。
「ところで、一つ気になったんだが……鈴嶺さんには、本当のことを話している認識でいいよな?」
仲のいい幼馴染相手だ。
さすがに事前に話しているだろう。
そう思ったのだけど――。
「い、言えないよ……! だって、すっごく怒られちゃうもん……!」
美咲は、テンパったようにブンブンと首を左右に振ってしまった。
「えぇ……」
おいおい、勘弁してくれよ……。
美咲の幼馴染ってことは、絶対美咲のトラウマ知ってるだろ……?
どう誤魔化すんだよ……。
話が面白い、美咲がかわいいと思って頂けましたら、
評価やブックマーク登録をして頂けますと幸いです(≧◇≦)