第88話「妹の怒り」
「えっと……」
俺は恐る恐る美咲に視線を向ける。
「うぅ……!」
邪魔をされた美咲は、目に涙を浮かべながら頬をパンパンに膨らませていた。
あぁ……ガチギレしてるやつだ……。
「落ち着こうな……?」
先を制したほうの勝ちというわけではないが、美咲が行動を起こす前に俺はすぐに頭を撫でて落ち着かせる。
しかし――。
「お姉ちゃん、絶対わざとしてるでしょ……!」
よほど怒りが溜まっているらしく、なでなででは美咲の怒りは収まらなかった。
彼女はベッドから降りて、ドアへと向かう。
「えっ? えっ?」
その間、ドア越しからは笹川先生の戸惑う声が聞こえてきた。
部屋内のことなんてわからないだろうし、間が悪かったということに気が付いていないんだろう。
「美咲、落ち着いて」
すぐに彼女の後を追った俺は、美咲がドアを開ける前に後ろから抱きしめた。
「だって……!」
美咲は涙目で俺の顔を見上げてくる。
言いたいことがわからないわけではないが……このまま、興奮した状態では喧嘩になりかねない。
笹川先生だって悪気はないのだから、対応を間違えたら駄目だ。
「美咲の気持ちはわかってるから、俺に任せてくれないか?」
興奮している彼女より、俺が話したほうがいい。
本当は美咲が落ち着いてから――のほうがいいんだろうけど、電車の時間も気にしないといけないのだ。
美咲の機嫌が直らないまま俺が帰らないといけなくなった場合最悪だし、笹川先生も話があるから来たんだろう。
ここで先延ばしにするのは得策じゃないと判断した。
「……んっ」
自分の気持ちより俺のことを優先してくれたらしく、美咲はコクッと小さく頷いた。
まだ不満そうではあるけれど、俺は褒める意味を込めて彼女の頭を撫でる。
「笹川先生、どうぞ中へ入ってください」
俺は遠ざけるように美咲を連れてベッドへと戻りながら、ドア越しに声をかけた。
「いいんですか……?」
美咲が怒っていたこともあり、笹川先生は弱々しく尋ねてくる。
なんというか、笹川先生は笹川先生で可哀想だ。
俺なんかに、ほぼ裸を見られてしまったのだし。
「はい、美咲は大丈夫ですから」
現在彼女は、俺の胸に顔を押し付けてきている。
これ以上怒ることはしないだろう。
――下手な地雷を踏まない限り。
笹川先生が何を言ってくるのかはわからないが、話題と反応にだけは気を付けないといけない。
「それでは……」
美咲と一緒にベッドへと腰掛けると、ゆっくりとドアが開いたのだった。