第86話「素直で素直じゃない彼女」
「――来斗君って……」
「ん?」
頭を撫でていると、何やら声を掛けられたので俺は美咲に視線を向ける。
「大胆なことを、いきなりするところがあるよね……」
どうやら、頬にキスをしたことを言っているようだ。
まぁあんなことを突然すれば、美咲が引きずるのも当然なのだろうけど。
「嫌だったか?」
「……そういうの聞くのは、いじわるだと思う……」
一応聞いてみると、美咲はプクッと頬を膨らませてしまった。
そして、拗ねているような目で、非難するように俺を見上げてくる。
言葉にしている通り、意地悪で俺が聞いてきていると思ったのだろう。
「…………」
俺は黙って美咲を撫で続ける。
頭を撫でたり頬を撫でたりしていると、今度は美咲の全身がモジモジと動きだす。
太ももをすり合わせているところを見るのは、少々心臓に悪かった。
「いじわる……」
美咲は拗ねたようにそう呟くと、潤った瞳で再度俺の顔を見上げてくる。
「嫌なわけ、ないよ……。大好きな彼氏さんから、キスしてもらえたんだから……」
恥ずかしそうにそう言ってきた美咲は、真っ赤になっている顔を隠すようにすぐに俺のお腹に押し付けてくる。
甘えん坊のくせに照れ屋なんだから、ずるい。
こんなの、かわいくないはずがないじゃないか。
「……ありがとう」
どう返すべきか悩んだ俺は、『嬉しかったのか』とか、『素直だな』と照れ隠しで返すことを考えたが、さすがに自分でもキモいなと思ったり、意地悪をして美咲が今後素直にならなくなっても困ると思ったりしたので、お礼を伝えてみた。
「なんで、お礼……?」
しかし俺の返しが解せなかったらしい美咲は、疑うように俺の顔を見上げてくる。
まるで何か悪巧みでもしているんじゃないか、と思っているような警戒する目だ。
彼女がする目じゃないだろ……と思いつつ、溜息交じりに口を開く。
「まぁ、嬉しかったから、か?」
「……嬉しかった……ふふ」
正直に答えると、美咲は意外そうに目を見開いた後、嬉しそうに笑い声を漏らした。
頬は笑うのを我慢しようとしているように見えるが、嬉しいのを我慢しきれないようににやけている。
意地悪をされたと思っている手前我慢しているんだろうけど、隠せていないところがまたかわいい。
わざわざ指摘するのもあれだと思ったので、かわいい彼女の顔を見つめていると――
「あっ、でも……」
――何やら突然、美咲の表情が不満そうなものに変わる。
「どうした?」
彼女が不満に思うようなことは何もしていないので、理由がわからない俺はすぐに尋ねてみた。
すると――。
「なんで、頬だったの……?」
美咲が質問をしてきたのは、キスした位置に関してだった。