第84話「上書きをする」
熱に浮かされているかのように、真っ赤に染まった顔と潤った瞳で見つめてくる美咲。
とんでもない発言をしていることを、本人は自覚しているのだろうか?
「ムキになりすぎだ」
こんな対抗心だけで勢いに任せるようなやり方、冷静になった際に絶対後悔する。
だから俺は美咲の頬に手を添え、優しく撫でて落ち着かせようとした。
「ムキにもなるもん……。今来斗君の頭の中は、お姉ちゃんでいっぱいだろうし……」
美咲は顔を離し、恨めしそうな顔で俺のことを見つめてくる。
やっぱり美咲は独占欲が強いのだろう。
あれだけ仲良さげだったのに、姉への敵意を剥き出しにしている。
多分、相手が鈴嶺さんだろうと、同じことになれば美咲はこうなるだろうな。
「むしろ美咲でいっぱいなんだが?」
さっきから、どう宥めるかってことをずっと考えているんだから。
「はぅっ……!」
どうやら今のはクリティカルヒットしたらしく、美咲は再度俺の胸に顔を押し付けてくる。
耳まで真っ赤になっているので、かなり効いたようだ。
照れ屋の彼女はかわいいのだけど……また、変な意味で捉えたんだろうな……。
怒りが収まるならそっちのほうがいいので、わざわざ訂正はしないが。
「ら、来斗君の、えっち……」
「理不尽すぎる」
上書きしたいとか言っていた子が、何を言っているんだという話だ。
「…………わ、私の、裸……見たいの……?」
少し黙り込んだ美咲は、何を思ったのか更にとんでもないことを上目遣いで聞いてきた。
もう止まらない暴走車かのように、アクセルを踏み続けているようにしか見えない。
「自分が言っている意味、わかっているか……?」
俺は、顔が熱くなるのと胸が高鳴るのをなんとか我慢しながら美咲の顔を剥がし、目を見つめて尋ねる。
「わ、わかってるよ……。でも、お姉ちゃんのあんな姿上書きできるのって……そういうことだし……」
笹川先生の格好は、髪で上側の大事な部分を隠せていたとはいえ、実際はパンツしか穿いていなかったので、ほとんど裸だったといえる。
大人の女性ということで体つきも凄かったため、美咲は裸じゃないと駄目だと思い込んでいるようだ。
全く……本当に、厄介な子だ。
「美咲はそれで後悔しないのか?」
「……いつかは、そういう日が来るだろうし……」
問いかけに対して、美咲は明確に頷くことはしない。
迷いがあるんだろうし、半ばやけくそになっている自覚もあるのだろう。
となれば、やっぱりこの先後悔する可能性が高い。
そんなの、彼氏として許せなかった。
「俺になら、裸を見せてもいいって思っているんだな?」
「………………うん、お姉ちゃんのを上書きできるなら……」
念のため確認してみると、美咲はまた時間をおいて頷いた。
要は、上書きをすることが第一なんだろう。
それなら――
「別に、似たようなことをする必要はないだろ……。美咲は、俺の彼女なんだから」
俺はそう言うと――美咲の頬へと、口付けをした。