第82話「座り心地」
「いや、それは……」
誤解だ、と誤魔化そうとしたが、俺は言葉に詰まってしまう。
今まで散々美咲に嘘を吐いて逃げるのは良くないと言っておきながら、自分は嘘を吐くのか、と良心が痛んだのだ。
少なくとも俺が笹川先生の水着姿に見惚れていたことは事実であり、今しがたも下着姿に見入ってしまっていた。
否定しても、美咲は信じないだろう。
「ごめん、俺も男だから……」
変に誤魔化すよりもちゃんと向き合ったほうがいいと思った俺は、素直に美咲へと謝ることにした。
「私や氷華ちゃんの水着姿には、興奮してなかった……!」
だけど、美咲は更なる不満をぶつけてくる。
いや、言い方……。
とは思ったけど、今の美咲にはそれだけ余裕がないんだろう。
「鈴嶺さんはともかく、美咲の水着姿は魅力的だと思ってたぞ? だから、直視できなかったんだし」
鈴嶺さんを同列に並べて話すと更に話がこじれそうだったので、念のため前置きをして伝えてみる。
それに、笹川先生に贅肉が付いていることでより扇情的な姿になっているだけで、スタイル自体は凹凸がはっきりとしている美咲のほうがいい。
ましてや、胸の大きさだけを見ればそう変わらないのだし。
「お姉ちゃんのは、顔を赤くして直視してたもん……」
しかし、美咲は納得してくれないようだ。
若干怒りは収まったようだけど、拗ねたように唇を尖らせ始めた。
あれは、なんというか……うん、目を逸らすのを忘れるくらいに扇情的だったんだから、仕方がないじゃないか。
――なんてこと、言えるはずもなく。
そもそもあの頃の俺は、正直笹川先生にかなりの好意を持っていた。
いや、今も好意自体は持っているけど、あの感情が恋愛ではないということに気が付いた今では、もう種類が別のものだ。
それは、美咲に対する気持ちと比較した際に分かった。
多分俺は、単純に笹川先生に憧れてを抱いていただけなのだ。
しかしあの時の俺はそれがわからず、抱いている気持ちが恋愛感情かもしれないと思っていたところで、あんな贅肉が付いたムチムチボディを見せられていた。
初対面であろうと凄く魅力的に映る光景だろうに、想いを寄せる思春期の男子が興奮を覚えないはずがないのだ。
この辺を正直に言うと美咲がより怒るので、言えないのだが。
「美咲は誰もが見惚れるほどの美少女だ。当然俺だって美咲の水着姿はとても魅力的だと思う。そこに嘘はないよ」
俺はあくまで事実だけで美咲を説得にかかる。
「――っ。そ、そっか……」
嘘じゃないというのが伝わるように真剣に見つめていたおかげか、美咲は頬を赤くして口元を手で隠しながら目を逸らした。
照れたらしい。
「納得してくれたか?」
雰囲気が和らいだので、俺は笑顔で尋ねてみる。
しかし――。
「で、でも、お姉ちゃんのはだ――下着姿のせいで、来斗君の頭の中がお姉ちゃんのことでいっぱいになってる……!」
俺が丸め込もうとしていることに気が付かれたのか、美咲はまた怒りの矛を向けてきた。
さすがに、一筋縄じゃいかないか……。
「いや、それはないが……」
今だって、美咲をどう説得するかで頭がいっぱいなのだし。
そりゃあ、目を瞑れば先程の笹川先生の姿が鮮明に思い浮かぶだろうけど。
そこはもう仕方がない。
好きとか憧れとか関係なく、あんなものを見せられたら思春期男子の脳裏には焼き付くに決まっている。
「嘘だよ……! あんな、え、えっちな姿見たら、男の子は興奮するよ……! その、さっきから座り心地が悪くなってるし……!」
「…………」