第80話「下着姿」
美咲が言っていた通り、マンションはエントランスから既にお高そうなセキュリティのロックがかかっており、彼女が持っている鍵によって中へと入れた。
「――はい、どうぞ」
そして部屋の鍵を開けると、美咲はソワソワとした落ち着きのない様子で部屋のドアを開ける。
先に入れと言っているようだ。
落ち着きがないのは、早く甘えたくて仕方がないんだろう。
「お邪魔します」
俺は部屋に入るなり靴を脱ぎ、廊下へと上がる。
美咲がよく掃除しているおかげか、廊下は意外と綺麗だった。
少なくとも、ゴミ袋が積まれてるようなことはない。
「そこの部屋がお姉ちゃんのだから、開けないようにね」
「あぁ、わかった。リビングに行けばいいんだろ?」
「うぅん、こっち」
てっきりリビングに行くものだと思っていたのに、美咲に手を引っ張られてとある部屋へと連れ込まれる。
そこは、ピンクと白を基調とした部屋デザインで、フリフリのついた家具や動物のぬいぐるみが沢山置いてある。
一瞬、自分の部屋かと錯覚しそうになるほど、見覚えがある雰囲気だった。
実際に家具や飾られているぬいぐるみは別のものなのに、それだけ雰囲気が似ているようだ。
笹川先生の部屋ではないのに、こんなに女の子らしくなっているということを考えると、多分この部屋は……。
「そこのベッドに座って?」
部屋の中のものを見ていると、美咲が照れくさそうにベッドを指さす。
俺は言われるがままに座ると、彼女は隣に座るかと思いきや――期待したように、俺の顔を見つめてきた。
これは……。
「膝に座るか?」
心愛を羨ましそうに見ていたことを思い出して尋ねてみると、美咲はコクコクと一生懸命頷いた。
やはり、座りたかったようだ。
「おいで」
少し照れくさく思いながらも、俺は両手を広げる。
それにより、美咲は同じく照れくさそうにゆっくりと俺の膝に座ってきた。
姿勢は、背中を俺に預けるように……ではなく、お互いの顔が見られるように横向きだった。
これは、心愛とは違う座り方だ。
「少し、照れくさいな」
「んっ……そうだね……」
お互いの顔がいつもよりも近いので、見つめ合うのは気恥ずかしさがあった。
同じ感情を抱いているらしき美咲は、俺の胸に顔を押し当ててくる。
女の子らしい部屋の中で甘ったるい空気が流れるが、本当の恋人になったばかりの俺たちには少しきつい空気だった。
何より、美咲からは興奮を促すようなとてもいい匂いまでしており――送り狼になる男の気持ちが、今は少しだけわかってしまう。
「この部屋は、美咲の部屋ってことでいいのか?」
空気と気持ちを変えたかった俺は、別の話題を振ってみる。
「元々は、お姉ちゃんたちに子供が生まれた時のための部屋だったんだけど……余るのはもったいないからって、私の部屋にしてくれてる」
本当に、ずっとこのマンションに住むつもりだったのだろう。
もしかしたら笹川先生の部屋は、旦那さんとの寝室だったのかもしれない。
……さすがに、そんな思い出のある部屋を、ゴミ溜めにしていないと信じたいが……。
「美咲がすぐ泊まるって判断した理由もわかるよ。もはや毎日ここで暮らしているんじゃないかってくらい、部屋も整ってるし」
普段から使っていないのなら、少なくともベッドは必要ないだろう。
準備されているということは、笹川先生が美咲が泊まれるように買っていたということだ。
ぬいぐるみが沢山あるのは、美咲が持ち込んでいるからだろう。
というか、美咲もぬいぐるみが好きだったのか。
「私の第二のお家だね」
美咲は嬉しそうに言ってくる。
なんだかんだといって、こちらの家も気に入っているらしい。
心愛を相手にしているところを見るに面倒見がいいところがあるから、姉の面倒を見るのも好きなんだろう。
「…………」
そんな話をしていると、美咲はジッと俺の顔を見つめてきた。
何かを求めるような視線に、俺は美咲の頭へと手を伸ばす。
「んっ……」
優しく頭を撫でると、美咲は満足そうに俺の胸に顔を押し付けてきた。
やはり、早く甘やかせ、という視線だったようだ。
「普段はお姉ちゃんがいるから、心愛ちゃんも連れてきてあげると喜ぶと思う……」
それは暗に、普段からこの部屋でいちゃいちゃしたいという意思表示だろうか?
笹川先生に預ければ、心愛も大喜びで自分たちも二人きりになれる――ってことだと思う。
これが、本人的には計算で言ってないところが凄いんだよな。
いつもの天然発言で、自分にとってメリットが大きいことを言っている。
「まぁたまになら、いいかもな」
俺としては心愛を甘やかしたいけど、笹川先生に会わせてあげると心愛が喜ぶのは確かだ。
それにその分美咲に時間を割いてあげることができるので、言葉にした通りたまにならいいと思う。
まぁ、笹川先生がどう思うかによるんだが。
それよりも、いいんだろうか?
美咲にとって笹川先生は心愛の取り合いをしている相手でもあって、敵に塩を送ることになりかねないと思うが。
「手……止まってるよ……?」
考えごとをしていると、美咲に胸元をクイクイッと引っ張られた。
その表情は寂しそうであり、物足りなさそうでもある。
相変わらず、甘えん坊だ。
「あぁ、ごめ――」
「――みさきぃ……きてるのぉ……? よかったらごはん――」
突然ガチャッと音を立てて開いたドア。
その先から現れたのは――下着姿で眠たそうに目を擦る、笹川先生だった。
「「「…………」」」