第8話「継続的なお礼」
昼休み――。
「んっ、準備おっけー」
敷地内にある人通りが少ない芝地に移動すると、美咲はレジャーシートを敷いた。
そして、靴を脱いでそれに乗り、笑顔で俺のほうを見てくる。
「どうしたの? おいでよ」
どうやら、俺が彼女に続かなかったことが気になるらしい。
「いや、相変わらず準備が良すぎないか……?」
「だって、教室で一緒に食べるわけにはいかないでしょ? ジロジロ見られて、居心地が悪いと思うもん」
「まぁ、そうだが……」
教室なんかで食べたら、絶対みんなは俺たちを見るだろう。
今や、学校一有名なカップルになっているのだから。
いわば、時の人だ。
屋上や中庭は人気なので、他の生徒たちがいる。
そのため、わざわざ人気がないここにした、というのはわかるのだけど……。
「やっぱり、準備がいい……」
「準備がいいのはいいことでしょ!? 悪いより全然いいじゃん……!」
俺の苦笑いに気付かれたようで、美咲は怒ってしまった。
――いや、プクッと頬を膨らませてジト目を向けてきているので、拗ねているのか。
珍しい表情だ。
「文句を言っているわけじゃないんだ」
「私には、文句に聞こえますが……?」
「そうじゃなくて、とんとん拍子に話が進んでて、怖いんだよ」
主に、俺に都合が良すぎることが気になる。
もちろん、俺が美咲を好きだというわけじゃない。
だけど、学校のマドンナと二人きりで、しかも彼女の手料理を食べるなんて状況――ほとんどの男子が、羨ましく思うものだ。
「まぁ、状況が状況だし……はい、お弁当」
美咲は俺が言いたいことを理解したのか、頬を萎めて、シンプルで大きな弁当箱を手渡してくる。
美咲がもう一つ手にしているのは、かわらいしい花柄がついた小さな弁当箱なので、彼女が普段から沢山食べるわけではないらしい。
ちゃんと、俺が食べることを考えて用意してくれたようだ。
「本当にいいのか……?」
「お詫びとお礼だから、遠慮せず食べて。それに、食べてくれないと逆に困るかな」
美咲は仕方なさそうに笑いながら、肩を竦める。
確かに、ここで食べなければ弁当が余るだろう。
せっかく作ってくれているのに、捨てさせるのは申し訳ない。
「それじゃあ、お言葉に甘えて……ありがとう」
「どうぞ、召し上がってください」
お礼を言うと、ニコニコ笑顔を返されてしまった。
人当たりが良すぎて、惚れる男子が多いのもよくわかる。
ただ――。
「…………」
なぜか彼女は、弁当箱の蓋に手をかける俺を、ジッと見つめ始めた。
そんな熱い視線を向けられると、さすがの俺でも気になる。
というのは冗談だが、やけに真剣にこちらを見ているな?
単純に、自分が作ったものに対する感想が気になっていて、俺が食べるのを待っているのだろうか?
――いや、多分違うな。
感想が気になるようなソワソワした態度ではなく、真剣に――まるで、獲物がかかるのを待つかのように、俺の行動をジッと観察しているように見える。
そう、何かを切り出すタイミングを窺っているような――そういう感じだ。
「まだ何か、話があるようだな?」
「えっ!?」
弁当箱を開けようとした手を止め、美咲を見つめ返す。
それによって彼女はあからさまに動揺し、キョロキョロと視線を彷徨わせ始めた。
「な、なんのことかな~?」
「とぼけるなよ。もう既にとんでもない状況になっているんだ、今更何を切り出されようと驚かない」
とりあえず、話を聞いてから弁当は食べたほうがいいとは思ったが。
くそ、お腹空いてるのに……。
「えっと……怒らない……?」
「聞いてみないとわからない」
「うっ、そこで何も聞かず許してくれないのが、来斗君らしいよね……」
そりゃあ、聞かない限り判断なんてつかないからな。
美咲が怒らせるようなことをするとは思えないが、彼女のことを知り尽くしているわけじゃない。
むしろ、知らないことのほうが多いかもしれないのだ。
それなのに、手放しに信用はできない。
「すぅ……ふぅ……」
誤魔化せない――そう思ったのか、美咲は深呼吸をする。
そして、覚悟を決めた表情になり、キョロキョロと周りに人がいないことを確認すると、ゆっくりと口を俺の耳元に近付けてきた。
「その……私たち、これから恋人のフリをしていく……で、いいんだよね……?」
「……今更、何を言い出すんだ?」
予想以上に頓珍漢な質問をされてしまい、思わず素で塩対応をしてしまった。
「うぅ、そんな目で見ないで……!」
自分がどれだけ愚かな質問をしたか自覚しているようで、美咲は顔を手で隠してしまう。
だけど、俺は追撃することにした。
「いや、がっつり外堀を埋められた後に、こんな確認をされたってもうどうしようもないからな?」
「ですよね、ごめんなさい……!」
皆まで言わなくても、言いたいことはしっかり伝わっているらしい。
今更ここで嫌だと言ったところで、既に俺たちがカップルだと学校中で認知されている。
後戻りなど、できるはずがないのだ。
彼女もそれがわかっているから、先に弁当で俺の機嫌を取ろうとしたのだろう。
もしくは、弁当を食べてしまえば、文句を言うことに対して俺が罪悪感を抱くと思ったのか。
どっちであろうと、まだ食べていない俺には関係がない。
とはいえ――。
「まぁ、怒ってるわけじゃないから、謝らなくていいさ」
別に彼女を追い詰めたかったわけじゃないので、怒ったりはしない。
ちょっと納得がいかなかったから、切り込みはしたが。
「でも、私がしたことって、最低だと思うから……」
「俺を利用したことか? 別に、告白されることに悩んでいたのは知っているし、心愛相手に彼女のフリをしてもらっているんだから、先に言ってくれても結果は変わらなかったと思うぞ?」
そりゃあ、学校中を敵に回すことになるのはなるべく避けたいが、元々嫌われていたのだ。
彼女が困っていて助けになるのなら、彼氏のフリくらいはする。
別に、俺に好きな人がいるわけでもないしな。
「心愛ちゃんが思い込んじゃったのも、原因は私だし……」
「……そういえば、そうだったな」
確かに、思い返してみれば心愛に付き合っているフリをしないといけなくなったのも、彼女のせいだった。
すっかり、学校の騒ぎのせいで忘れていた。
「まぁでも、終わったことだ。今更文句を言ったりはしない」
文句を言ってどうにかなるなら言うが、どうにもならないことに言っても仕方がない。
彼女だって、悪気があるわけじゃないんだし。
というか、最初に付き合っているフリをしたのは、俺だしな……。
自分のことを棚に上げて、彼女を責められるわけがなかった。
「来斗君……」
「それに、この弁当がお礼だけじゃなく、お詫びなんだろ? それなら、これで手打ちだよ」
あまり引きずられるのは好きじゃないため、俺は弁当で手打ちにしようとする。
だけど――彼女は、それだけで終わらせたくないようだ。
「えっと……来斗君が嫌じゃなかったら、これからもお弁当を作らせてほしいの……」
「えっ?」
「ほ、ほら、恋人としてやっていくってことは、継続的なことになるから、お礼も継続的なことでしたくて……」
美咲は、両手の人差し指を胸の前で合わせながら、モジモジとさせて言ってきた。
相変わらず、まじめというか、なんというか……。
「いや、さすがにそこまでしてもらう必要はないだろ……?」
毎日ってことは、それだけ材料費と手間がかかるわけで、気が引けてしまう。
「うぅん、それくらいさせてほしいの。だって、この関係は君にメリットがないし……私には、それくらいしか君に返せないから……」
何を言い出すかと思えば……。
彼女は、あれだけ多くの人間が憧れておりながら、自分の価値を理解していないのだろうか?
「学校のマドンナの、彼氏役――ってのは、普通の男子からしたらご褒美すぎるだろ?」
間違いなく、俺の代わりを募集したら、立候補者が続出する。
それくらいのこと、実行しなくてもわかるぞ。
しかし――。
「そうじゃないの……。きっと、このまま恋人みたいなことをしていくと――私、君を凄く傷つけちゃうと思うから……」
そう言ってきた彼女は、凄く悲しそうな表情を浮かべた。
もしかしたら、彼女が誰とも付き合わないのは、何か理由があるのかもしれない。
美咲の泣きそうな表情を見ると、俺はそう思わずにはいられなかった。
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